135.二人のブレーン
「強くなって、不安? だが俺の強さは子どもたちの――」
反射的に否定しそうになった俺を、ミテラの鋭い視線が貫く。
「それじゃあ聞くけど、今、イスト君はギフテッド・スキルをいくつ使えるのかしら?」
「え? あー……」
ひとつ、ふたつ、みっつ――うん。全部で十七か。十七かぁ……!
「もうひとつ。私もイスト君も、そこそこギルド職員時代が長かったと思うけど、その中でギフテッド・スキルを自由自在に使いこなす人材は何人いたかしら? それも、同時に複数のスキルを発動できるような人は?」
「……う」
「それから。確か前に聞いたときは、イスト君が使えるギフテッド・スキルには回数制限があるみたいな話だったけど、ここ最近、割とポンポン使ってるわよね。あなたのことだから、もっと慎重に使うと思うのだけれど。
『マスター。ここは処刑場ですか? 首枷を付けるべきですか我』
虚無の瞳で尋ねてくるレーデリア。俺も心情的には同じだけど口にしちゃ駄目。
盛大なため息が聞こえた。
「今、イスト君が心の中で思い浮かべた答えを見れば、私たちが言わんとしていることはだいたい理解できるんじゃないかしら。すでにイスト君が身につけた力は一般人どころか、上位冒険者と比べても大きくかけ離れてしまっている。しかも、本人はいまいちその自覚が薄い。そんな人物を、周りはどう見るか」
そして――とレーデリアを見る。
「生まれ変わったとはいえ、『元』魔王が側にいると皆が知ればどう思うか」
「称賛する奴、憧れる奴だけじゃないだろうな。妬み、打算。戦う力を持たない一般人は、強すぎる存在に恐怖を覚えるかもしれん。そして、アガゴみたいな野郎は特にイロイロ考えるだろうな。お前たちをどう扱うか。どう手のひらで転がすか。あるいは、どうやってお前たちを貶めるか、とかな」
グリフォーさんまで加わって俺を睨んでくる。
俺はひたすら恐縮するしかなかった。
つまり二人は、俺たちのことを心配してくれているのだ。言葉の選択が厳しいのは、それだけ大事なことを俺が軽んじているように見えたからだろう。まったくもって、ぐうの音も出ない。
以前、アガゴからの依頼を受けてケラコル山脈に向かうときのことを思い出す。
「すまなかった。ミテラ、グリフォーさん。これからはもっと注意して、目立たないようにするよ」
ぶんぶんと首が壊れたようにレーデリアもうなずく。
『我はぜったい、目立ちません! むしろ路傍の石となります! なりたいです!』
「ギフテッド・スキルも使わないようにする。ギルドの仕事もしばらく休むよ。レーデリアもこう言ってることだし、できるだけ人目に付かないように待機場所を――」
「いえ。
俺は首を傾げる。
ミテラは険しい表情から一転、瞳をキラキラと輝かせながら口の端を上げた。隣のレーデリアがびくりと震える。
「これからは、どんどんこちらからアピールしていきましょう。イスト・リロスとレーデリア、そしてエルピーダはこんなにも皆の役に立てるのですと。ギルドとして今まで以上に依頼を受けて、それらをキッチリこなしていくのよ」
てっきり人々の目に留まらないように大人しくしてろと言われるものだと思っていた。これまでとは真反対の方針転換に、目を丸くして驚く。
ミテラとグリフォーさん。常に俺の甘さをフォローしてくれている二人が、不敵に笑った。
「イスト君の力を今更全部隠し通すのは無理よ。それはレーデリアも同じ。この子、見た目は人間とまったく変わらないけど、運命の雫がない、人間ではないのはいずれわかることよ。隠すだけ労力の無駄」
「うむ。なら、アガゴが動きたくても動けないほどこちらの地盤を固めておけばいい。無数のギフテッド・スキルを使いこなすギルドマスター・イストは人々の味方。運命の雫を持たないレーデリアはイストの完全な管理下にあり、無害な存在である――そのことを、こっちから積極にアピールしていくんだ。そのためにてっとり早いのはやはり、ギルドとして依頼をこなして信用を勝ち取ることだろう」
「知られないようにして身を守る、じゃなくて、正しく知ってもらって身を守るの。知らないこと、よくわからないことは人々の不安の元よ。おそらくアガゴも、そこを突く腹づもりのはず。こっちから隙を潰してしまいましょう」
「イスト。政治だなんだのキナ臭い話は俺たちに任せておけ。お前はお前の本当にやりたいことをやれ。そのための地盤固めだ」
俺はレーデリアと顔を見合わせた。
なんともはや。ミテラとグリフォーさんには敵わない。本当に。
「イスト君。これは家族を、レーデリアを守ることにも繋がるわ。どうかしら」
「どうもこうも」
苦笑する。
「もう何度目かわからないけど、二人がいてくれて本当に良かったと思っているよ。心から」
「ふふ。ま、これが私たちの役割だと思ってるから。気にしないで」
表情を緩めるミテラ。グリフォーさんも満足そうにソファーに身を沈める。ふと、ベテラン冒険者は言った。
「そうだレーデリアよ。さすがにお前さんが元魔王であることは口外しない方がいい。お前さんは世にも珍しい人型のモンスター。だから運命の雫がない。すまんがそのつもりでいてくれ」
『はははいっ! むしろ我はレベル1のクソ雑魚ゴミ箱モンスターで十分です!』
「そこまでは言わねえよ。つか逆に無理があるだろ、それ」
泣きそうな顔でレーデリアが俺を見た。きっと彼女にしてみれば一番しっくりくる肩書きだったのだろう。レベル1クソ雑魚ゴミ箱モンスター。
言わないからな、そんな酷いこと。
ネガティブ全開の元魔王の頭を撫で、俺はうなずいた。
「わかりました。家族のために、やりましょう」
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