136.エルピーダの営業活動


 それからエルピーダの『営業』が始まった。

 ミテラ、グリフォーさん、さらには話を聞きつけたシグードさんの後押しを受けた俺たちは、ウィガールースの各ギルドを訪ね歩いた。


 持ちかける話の内容はこうだ。

 貴ギルドで抱えている一番難しい依頼を手伝わせて欲しい。

 その代わり、無事に依頼が達成できたのなら、レーデリアを街の一員として認めて欲しい。


 自分たち――特にレーデリアが役に立つことをアピールするのが狙いだった。

 それともうひとつ。こちらはあわよくば、であるが――こうしてギルドを回っていれば、行方不明になっているノディーテの情報が得られるかもしれない。

 さすがに彼女が大っぴらに『我は魔王だ!』と触れ回ることはないと思うが……もしそんなことをすればすぐに噂が出回るはずだ。

 身近な昔話には魔王が複数出てくるものもある。人々にとって、同時代に魔王が何人も出てくることは決してあり得ない話ではないのだ。


 まずは影響力があって連合会支部とも繋がりが深い大きなギルドからスタートする。そして折りを見て中小のギルドへと範囲を広げる。俺たちは体当たりで営業をこなしていった。


 ――そうしてあっという間に時間は過ぎ去り、気がつけば二週間が経過した。

 この日も午前中にひとつ依頼をこなし、太陽はそろそろ中天に差しかかろうとしている。今日はもうひとつ、中堅ギルドを訪問する予定だ。


「ふう。だいぶ回りましたねえ」


 御者台に腰かけたフィロエが、愛用の槍を抱えながら背伸びをする。御者台はいつものように、フィロエ、俺、アルモアの順だ。


「最初はどうなるかと思ったけど、意外と悪くにゃ(な)いわね。こうして皆に感謝されりゅ(る)のって」


 御者台の後ろの扉からパルテが顔を出す。俺は「そうだな」とうなずいた。

 実際に回ってみて改めて実感した。規模の大小に関係なく、ギルドはどこも慢性的な人手不足なのだと。


 あくまで手伝いという名目だが、エルピーダに所属する冒険者は全員ギフテッド・スキル持ちの逸材である。大抵の依頼はなんとかなった。

 特にレーデリアには積極的に動いてもらった。彼女が人々の役に立つこと、決して人々に弓引くような存在ではないことをアピールするためだ。


「そろそろ次のギルドに到着するんだが、レーデリアの様子はどうだ?」


 俺が尋ねると、パルテは眉を下げた。荷台の奥を振り返る。

 耳を澄ませると、奥から『しくしくしく』とすすり泣く声が聞こえてきた。


「今は姉様が慰めてるけど……あれはだいぶストレス溜まってるわね」


 肩をすくめるパルテ。俺は天を軽く仰いだ。

 まあ、レーデリアにとってはキツイよなあ。見ず知らずの人間たちの前に出て、その上で成果を挙げなきゃならないんだから。俺たちでできるだけフォローしているけど、苦手なことをそう簡単に克服はできないだろうしなあ。


「レーデリア。次のギルドの依頼が終わったら、今日は早めに切り上げよう。ゆっくり休め。なんだったら肩を揉んでやるよ」

「イストさん。それはダメです」


 とフィロエ。なぜか両サイドと背後から鋭い視線が飛んできた。


「レーデリアちゃんの肩を揉むことは人格的な死に直結します。レーデリアちゃんを殺人者にするわけにはいきません」


 どういう意味だ。肩揉むと死ぬのか俺が。

 げんなりしていると、荷台の奥からレーデリアが出てきた。とりあえず持ち直したようだ。


『マスター、申し訳ありません。もう大丈夫です』

「そうか。無理はするなよ」

『はい。『我はゴミ箱』と三回手のひらに書いて飲み込むと大丈夫と教わりました。効果抜群です』


 もうちょっと適切な文言を指導して欲しかった。


 そうこうしているうちに、目的のギルドの前に到着する。

 平屋建てのこぢんまりとした外観だ。年季が入っているのか、壁のあちこちにひび割れが見える。失礼とは思ったが、全体的に覇気がないなと感じた。

 フィロエたちを引き連れて玄関口に向かうと、内側から扉が開けられる。


「あ、これはイストさん! よ、ようこそいらっしゃいました」


 小柄な男が俺たちを出迎える。


「おれ……いや、私は当ギルド『アリャガ』のギルドマスター、ミウトといいます。ささ、皆さんどうぞ中へ」

「エルピーダのギルドマスター、イスト・リロスです。突然の訪問で申し訳ありません。こちらは我がギルドの冒険者たちです」


 俺が頭を下げると、続けてフィロエたちも自己紹介をする。

 最後はレーデリアだ。


『エ、エルピーダのギルドマスター、イスト・リロスの従者、レレ、レーデリア、です』


 もう何度も繰り返した文言だが、やはり慣れないようだ。まあ仕方ない。よく言えました。


 アリャガのミウトさんは、レーデリアを見て「おお……」と声を漏らした後、しばらく固まっていた。

 これも、もう何度も見た光景である。

 ミウトさんがレーデリアの顔を指差す。


「運命の雫がない……ほ、本当にモンスターなんだな……」


 俺はレーデリアを背後に隠した。さすがに人――正確には聖魔王だが――を無遠慮に指差すのは感心しない。


「モンスターでも、彼女は大切な仲間であり家族です。今日はそれを証明するために伺いました」

「こ、これは失礼を!」


 我に返ったミウトさんが慌ててギルドの建物内に引っ込む。彼に続き、入口をくぐった。


 内部は奥行きのあるホールになっていた。一番奥が受付カウンターとなっている。

 壁際には数人の冒険者たちが俺たちを見ていた。あまり広くない室内。どうしてもひそひそ声まで聞こえてしまう。


「見ろよ。六星水晶級のイストさんだぜ」

「すげえ本物だ……オーラが違うぜオーラが。さすが正義の体現者!」

「やっばい緊張してきた私……!」

「噂通り綺麗どころを揃えてるぜ。ちょっと子どもが多いような気もするが、うん、さすがだ大英雄」


 ……ちょいちょい訂正したい話も漏れ聞こえてきたが、そこは我慢する。


「見て見て。隣のすっごい綺麗な子。本当に耳に運命の雫がないわ」


 俺は聞き耳を立てる。その女性冒険者は畏怖を込めて言った。


「モンスターすら受け入れるなんて、なんて凄まじい懐の深さなのかしら。凄いとしか表現のしようがないわ」


 どうやら動揺はありつつも、このギルドの冒険者たちならレーデリアを受け入れてくれそうだ。


「これもイストさんの英雄的名声の賜物ですね」


 フィロエがこちらを見上げてきた。実に得意げである。他の天才少女たちも満更でもないのか、微笑みながら堂々と歩いていた。


『我はゴミ箱……ごくん。我はゴミ箱……ごくん。我はゴミ箱……ごくん』


 うんレーデリアさん。できればゴミ箱を飲み込むのはやめようか。

 さすがに今回はフィロエたちを見習ってはどうかと俺は思った。


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