134.陰から支える者たちの懸念


 それから俺たちは、食堂に向かった。朝食が済んでも相変わらず子どもたちに囲まれていたレーデリアに声をかける。


「ちょっと話があるんだ。一緒に来てくれ」

『マ、マスターぁ……』


 子どもたちの追求から解放される安堵感と、この先どんなことを言われるのかという絶望が混ざった――いや、どちらかというと絶望の方が強い泣き顔でレーデリアが寄ってくる。大丈夫だと肩をポンポンと叩いた。


 フィロエたちにひと声かけ、俺たちは再び階段を上がる。向かう先はグリフォーさんの執務室だ。


「しかし、こうして改めて見るととんでもない美人だな」

「ええまったく」


 グリフォーさんとミテラが褒めるが、声の温度は微妙に違う。

 そんな失神しそうな顔するなレーデリア。俺も怖いから。仲間、仲間。


 執務室に続く廊下に出る。するとそこでキエンズさんが待っていた。


「イスト院長」

「キエンズさん。スノークに何かあったのですか?」

「いえ。おかげさまで、あの子は落ち着きました。今はぐっすり眠っています」

「よかった。でも、それならなおのことスノークの側に付いてあげた方が……」

「お心遣い、ありがとうございます。しかし、私はあなたの力になりたいのです。私の知識、どうかお役立てください」


 頭を下げるキエンズさん。俺はグリフォーさんとミテラを振り返る。二人は小さくうなずいた。ミテラが率先して執務室の扉を開ける。


「どうぞ。あなたはもう私たちの仲間。今後のことを話し合いたいので、ぜひ同席を」

「ありがとうございます」


 ――エルピーダの実務を取り仕切る彼女が言うのなら、俺に否はない。

 確かにキエンズさんには話を聞いてもらいたかった。大人たちの真剣な空気に馴染めないのか、いまだ半泣きのレーデリアを見る。この子は無事帰ってきたが、だからと言って結果良ければ良しとはいかないだろう。研究者のキエンズさんなら、何か知恵を持っているかもしれない。


 レーデリアを促し、部屋に一緒に入る。怯えが抜けない様子なので、小さなソファーに二人並んで座った。『ああ、狭い……』とうっとりとした顔でつぶやくレーデリア。とりあえず落ち着いてもらえたようなので、体側に感じる極上の柔らかさはできるだけ意識から蹴り出す。


「単刀直入に聞こう。この一晩、何があった」


 グリフォーさんが右手を顎先に持ってきて尋ねる。豊かな顎髭を一度、二度と撫でる。

 俺は呼吸を整え、これまでの顛末を報告した。


 ゴールデンキングに潜入したこと。そこで見聞きしたこと。レーデリアの異変。


「施設全体が、騒ぎに……」


 スノークを連れて脱出するときの様子を話していたとき、キエンズさんが思案げに漏らした。


「あの施設は、基本的に部門主義の塊です。各々がほぼ独立している。一箇所での異変が全体に波及するのは考えにくいのですが……いえ、まさか」


 何か心当たりが? とミテラが聞く。キエンズはうなずいた。


「最近、急速に施設が発展し研究も進んだのは、ギルドマスター・アガゴが各研究部門に素材や機材を手配したからです。ですが、それら革新的な品々がどこからもたらされたのか、明らかにされていません。もしそれらが同じ出所で、かつ、レーデリア君の魔力に共鳴するような特徴を持っていたのだとしたら、施設全体に影響が広がった理由が説明できるかと」

「だがよキエンズ。そのレーデリアの魔力ってのは、だ。そうなんだろ、イスト」


 横目で同意を求められたので、俺はうなずく。


「ってことは、あの研究施設には魔王に由来のある品があるってことだ。しかもゴロゴロそこら中に」

「確証はないですが、おそらく」

「……現物がない中で話をしても仕方ないが、まったく、やれやれだぜ。イスト、とりあえず続きの報告を頼む。レーデリア嬢ちゃんが、になった経緯だ」

「ええ。ゴールデンキングを出た後ですが――」


 このメンバーに下手な隠し事はすべきではないだろう。街を離れてリマニの森にたどり着くまでの間、レーデリアは人間や樹々の生命力を吸って動いていたと伝える。話しながら、レーデリアの手を握る。

 信頼できる仲間たちは、決して疑ったり責めたりしなかった。


 ただ――リマニの滝壺でノディーテの話をしたときは三人とも無意識に身を乗り出していた。


「新しい魔王、だって⁉」

「ええ。俺はレーデリア救出の際、魔王ノディーテに大きな助力をもらいました。彼女には、いずれ恩を返さないといけないと考えています。今は行方がわからないのですが」


 なんとまあ……とグリフォーさんが椅子の背もたれに身体を預ける。


 俺はノディーテの助力の内容――大聖堂での出来事も伝えた。そこで【覚醒鑑定】の新しい力、リブートを使ったことも、リブートによってレーデリアが聖魔王に生まれ変わったことも、そしてリブート後はもう魔王の力を暴走させることはなくなったことも余さず話した。


 ひととおり話し終わると、部屋の中にしばらく沈黙が降りた。グリフォーさん、ミテラは何事か考え込んでいる。


 ふと、キエンズさんが口を開いた。


「イスト院長がレーデリア君の中で見たという杯……もしかしたらそれは、『命運の杯ディスティニーグラス』かもしれません」

「その名前、初めて聞きます。命運の杯?」

「以前読んだ論文に掲載されていたのです。人間に『運命の雫』があるように、モンスターの体内には命運の杯という器官が存在すると。魔王は、言うまでもなくモンスターの上位に位置するもの。命運の杯を体内に持っていても不思議ではない。実際に現物を確認したという話は私も初めて耳にしますが……」


 キエンズさんも顎に手を当て思索に沈む。そして独り言のように小さく言う。


「もしかしたら、イスト院長の使う【覚醒鑑定】、および各種追加効果が魔王に対しても有効だったのは、この命運の杯があったからではないか……?」

「するってぇと、何かい研究者殿」


 グリフォーさんの目がぎょろりと動く。


「イストは人間だけでなく魔王をも覚醒させる力を持っていると。しかも、覚醒させれば覚醒させるだけ自分も強くなると」

「私もモンスターは専門外ですし、にわかには信じ難い話でもありますが……イスト院長がまさに奇跡のような力をお持ちなのは間違いないと思います」


 キエンズが興奮気味にまくし立てる。

 それに対し――。

 エルピーダを陰から支えてくれている二人は、興奮とは対極の表情をしていた。


「イスト君。率直に言うわ」


 ミテラが姿勢を正して言う。


「あなたは、強くなりすぎた。六星水晶級ですら生温いほどに。それがどうしようもなく不安なの。私たち」


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