112.可愛らしい大精霊


「ひとつの、精霊に? 【精霊操者】で?」

「ああ。アヴリルを生み出したときと同じ要領だ」


 俺の提案に、フィロエとルマが「おおー!」と合いの手を入れる。


「俺よりもアルモアの方が上手くできると思う。どうだろう」

「イストが言うことなら、やってみる」


 アルモアは精霊たちに向き直った。

 ケラコル氷柱の精霊は、俺の言葉が理解できたのか、どこかソワソワした様子で飛び回っている。

 精霊使いの少女はやんわりと微笑んだ。


「待っててね。今、あなたたちを助けてあげるから」


 両手を胸の位置まで掲げる。手の平を上に。供物を捧げるような仕草をする。

 アルモアの銀髪がわずかに浮かび上がった。


「ギフテッド・スキル【精霊操者】……」


 彼女の手の平から、髪色と同じ美しい銀の輝きが溢れる。まるで糸をるように、無数の光の筋が精霊たちを包み込んでひとつにまとめていく。


「ねえイスト」


 スキル発動中のまま、アルモアが言った。


「この子の名前、あなたが決めて」

「俺が?」

「うん。可愛いやつでお願い」


 いきなり難しい注文だな。

 なぜかフィロエが「名前……共同作業……」とぶつぶつ言っていることに首を傾げつつ、俺は精霊たちと銀光の舞いを見つめた。

 軽やかに跳ねる姿に、ひとつイメージが浮かぶ。


「『レラ』、なんてどうだ?」

「どんな意味?」

「ウサギだよ。古い言葉で」

「ふぅん」


 アルモアは口の端をきゅっと引き上げた。


「いいじゃない。可愛い」


 彼女の身体から溢れる光が強くなる。

 精霊たちがひとつのまゆとなる。

 アルモアは高らかに叫んだ。


けんげんせよ。大精霊レラ!」


 繭が弾けた。

 冷気を帯びた風が周囲を撫でる。パルテが「くちゅんっ!」とくしゃみした。


 白く小さな生き物が地面に降り立つ。

 長い耳。小さな手足。銀色の瞳。真っ白で小さな身体。

 額に光る氷の結晶が、この子が精霊である証であった。

 見た目はまさに可愛らしいウサギ。しかも手乗りサイズ。本当に可愛らしい。


「おおおお……!」


 他ならぬ生みの親が一番感動に打ち震えている。

 アルモアがしゃがんで手を差し伸べると、ぴょんぴょんと擬音が聞こえてきそうな足取りで近づいてきた。そっと手に乗せた精霊使いの少女は、レラの身体に頬ずりした。


「ふおおお……ふわふわ……つめたい……はふぅ……」


 なんというか、天国に旅行されておる。


「ふふふ。アルモア様、動物好きでいらっしゃったのですねー」

「普段がクールだから、今にょ姿はちょっと意外」


 双子姉妹の声もどうやら耳に届いていないらしい。


 やがて、大精霊となったレラはアルモアの手から離れ、今度は俺のところにやってきた。

 銀色の瞳でじっと見上げてくる。


『だっこ』


 舌足らずな声が聞こえた。アヴリルの誕生直後を思い出す。どうやら、【精霊操者】で生み出された大精霊は、最初は赤子同然のようだ。


「はいはい。だっこね」


 俺は苦笑しながらレラを抱き上げる。

 その腕を、フィロエががっしと掴んだ。


「イストさん……いま、なんて言いましたか……? だっこ?」

「あ、ああ。レラがそう言ったんだ。どうやら【精霊操者】で生み出した子は、みんなこんな感じらしいな。赤ん坊みたいで可愛いぞ」

「なぁっ!?」


 ……なぜダメージを受ける?


「赤ん坊……だっこ……名付け親……それはもはや、実の子どもではないですかぁー!」

「なんでだよ」


 アルモアからもなにか言ってやれ、と銀髪少女を見る。

 アルモアはうなずいた。


「似合ってる」

「おいこら」


 期待してた答えと違う。フィロエがまた騒ぎ出したじゃないか。ああ、ルマも。パルテに至っては俺を射殺すような視線をぶつけてくるし。


 ――それから。


 ものの十分と経たないうちに、大精霊レラは少女たちによってモフモフされていた。すっかり人気者である。

 ついでにアヴリルとも仲良く戯れていた。炎と冷気で相性はどうなのかと思うが、当人たちにとっては問題ないらしい。


 俺はクルタスさんとともに、少し離れたところでその様子を眺めていた。


「すみません、クルタスさん。ウチの子たちが騒がしくて」

「いえ、構いません。よいものですね」


 言葉少なに応える剣士。相変わらず表情に乏しいが、少なくともこの光景を好ましく思っていることは伝わってきた。


 でも、本当によかったよ。ケラコル氷柱の精霊たちを救うことができて。もしまた【ゴールデンキング】の冒険者たちがやってきたら、今度こそ狩り尽くされてしまうだろうから。

 レラは俺たちに付いてきたがっている。大精霊となった今なら、人里に降りても消滅することはないだろう。


 さて、あとは。


「クルタスさん。ひとつ聞きたいのですが、あなたは幻のキノコの存在をご存知ですか。この場所にあると噂に聞いたのですが」


 ミティが欲しがっていたもの。それがこの霊山にあるとしたら、【ゴールデンキング】に長く所属しているクルタスさんなら知っているかもしれない。

 だが、予想に反して彼は眉を下げ、考え込んだ。しばらくして「すみません」という答えが返ってくる。


 そうか……残念。

 ミティには笑顔になってもらいたかったんだが、仕方ない。

 あまりここに長居するわけにもいかないだろう。


 皆に帰還を告げようとしたとき、レラが足許まで駆け寄ってきた。耳を器用に動かす。


『キノコ? さがす? ほしい?』

「ああ。知っているのか、レラ?」

『こっち』


 そう言うと、レラは洞窟の奥へと走る。氷の上をもろともしない。速い。

 彼が向かった先は、俺が【重力反抗】で巨大氷柱を引き抜いた跡地だった。


「こんなところに、奥に続く通路がある」


 通常なら氷柱に阻まれ進めない場所である。

 スキルのおかげで、新しい道が生まれたのだ。

 大精霊レラは俺たちを導くように、氷でできた通路を進む。俺たちは後を追いかけた。


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