137.ゴミ掃除に隠れた異変


 それからギルドマスター、ミウトさんが手ずから人数分の椅子をカウンターの奥から運び込んでくる。俺たち全員で囲めるほど大きなテーブルがなかったので、カウンターの前にぱらぱらと分かれて座る形だ。


「あ、あのぉ」


 切り株状の椅子に腰かけたとき、後ろからミウトさんの戸惑った声がした。振り返る。

 カウンターの角の暗がりにレーデリアが座り込み、とても満足げな表情をしていた。


『落ち着く……』

「おーいレーデリア。そこじゃ話が聞こえないからこっちに来なさい。せっかく椅子を用意してくれた厚意を無駄にするなよー」

『あああ……そんなぁぁ……』


 ショックを受けた顔のレーデリアを隣の椅子に座らせる。

 カウンターに立ったミウトさんが咳払いした。


「それでは我が『アリャガ』がお願いしたい案件についてなのですが、有り体に言うと『お掃除』です」

「掃除?」

「敷地の裏手が地下水路に繋がっているのですが、その一帯を綺麗にして欲しいのです」


 そこまでミウトさんが説明したところで、スッと挙手があった。

 ルマである。


「ギルドマスター様? さきほどイスト様にお掃除を依頼したいと、そのように聞こえたのですが? 私(わたくし)の聞き間違いでしょうか?」

「い、いえ。確かにそう言いましたが」

「なるほど。では、あなた様は六星水晶級――この街で最上級の位を持つ冒険者であるイスト様に、あろうことか地下水路のゴミ掃除に勤しめと、そのようにおっしゃるのですね。あらまあ」


 笑顔だ。すらりと伸ばした姿勢、口元へ上品に当てた指先。まるでどこかの令嬢が極上の微笑みとともに相手を追い詰めているようだ。ミテラとはまた違った意味で怖い。

 エルピーダの少女たちを見ると、レーデリアを除き、皆、不信感をにじませてミウトさんを睨んでいた。


 可哀想に、ギルドマスターの男性は顔中に脂汗を浮かべている。

 俺は内心でため息をひとつついた。ぱん、と手を叩く。


「俺は別に構いませんよ。地道な作業は嫌いじゃありませんから」

『わわ、我も是非に! 地下のドブ掃除なんて究極に地味で暗い作業、とても心が躍ります!』


 レーデリアは、たぶん心からだろう、瞳をキラキラ輝かせながら拳を握る。

 仲間の少女たちから険が消えた。呆れた視線が今度は俺たちに向けられる。


 ま、いいじゃないか。おおっぴらな売名行為はやりづらいと思っていたところだ。こういう縁の下の力持ち的な作業の方が俺に合ってる。


 ミウトさんは深く深く息を吐き、「ありがとうございます」と頭を下げた。


「断られたらどうしようかと思っていました……我々のような中小ギルドでは、あの植物に対抗するのは荷が重くて。かといって、放置するには危険と思いますし」

「どういうことです?」


 にわかに雲行きが怪しくなってきた。放置するには危険? 地下水路に何があるんだ? 俺はミウトさんに説明の続きを促す。


「実は最近、見たこともない植物が地下水路に大量に繁茂するようになったのです。そこから悪臭……と申しますか、不思議な臭いが漂ってきていまして。その植物の臭いを嗅いだ者の中に意識を失ったり、酒に酔ったような感覚のまま彷徨ったりする人間が現れたのです。このままでは、近隣の住民にも被害が広がるのではと不安で」

「大変な事態じゃない。なんでそれを先に言わないのよ」


 アルモアが口を尖らせる。ミウトさんは愛想笑いを浮かべた。

 俺は尋ねる。


「その植物が大量発生した原因に心当たりはあるのですか?」

「それは……」


 今度は視線を逸らすギルドマスター。眉根を寄せている。何か、言えないことでもあるのだろうか。


「すみません、ちょっといいッスか」


 そのとき、離れた席で俺たちの話を聞いていた冒険者が割って入ってきた。


「原因っつーか、あいつの仕業じゃないかって野郎はいます」


 おい、とミウトさんがたしなめる。どうやら声を上げた男はアリャガの所属冒険者のようだ。

 冒険者は拳を丸テーブルに打ち付けた。


「ここで黙ってるなんてできないっスよ、ギルドマスター! なあ、聞いてくれよ六星水晶様。数日前にここを黙って辞めていった男が、地下水路の入口で怪しい動きをしてたのを、俺は見たんだ! 何か変な種を放り投げてた。あれはぜってー、クソ植物の種に違いないんだ」


 俺はミウトさんを見る。彼はしばらく躊躇った後、うなずいた。


「確かに、複数の人間が目撃しています。しかし彼はもう退職してしまっている。今はどこに行ってしまったのか……」

「そんなん決まってるじゃないっスか。ゴールデンキングに戻ったんスよ!」


 冒険者が憤然と言い放つ。


 彼らの話では、この怪しい動きをした元職員というのは、どうやらゴールデンキングが裏で糸を引いて無理矢理ねじ込んできた者だったらしい。たいそう横暴でギルド内でも評判が悪く、入ってから一ヶ月もしないうちに半ば逃げるように辞めていったという。


「俺は悔しいっスよイストサン! あんなクソ野郎がのさばるのを黙って受け入れるしかないほど、ゴールデンキングってやつは偉いんですかねえ! おかげでウチのギルドマスターがどれほど苦労したか……!」

「おい。もう止さないか。せっかく高名な冒険者様が来て下さってるんだ。俺のことはいいんだよ」


 ミウトさんがなだめる。

 ギルド内を見回すと、他の冒険者や職員たちの表情も似たようなものだった。悔しさ、無力感に打ちひしがれている。


 俺はエルピーダの少女たちを振り返った。彼女たちも俺を見る。そこに、もうアリャガのメンバーを責める色はない。

 俺の好きなようにしてくれていい――そう言われたような気がした。


「わかりました」


 立ち上がる。うなだれているミウトさんの腕を、カウンター越しに軽く叩く。


「必ず、ご依頼は果たします。だから顔を上げてください。大変、でしたね」


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