104.さらなる成長を促すのが使命


「よいしょっと」


 抱えた荷物を自室の隅に置き、俺は腰を伸ばした。


 ――すでに辺りは暗くなっている。


【ゴールデンキング】の拠点から戻った俺とミテラは、すぐに準備を始めた。アガゴのことだ。こちらの都合を考えない無茶を言ってくると予想したからだ。

 果たして、グリフォー邸に帰ってきて間もなくクルタスさんがやってきた。今回の依頼内容を記した文書を手渡すためだ。


 それによると、出発は明日の昼。

 準備時間はたったの一日。しかも支給品はなく、すべて自腹で準備を整えることとある。案の定、無謀な要求だった。アガゴの薄ら笑いが目に浮かぶ。


 とはいえ、一度引き受けた依頼だ。ミティのためにも簡単ににはできない。俺とミテラは愚痴を言うのもそこそこに、互いの人脈をフルに使って準備に取りかかった。


 だが、行き先の霊山ケラコルについて情報を集めるうち、そもそも遠征が可能なのかという話を何度も聞くことになった。

 メチャクチャ遠いのである。しかも、霊山の周辺は天を貫くような山脈地帯だという。


 まず徒歩や馬車では無理だ。何年かかるかわからない。

 となると、スキルか魔法。超高速で移動できるもの――例えば【縮地】のような――、あるいは転移。そういった特殊な力が必要だ。

 アガゴの口ぶりからして、目星は付いているのだろう。


 ……まあ、それならそれで、どうしてそんな力をいちギルドが握っているのかという話になるが。きな臭さは増すばかりだ。


 夜まで粘って、揃えることができたのは結局、倉庫の奥に眠っていたような防寒着、ひとり分。それと非常食の類。山登りの道具。

 背負うとずっしりと重い。【重力反抗】を使いたくなるレベルだ。


 ミテラが部屋にやってきた。隅に置いた荷物を見る。


「詰め込むだけ詰め込んだって感じになったわね。選別する時間はナシ、か」

「それが向こうの狙いなんだろうな」


 俺は頭痛を覚えていた。きっとアガゴらは、急ごしらえの装備を見て無様と笑うのだろう。


「本当にイスト君だけで行くつもり?」

「ああ。準備は一人分が精一杯だった。未知の場所へ子どもたちを連れていけないさ」


 そう答えると、ミテラは腕を組んで考え込んだ。


「情報を集めれば集めるほど、【ゴールデンキング】はきな臭い噂ばかりなのよね。備えはしておきたいわ。できるだけ」


 ミテラにしては、結論を迷っている様子だった。

 そのとき、猫の鳴き声が割り込んだ。


『あれ? イスト、またどっか行くの?』


 窓の外に精霊猫ホウマがいた。

 そういえば最近、よく俺の部屋に入りびたって好き勝手に過ごしていたな。


「イスト君。ホウマさんの通訳できる?」


【命の心】のギフテッド・スキルを持たないミテラは、ホウマの声が聞こえない。だが、彼が精霊であることは伝えていた。


「ホウマさんに、『あなたは霊山ケラコルについて、なにか知らないか』と聞いて欲しいの。どんな精霊がいるのか、とか」

『なにそれ』


 にべもない。通訳すると、ミテラは肩を落とした。

 ホウマは顔を前脚でぬぐいながら、興味なさそうに言った。


『霊山っていうけど、イストたちが入れる場所なんでしょ? そこに住む精霊が、イストの脅威になるとは思えないけどなあ』

「どうして?」

『精霊は良くも悪くももの。人の気配を身近に感じ続けると、元々持っていた力が弱まったりすることはよくあるんだ。ボクだって、人がまったく寄りつかない場所に住んでたら、もっとすごい存在になってたよ。たぶんね』

「しかし、ケラコルが人でにぎわうとは思えないんだが……」

『まあだいじょうぶ。だーいじょうぶさ。イストならね』


 欠伸をしながら言われると、どうにも説得力がない。

 窓の側でくるりと丸くなったホウマに、俺とミテラは呆れてため息をついた。


 それから気を取り直し、ミテラと一緒に改めて道具の確認をする。

 複数の足音が廊下から聞こえてきた。音の主たちは部屋の前で止まると、コンコンコン、とせっかちなノックをする。


「イストさん、聞きましたよ! すっごく遠い場所に遠征に行かれるんですよね!?」


 扉を開けるなり、フィロエが飛び込んできてまくしたてる。どうやらクルタスさんとのやり取りを盗み見していたらしい。


「今度は私たちもついていきます! 連れて行ってください!」

「いや、しかしな」


 準備時間がないとはいえ、今回の任務に従事するのは俺一人ではない。【ゴールデンキング】のギルドメンバーも同行するはずだ。仲良くはできないだろうが、人数的には事足りるだろう。

 敢えてフィロエたちを【ゴールデンキング】に連れて行く必要はない。


 しかし、朝と違ってフィロエたちの反抗は頑強だった。


「どんなにダメと言われても付いていきます!」

「ギルドに行くのとはワケが違うから」

「イスト様。今こそ私たちの力をお使いになるときですわ」

「どうせあんたのことだから、あたしたちが危ない目に遭わないようにとか考えてるんでしょ。冗談じゃないわ」


 フィロエ、アルモア、ルマ、パルテ。複数のギフテッド・スキルをおさめた天才少女たちが距離を詰めてくる。


「同行してもらいましょう」


 ふと、ミテラが予想外のことを言った。フィロエたちも驚く。


「私も皆の言うとおり、イスト君ひとりを行かせるのは迷っていたのよ。下手すれば命に関わることだから」

「だったら、なおのこと……」

「あなたが彼女たちの才能を開花させたのでしょう? フィロエたちの力、本当に今回の任務には不要だと思う?」


 俺の言葉をミテラが遮る。

 フィロエたちの顔をひとりひとり見た。皆、自信と決意に溢れている。

 フィロエが一歩前に出た。


「私たちは、あの魔王クドスをも倒しました。皆で力を合わせれば、どんな困難だって乗り越えられます! 雪山程度、へっちゃらです!」

「フィロエ……」


 このとき俺は「立派になったな」と思った。素直にそう思った。

 それで気付く。

 ただ安全な家の中に閉じ込めておくだけが院長の役割じゃない。

 彼女たちに何ができて、これまでに何を成し遂げてきたかをしっかり見極めた上で、さらなる成長を促すのが仕事だ。使命だ。


 フィロエたち四人のことは、ずっと近くで見てきた。

 その俺が彼女らの力をしてどうするのか。


「わかった。力を貸してくれ、皆」

「はい!」


 ある子は嬉しそうに。ある子は不敵に笑いながら。いっせいにうなずく。

 ミテラが腕まくりした。


「館にまだ防寒着が残っていないか確かめましょう。皆、付いてきて」


 ミテラがフィロエたちを連れて部屋を出る。

 彼女たちの後ろ姿を見ながら、俺は腹を決めた。


 自分たちにできることをやろう。俺と彼女たちの力で、アガゴの無茶を跳ね返すのだ。


 そして部屋には俺とホウマが残された。


『やあ、なかなか大変そうだね』

「暢気なものだな、相変わらず」


 俺は呆れる。するとホウマは、なぜか窓の外を見た。


『でも、仲間は多そうだから安心かな。ほら、あの子もキミのことを心配しているみたいだよ』


 言われて窓から下を見ると、真下に鉄馬車姿のレーデリアがいた。

 彼女はじっとこちらを見上げていた。


『話、聞いてたみたいだね。あの子もきっと力になれるよ。じゃ、頑張ってね』


 そう言うとホウマは窓の外へ出て行った。

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