第6章 夜明けの合言葉はヒト 狂宴と協縁の魔王たち
132.朝帰り
――リマニの森を出てウィガールースにたどり着いたときには、朝陽がすっかり顔をのぞかせていた。
結局、ノディーテは見つからなかった。聖魔王に生まれ変わったレーデリアの力を持ってしても、彼女の居場所はつかめなかったのだ。
魔王少女はどこに行ったのか。
いなくなる直前に『戻ったら、ウチにも『それ』、やってね』と口にしたのは、どういう意図があったのか。
ノディーテに関してはわからないことばかりだ。
ただひとつ理解できるのは――あの子は俺たちの敵ではないということ。
ノディーテがいなければ、俺はレーデリアを救えなかっただろう。その借りはとても大きい。叶うならば、恩を返す機会があればいいのだが……。
石畳を馬の蹄が叩く。
俺は『至聖勇者の鉄馬車』の御者台に収まっていた。聖魔王として生まれ変わった後も、レーデリアの鉄馬車は健在だったのである。
正直、徒歩で帰還する自信はなかったので助かった。
ウィガールースの正門をくぐる。どうやら出がけに見た衛兵は無事回復したらしく、定位置に立ったまま俺に会釈をしてくれた。内心で安堵しながら目礼を返す。
「よかったな、レーデリア」
俺は振り返り、
早朝の街道をゆっくりと歩く。
眩しい光、心の靄も消えるような青空、朝の活気と匂いに包まれた街。俺はしばらく、目を閉じて空気感を味わった。ノディーテの件、そしてゴールデンキングの件と、不安の種は尽きないが、それでも、ひとつ壁を越えた達成感にひととき身を委ねる。
やがてグリフォー邸が見えてきた。
敷地に入ると、馬車の音を聞きつけたのか館から飛び出してくる人影があった。
「イストさん! レーデリアちゃん!」
フィロエだ。他にもアルモア、ルマ、パルテ――エルピーダの冒険者メンバーが顔を揃えていた。
俺は鉄馬車を止め、御者台から降りた。その際にふらついたせいで、フィロエたちの心配顔がさらに曇る。
努めて明るい声と表情で俺は言った。
「ただいま、皆。遅くなって悪かった。このとおり、俺もレーデリアも無事だよ」
「よかった……本当に」
異口同音に安堵するエルピーダの少女たち。俺は特に苦労をかけた子に礼を言った。
「ルマ。スノークの護送、ご苦労様。皆に事情も話してくれてたんだな。助かった。ありがとう」
「もったいないお言葉でございます」
そう言ってルマは淑やかに腰を折った。こういう仕草が本当に板に付く子だ。もう少し砕けた態度でも――いや、これ以上物理的に迫ってこられたらちょっと困る。ぜひこのまま節度を守って欲しい。
ふと、アルモアが手を上げた。柳眉を怪訝そうに傾けている。
「ねえイスト。レーデリアって少し変わった? なんか雰囲気が違うんだけど」
そういえば、と他の少女たちも俺から鉄馬車の方に視線を移す。ややあってフィロエが「あ、レーデリアちゃんの結晶がなくなってる⁉」と声を挙げた。
「イストさん! どうしちゃったんですか⁉ も、もしかしてレーデリアちゃんは……!」
「大丈夫だよ。レーデリアは無事だ。ちゃんと乗ってるよ」
「え?
フィロエたちの顔に疑問符が浮かぶ。
そのとき、『あのぅ』と遠慮がちな声がして、荷台の扉が開いた。恐る恐るといった様子で、人型レーデリアが姿を見せる。
道中にレーデリアから聞いた話によると、人型形態が新しい本体で、至聖勇者の鉄馬車は彼女の身体の一部であるらしい。
レーデリアは今、黒を基調としたローブに身を包んでいる。ここに来るまでに【雫の釜】の力で俺が生み出したものだ。さすがに全裸のまま連れてくるわけにはいかないだろう。
女性の服には疎いため寸法はやや適当だが……それでも隠しきれない身体のメリハリは圧巻の一言である。
『あの……あのあのあの……!』
ん? レーデリアが妙に狼狽えている。
俺は首を傾げ、フィロエたちを振り返る。
無、の顔が並んでいた。
俺は口元を引きつらせた。これはレーデリアでなくても気圧される。
「お前たち、これはな」
「朝――」
「え?」
「朝、帰り……イストさんが、黒髪ぷるんぷるん美女をお持ち帰りで朝帰りしたぁ⁉」
おい言い方。
しかも誤解を解く前に質問攻めに遭ってしまう。
「イストさんイストさんイストさん! これはどういうことですかこれはっ!」
「…………一言いい? 最っ低」
「なるほど! イスト様はこのような女性が好みなのですね! よろしければもう少し詳しくお聞かせくださいな。ぜひ今後の参考にさせていただきますわ!」
「ねえ。この一晩寝ずに心配してた時間を返してくれ
俺は手のひらを彼女らに向け、抑えてくれと訴えた。咳払いをひとつ。きっぱりと言う。
「誤解だ」
「イストさんイストさんイストさん!」「最低」「詳しくお話を!」「心配を返して」
……リピートされた。だから違うっての!
レーデリアに説明させるのは酷だから、ここは俺が何とか収めなければ。
ある意味、魔王の結界よりも厄介な壁に立ち向かう俺の後ろで、レーデリアが叫び声を上げた。
『う、うわああああん! 申し訳ありませんんんっ、我がっ、我がしっかりお伝えできないせいでマスターをこのような目に……やはり我はゴミ箱ッ! かくなる上はただのゴミ箱もどきに戻ってあそこの隅っこで永久反省をッ!』
「え、あの人、レーデリアちゃんなんですか⁉」
「……すご。本当に人間と同じ見た目。あ、でも運命の雫がないわ」
「レーデリア様! ぜひそのスタイルの秘訣を教えてくださいませ」
「まったく。それならそうと早く言い
あっさり態度を変えたエルピーダの少女たちがレーデリアの元に集まる。
きゃいきゃいとかしましい声を聞き、俺は事態が収まったことを理解した。
胸をなで下ろそうとして、思う。
納得いかないんですが。
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