110.助けを呼ぶ声


 山の中腹にぽっかりと空いた洞窟。

 地表を削ぐような強い風がかくはんされ、穴からは怖ろしい音が響いてくる。

 洞窟が近づくにつれ、俺の後ろにはぴったりとアルモアがくっ付くようになった。

 隣でフィロエとルマが目を細める。


「アルモアさん……」

「少々、あからさま過ぎませんか?」

「……う」


 言われて、掴んでいた服の裾を一度は手放すものの、ヒュオオオゥと洞窟が鳴るとすぐにひっつく。ホラーが苦手なアルモアにはこたえる状況なのだろう。


「アルモア殿。洞窟の中に入れば、音も小さくなります」


 クルタスさんがフォローしてくれる。

 俺たち六人は、洞窟の中へと足を踏み入れた。


 だが、すぐに。

 俺、フィロエ、アルモア、ルマ、パルテの足が止まった。


 首を上に向け、口を開けてほうける。

 そこに広がっていたのは、水晶の形をした無数の氷柱だった。

 表面が鏡のように研磨されている。もちろん、人間が手を加えたわけではない。自然と出来上がった奇跡の光景だ。

 ここがケラコル氷柱。まさに言葉通りの場所だな。


 地面の半分は氷で覆われている。先行した【ゴールデンキング】の一行のものと思われる足跡は、氷を避けるように蛇行して続いていた。

 俺たちはパルテの【重力反抗】のおかげで、転倒の心配なく進むことができる。


「お前たち、大丈夫か?」


 フィロエ、ルマ、パルテはギフテッド・スキルを行使し続けている。疲労を問うと、皆力強く親指を立ててきた。

 まったく。どこで覚えたそんな仕草。


「……近い」


 アルモアがつぶやいた。

 ケラコル氷柱内に入ってから、不気味な反響音は鳴りを潜めている。

 代わりに、濃密な精霊の気配が漂ってくるのを、俺も感じていた。


 アルモアの肩に手を置く。


「ミテラが言ったこと、覚えているな? まずは俺が行く」

「むやみに力を使うな、でしょう。覚えてる。けど」


 普段は眠そうなアルモアの目が、鋭い角度を描いている。


うっぷん溜まってるから、自信ない」


 だろうな。

 アルモアが【ゴールデンキング】に目をつけられないように、俺が率先して動かなければ。


「イスト様」


【全方位超覚】で周囲を探り続けているルマが報告する。


「前方、右から二番目の大きな通路から戦闘音が聞こえます。この数、おそらく【ゴールデンキング】の方々が全員集まっています」

「戦況はわかるか?」

「……同じ音の繰り返し。どうやら、そこまで激しい戦闘ではないようで――あら?」


 ルマが両手を耳の側に当てる。


「なんでしょう。戦闘音に混じっている、この微かな音は……風の音? でも、とても哀しそう……」

「イスト」


 今度はアルモアが袖を引いてくる。


「何だか、嫌な予感がする」

「……わかった。急ごう」

「イスト殿。自分が先行します」


 いつでも剣を抜ける態勢で、クルタスさんが駆ける。【重力反抗】がかかっている中で、もうあれほど軽やかな動きができるのか。

 ルマの指示通り、右から二番目、分かれ道の中で一番大きな通路を進む。

 道は、すぐに右へ大きく曲がっていた。

 その先で、戦闘に遭遇する。


「でやあっ!」


 槍の男性冒険者が獲物を振るう。

 空中に固まった氷と冷気の集合体に、槍の穂先がヒットする。胸がつまされるような悲鳴を残し、氷と冷気の集合体は地面に落ちた。

 下では、すでに大人の一抱えほどの量の氷が山となっていた。


 あれが、アガゴの言うレア素材――。


 後ろに控えた杖の女性冒険者が魔法を唱える。すると、空中に小さな黒い渦が生まれ、周囲を漂っていた氷と冷気の集合体を引き寄せる。


 あれは――精霊か。

 ひとつひとつの精霊はとても小さい。それが女性冒険者の魔法によってひとつにまとめられ、人の頭部ほどの塊になる。

 それは格好の的だった。


「せやっ!」


 再び槍の冒険者の一撃。地面の山がかさを増す。

 魔法で吸い寄せ、固めて、物理攻撃でトドメを刺す

 その繰り返し。

【ゴールデンキング】の冒険者たちは額に汗を流しながらも、やればやるだけ得られる成果に満足げな表情だった。


 俺は思った。

 ふざけるな――と。


「イスト様? それに、アルモア様?」


 恐る恐る、ルマが声をかけてくる。

 彼女らには聞こえないのだろう。ギフテッド・スキル【命の心】を修めた俺とアルモアには、この場に満ちたもう一つの声をはっきりと聞くことができた。


『――助けて――』

『わたしたち――なにもしない――』

『あなたたちの――敵――ちがう』


 この空間に漂う――暮らしている――精霊たちの声。

 怯え、戸惑い、助けを求める声だ。

 彼らに敵対の意思も、抵抗の意思もない。

 俺とアルモア以外に聞こえないのはわかっている。だが。


『――もう許し――』

「おりゃあっ! もう一つ!」

『――助けて――どうか――助けて』

「ここは良い狩り場ね。ほら、まだまだ行くわよ」

『――どうして――わたしたち――なにもしてない――戦いたくない――このままだと――みんな消えちゃう』

「しかし、本当にここの群れは張り合いがないな。もっと抵抗したらどうだ。そら!」


 ふざけるな。

 ふざけるな!


「イスト。もう我慢できない」


 飛び出そうとするアルモアの肩を掴む。意図せず、力が強くなった。


「俺が行く。お前の怒り、俺に預けてくれ」

「イスト……」

「奴らを止めてくる」


 俺は駆け出した。

 怒りで沸騰する頭を深呼吸で抑え、俺は【覚醒鑑定】の追加効果を発動する。


「『サンプル』……ギフテッド・スキル【重力反抗】!」


 直後、洞窟全体が揺れた。


「な、なんだ!?」

「きゃああっ!?」


 ろたえる【ゴールデンキング】の冒険者たち。

 たたらを踏んで後退する彼らの一メートル前、精霊たちと隔てるように、俺は【重力反抗】の効果を向けた。

 地面から引き抜かれた巨大な氷柱を、冒険者たちの眼前に突き立てたのだ。


「うわああああっ!」


 衝撃で吹き飛ぶ冒険者。地面が氷だったこともあり、彼らは壁際まで滑って、硬い岩に叩き付けられる。

 うめく冒険者。彼らの視線が、俺に向けられる。

 俺は、突き立てられた氷柱の前に立った。背後の精霊たちを護るように。


「な、なんだあの力は。まさか、ギフテッド・スキル!?」


 槍の冒険者が唖然としてこぼす。

 俺は告げた。


「もうやめるんだ。精霊たちに抵抗の意志はない。これ以上やれば、彼らは全滅してしまう」

「だからどうした。俺たちは狩る側だ。狩られる方が、弱い方が悪い」

「あくまで弱肉強食だと言うつもりか」

「そうだ!」


 なるほど。弱肉強食。


 ――大嫌いな言葉だ。


 だが、それでしか伝わらないのであれば。


 俺は右手を掲げた。


「『サンプル』発動。ギフテッド・スキル【精霊操者】」


 にわかに、洞窟内が美しい光に包まれる。

 これまで冒険者たちが作業的に刈り続けていた精霊たちが、本来の力を取り戻して強く美しく輝き始めたのだ。

 はっきりと輪郭をもった光氷が、【ゴールデンキング】の冒険者たちの鼻先をかすめる。


 精霊たちは、俺の周囲を巡り始めた。

 冒険者たちの目にはこう映っていることだろう。精霊の竜巻を生み出した男と。

 槍の冒険者の手から、流麗な武器が落ちた。何度となく精霊たちを砕いてきた槍が、今、精霊たちの威光におののいた持ち主の手を離れ、無力化されたのだ。


「この……化け物め!」


 短剣使いの女冒険者が、武器を投擲してきた。しかも三本同時に。

 精霊たちが勇気を出して俺の壁となろうとしてくれる。

 その気持ちだけ、受け取る。


「『サンプル』発動。ギフテッド・スキル【絶対領域】」


 瞬時に発生した結界により、短剣は三本とも弾き飛ばされる。二本は天井で跳弾し壁にぶつかって粉微塵になった。残った一本は短剣の冒険者の十センチ横に突き刺さった。


「嘘……でしょ。ありえないわ」


 他の冒険者とまったく同じ表情で、短剣の女性はつぶやいた。


「ギフテッド・スキルを……三つ同時発動なんて……! これが、六星水晶スタークオーツ級の実力だというの……?」


 俺は、沈黙をもって彼女の動揺に応えた。


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