111.剣聖からの敬意


「ありえない。ありえないわ……」

「そうだ。そうだ、ありえん!」


 そんな声が聞こえた。

 へたり込んでいた冒険者たちが、再び立ち上がる。この寒さの中、顔中に脂汗をにじませながら。


「俺たちは、【ゴールデンキング】の冒険者だ。このような失態、あってはならない」


 ――俺は彼らの言葉を静かに聞いていた。

 怒りよりも、虚しさを強く感じる。

 引きつったこめかみ、乾いた唇、大仰な手振り。彼らはああやって、自分を納得させようとしているのだ。


 俺は思った。【ゴールデンキング】の冒険者たちは、日頃から強いプレッシャーと戦っているのかもしれない。

 最初に顔を合わせたとき、活力のない瞳をしていた。

 もしかしたら、彼らの真の敵は精霊でもモンスターでもなく、自らが属しているギルドそのものなのかもしれない。

 どうしたら、彼らの心の重荷を取り払えるだろうか――。


 そのとき、俺は強い力の流れを感じた。

 冒険者たちも、力のどころに気付く。

 同じ方を向いた。


「炎刃連撃・ヴァレンジオ」

無限極光アリトサナト


【槍真術】のフィロエ、【杖真術】【精霊操者】のアルモア。

【極位黒魔法】のルマ、【神位白魔法】のパルテ。


 二組のギフテッド・スキル連係技――極限の炎と極光の輝きが、少女たちを取り巻き、発動のときを今か今かと待っていたのだ。

 それは俺のギフテッド・スキル三連発よりも、はるかに凄まじく、美しく、絶対的な力の差を感じさせる光景であった。

 迷走していた冒険者のきょうを、じんに吹き飛ばすほどに。


「……もう、いい」


 槍の男性冒険者がつぶやいた。

 うつむいたまま、槍を拾い上げる。他の女性冒険者たちも俺たちから視線を外し、武器をしまった。


「目的のモノは十分な量、手に入った。……撤収する」


 ゆらゆらと、覚束ない足取りで出口へと向かう冒険者たち。壁に手を突きながら、氷で足を滑らせないように慎重に歩いて行く。

 それは、彼ら本来の姿なのかもしれなかった。


【ゴールデンキング】の冒険者たちが通路の奥へ消えたことを確認し、フィロエたち四人は連係を解除した。炎と光が粒子となって消える。

 俺は彼女らのところに歩み寄った。


「お前たち……」

「ごめんなさい!」


 俺が何かを言う前に、四人は揃って頭を下げる。


「イストさんとミテラさんの言いつけを破ってしまいました」

「どうしても我慢できなかった……」

「イスト様。ご命令を破ったお叱りはいかようにも受けます」

「……それでも、あたしは後悔してないから」


 それぞれ言葉は違っても、気持ちはひとつだったようだ。

 でなければ、あのように一瞬で連係技を完成させることはできなかっただろう。


 ため息をつく。肩の力を抜く。

 結果的に、冒険者たちの暴走を止め、互いに怪我なく場を収めることができたのだ。

 これは彼女たちの功績だろう。


 大人社会を上手く立ち回ることよりも、自分たちの信じる正義を貫く。

 それはそれで、とても大切で尊いことだと思った。


「よく我慢したな。ありがとう、皆」


 笑顔を向けた。

 笑顔が返ってきた。


「イスト殿。皆さん」


 クルタスさんがやってきた。手には麻袋。入っているのは、冒険者たちが取りこぼした精霊たちの素材だった。

 俺は目を伏せる。ここまで壊されてしまった精霊を元に戻す方法を、俺は知らない。


「この精霊たちの亡骸は、山に還しましょう。外の風は、きっと彼らを天の住処へと送ってくれるはずです」

「クルタスさん……」


 俺とアルモアは頭を下げた。

 クルタスさんは、いつもの静かな声で語りかけた。


「顔をお上げください」

「え……」

「あなたたちの強さ、しかとこの目で拝見いたしました。これが……六星水晶スタークオーツ級の冒険者なのですね」


 彼は微笑んでいた。


「あなたがた【エルピーダ】に、最大限の敬意を」

「ク、クルタスさん。やめてください。俺はそんな大それたことをしたつもりは」


 慌てて否定する。

 だが、両脇からフィロエとアルモアが肘鉄を食らわせてきた。


「イストさん。ミニーゲルのときに言ったでしょう。イストさんは凄いんですから、ちゃんとその事実は受け止めないと」

「これだけのことをしておいて否定するのは、返って嫌味」


 そうは言うけれど。

 実際に一番効果があったのはフィロエたちが力を見せたことだ。俺は先陣を切ったに過ぎない。

 後ろからするりとルマが抱きついてきた。


「素敵でしたわイスト様。さすが、最高位ランクのお方」

「おいルマ……」

「ちょっと。馴れ馴れしく姉様にくっ付いてるんじゃにゃいわよ」

「いやパルテ、それは言いがかり……あ痛、痛い痛い」


 なんで【障壁】が発動しているのにバシバシ叩かれて痛いんだ。あ、フィロエ。お前微妙に効果範囲を操作したな? そのジト目を見ればわかるぞ。

 クルタスさん、微笑んでないで助けてください。

 目で訴えかけても、秀麗な剣士は一歩下がった位置でこちらを温かく見守るだけだった。


「あ……」


 そのとき、アルモアが精霊たちの動きに気付いた。

 俺の【精霊操者】の効果が切れ、元の小さな輝きに戻った精霊たちが、俺たちのところに集まってきたのだ。

 彼らは、俺たちの周りをクルクルと回った。


『ありがとう――』

『ありがとう――』

『助けてくれて――ありがとう――』

「どういたしまして」


 アルモアとふたり、声を重ねた。

 精霊たちは続けて言った。


『ついていく――』

『皆に――ついていく――』

『恩返し――恩返し――』

「イストさん。このコたちは何て言ってるんですか?」


 精霊の声が聞こえないフィロエが袖を引いてくる。「俺たちへお礼を言ってる。あと、付いてきたいって」と翻訳してやると、金髪少女は目を輝かせた。


 俺はアルモアと顔を見合わせた。精霊使いの少女は小さく首を横に振る。

【精霊操者】を使ってみてわかった。彼らはかなり衰弱している。このまま連れていけば、最悪、ウィガールースに到着した途端消えてしまうかもしれない。


「君たちには、これまでどおり静かに暮らして欲しい。可能ならば、今の住処は離れた方がいいと思うけど」

『またあの人たち――来る――怖い――』

『だけど――ここは尊い人――眠ってる――』


 尊い人?

 俺が首を傾げると、精霊たちは洞窟の入口を指し示すように舞った。


『前に――ここにきた人間――』

『わたしたちを――とても大事にしてくれた――強い人――』

「……転移の標となったあの人か」


 俺は申し訳ない気持ちになった。聖地の精霊たちにすら敬意を抱かれている人間。それを俺たちは利用しているのだ。


『でもお礼――お礼――』

『お礼――必要――いっしょにいく――』


 うーん、どうしたものか。

 腕を組む。


「アルモア」

「なに?」


 俺は思いついたアイディアを伝えた。


「お前の【精霊操者】で、この子たちをひとつの精霊に生まれ変わらせられないか?」



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