103.咎める瞳と貫く意志
正直、アガゴには言われたくない台詞であった。
最上位ランクの冒険者であっても、【ゴールデンキング】の意向を無視してはならない――俺は直感的に、アガゴがそう言いたいのだと感じた。
馬鹿にするな、と一喝するのがちょうどよいだろうか。
俺たちにとって、アガゴの申出はなにひとつメリットがないのだから。
ミテラに目配せする。彼女は軽くうなずく。アガゴにとって耳障りのよい『断りの文句』を告げようと、口を開く。
ところが。
「その目、不服か」
アガゴに機先を制される。彼は口元を拭いた。
「お前たちに行ってもらうのは、ウィガールースから遙か遠方にある霊峰ケラコルだ。万年雪と精霊の加護に護られた聖なる土地。そこは希少な鉱物、生物、素材の宝庫である。我々に協力するなら、そこで採れた素材を融通してやってもよい。心配するな。遠方といっても、すぐに移動できる手段がある」
濁った目。口の右端がくいと上がる。
「なんでも、ケラコルには一風変わったキノコも生えるという。はは、お前たちにはちょうどよい戦利品であろう」
「……」
俺も、ミテラも口をつぐんだ。
――一風変わったキノコ。遙か遠方にそびえる霊峰。もしかして。
アガゴはあくまで煽るために話題にしたのだろうが、
脳裏にミティの落ち込んだ顔が浮かぶ。
「……わかりました。お引き受けします」
俺は答えた。
家族の願いこそ、俺の優先事項だ。
隣ではミテラがわずかに天を仰いだ。「仕方ないわよね」と心の中でつぶやいたようにも見えた。
アガゴは「よろしい」と言った。機嫌が直ったようだ。俺たちが――表面上でも――思ったとおりの返事をしたことに満足したらしい。
彼は手を叩き、メイドを呼んだ。
「朝食がまだだろう。食べていくとよい。大したものではないが、お前たちが普段口にしているものよりは上等なはずだ」
白々しい。この男、他人を煽ることが本能に刻まれているのだろうか。
ミテラがそっと背中を叩いてきた。彼女は先んじて一歩前に出る。
長テーブルの一番末席に腰を下ろそうとした彼女を、俺は引き留める。
「イスト君?」
怪訝そうなミテラの手を握り、ぐいと引っ張った。彼女の
【ゴールデンキング】のギルドマスターと視線をぶつける。
わずか二秒ほどの睨み合い。
俺は可能な限り感情を抑えて告げた。
「家族が待っていますので。これで」
視線を外す。ミテラの手を握ったまま、空いた手で扉を押す。
部屋を出る間際、すれ違ったクルタスさんと
俺はそのまま、アガゴの部屋を後にした。
柔らかな絨毯があることを幸いに、床を踏み抜くような勢いで歩く。階段を降り、会釈をしないメイドさんたちの前を通り過ぎて、巨大な玄関扉を体当たりするように押し開ける。
ギルドの敷地を抜け、悪趣味な金色の金属門をくぐる。
帰路のために控えていたのか、あの豪奢な馬車は変わらずそこに待機していた。その脇を通る。御者の人が「お帰りですか」と馬車に乗るよう促してきたが、俺は丁重に断った。自分の足で歩いて帰りたい。
「イスト君」
路地を曲がり、馬車の姿が見えなくなって、ミテラが静かに言った。
「手。痛いわ」
「悪い」
手を離す。意図せず力がこもってしまったらしい。
ミテラは少し赤くなった手の甲を撫でた。
「イスト君。わかっているとは思うけど、さっきのは
隣に並んだミテラが、俺を
「腐っても相手はウィガールースでも五指に入る大手ギルド。しかも、霊峰ケラコルに行き来できると豪語するほど、力をもったところよ。別に毒を盛られる状況でもないのだから、朝食くらい同席しても害はないわ。むしろ、あそこで不必要に角を立てる必要はなかった。ギルドとして、冒険者として今後活動していくことを考えたらね」
「ああ、そうだな。ミテラが正しい」
「だったら、どうしてあんな子どもじみたことをしたの」
腰に手を当て、説教してくる。その姿が懐かしくて、俺は肩の力を抜いた。
本当に彼女がいてくれて良かったと思う。やはり、エルピーダにはミテラが必要だ。
「俺にも
彼女だからこそ、思いっきり青臭いことを言わせてもらう。
「あれだけ
「それはそうだろうけど」
「俺は冒険者として成功したいわけじゃない。孤児院の院長として子どもたちを見守り、彼らが巣立つ手助けをする人間として生きたいんだ」
ミテラの瞳を見る。
「ギルドマスターとしての、冒険者としての安定より、大事にしたいことがあるんだ」
いつの間にか二人とも立ち止まっていた。
人通りの少ない路地で視線をぶつけ合う。
ミテラは俺を咎めるため。
俺は自分の意志を貫くため。
「……はぁ」
やがて、ため息とともに目を
先に歩き出す。
「仕方ないコね。うちの弟君は」
「すまん。せっかく上手く収めようとしてくれてたのに」
「いいわよ。それがあなたの意志なら、ね」
ミテラの口調は、アガゴへのそれとはまったく違う、柔らかで優しいものだった。
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