102.ギルド【ゴールデンキング】


 グリフォー邸の庭には、ごうしゃな馬車がまっていた。

 せいな彫刻、原色が目に焼き付く色使い、よく手入れされた純白の馬。こんなもので街中を走れば、否が応でも目立つだろう。


 庭の隅で、レーデリアがビビって縮こまっていた。


「レーデリアもお留守番させましょう。あんな立派な鉄馬車、アガゴが放っておくとは思えない」


 ミテラが言う。俺は身振りでレーデリアに「そこにいろ」と伝えた。

 俺たちのやり取りを聞いていたはずのクルタスさんは、何も言わずに先導していた。


 相手が用意した馬車に乗り込み、朝の目抜き通りを走る。まだ人通りは少ないとはいえ、小窓越しの周囲の視線が痛かった。

 馬車の中も、会話がない。背筋を伸ばしたミテラとクルタスさんが、互いに視線を合わせず、しかし隙を見せないように黙り込んでいる。


「クルタスさん」


 俺は話しかけた。ミテラが少しとがめるような視線を送ってきたが、構わず尋ねる。

 きっと、ふたりで話ができる機会は多くないはずだ。


「あなたは、どうして【ゴールデンキング】で……アガゴ氏の下で働いているのですか。あなたの立ち居振る舞いからすれば、もっと待遇の良いところにいても問題ないはずです」


 しつけな質問だとは理解している。だが、聞かずにはいられない。

 クルタスさんはしばらく黙ったままだった。小窓から街の景色を、そして空を見上げる。


「それが自分の忠義だからです」


 やはり、静かな口調だった。

 そこに並々ならぬ強い想いを感じ取り、俺は黙った。直感する。


 クルタス・ウスバという男は、耳障りの良い言葉では動かない。忠義は揺らがない。

 けれど。なんて哀しい空気を背負っているんだ。


「いつか、ゆっくりとお話しする時が来ることを願います。この三人で」


 ふと、ミテラが言った。

 そして俺を睨む。脇腹にひじてつが飛んできた。


 ――ちょっとはデリカシーを持ちなさい。

 ――すまん。


 無言のやり取り。

 そのとき微かに、本当に微かに、笑声が聞こえた。

 ミテラとともにクルタスを見たときには、もう彼の表情は元に戻っていたが。


 約十分後。


 馬車は目的の場所、【ゴールデンキング】の拠点へとたどりついた。

 クルタスに続いて馬車を降りた俺は、開いた口が塞がらなかった。


 重厚な金属門。庭を貫く道沿いに並ぶ、いくつもの彫像。最奥部に鎮座する三階建ての建物。

 すべて、金色に輝いていたのである。まさに【ゴールデンキング】の名の通り。

 言葉を失う。

 だがそれは、感動というよりもきょうがく、より正確にはがくぜんとしてのものだった。


「噂には聞いていたが、実際に目にするとやっぱりとんでもないな」

「しかもこの金色装飾、アガゴの代になってから施されたものらしいわ。主の気性がよくわかるわね」


 隣でミテラがしんらつな評価をする。

 俺はため息と同時に、少し安心した。


 あのミテラが、【ゴールデンキング】の一員であるクルタスさんの前で一切そんたくのない評価を下したのだ。見方を変えれば、それだけクルタスさんのことを信頼したと言える。

【ゴールデンキング】の中に、話せる相手がひとりでもいるのは心強い。


「こちらへどうぞ」


 そのクルタスさんが、相変わらずクールな表情で先導する。

 グリフォー邸よりも大きくて頑丈な正面扉の前に立つ。なんと内側から人力で開かれる。まるで牢屋のような音だなと思った。


 玄関ホールはさらにきらびやかであった。思わず右手でひさしを作るほど。

 メイドさんたちが直立不動で控えている。が、それだけである。彼女らは目を閉じ、背筋を伸ばしたまま、俺たちが前を通っても会釈をしても、無反応であった。

 靴裏が床に触れる度、ホールに足音が反響する。


 最も大きな階段を上り二階、さらに三階へ。

 廊下の突き当たりにある部屋で、クルタスが立ち止まった。


「こちらです」


 洗濯板のように細かな凹凸の扉を押し開ける。

 隙間から、ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。


 十人は座れる長テーブルが部屋の中央に鎮座している。清潔なシーツの白さが目立つ中、長テーブルの一番上座、俺たちから見て真正面の壁際の席に、何皿もの食事が並べられている。

 豪華な朝食風景。


 痩せぎすの男が、上座に座ってスープを口にしていた。仕草は優雅である。


「遅いぞクルタス。もうすぐ食べ終わってしまう。お前はこいつらと話をするために、食事が終わってからわざわざ時間を確保しろと言うつもりか」


【ゴールデンキング】のギルドマスター、アガゴがスプーンを突きつけながら言う。「申し訳ありません。ギルドマスター殿」とクルタスは頭を下げた。


 俺とミテラは戸口に立たされたままである。

 朝食もれないタイミングで呼びつけておいて、自分は優雅に食事――徹底的に下に見られているのは確実だ。


 アガゴの視線がクルタスから外れ、ミテラに向いた。スープを飲む手が止まる。頭の先から腰の辺りまで、じっくりなめ回すような視線だ。

 俺はこの視線に覚えがあった。ギルド連合会支部で、彼がフィロエに向けた視線と同じ。


「そこの女性は、明日から我がギルドで働け」


 いきなりの勧誘。引き抜き。

 眉間に皺が寄るのを我慢する。かなりの労力が必要だった。


「光栄ですわ」


 ミテラは柔らかな口調で言った。ただし、顔は笑っていない。


「ですが、私のような無名でもうまいな者を引き抜いたとあっては、【ゴールデンキング】ギルドマスターの名に傷が付きます」


 無名で蒙昧、にことのほか力を入れるミテラ。

 アガゴはしばらくミテラの顔を見つめてから、「それもそうだな」と食事を再開した。


 フィロエたちを連れてこなかったのは正解だった。

 今のやり取りを聞いていれば、アガゴに殴りかかっていたに違いない。

 正直、俺でも「殴ってやろうか」と思った。


 ――おそらく、ミテラは事前にアガゴの人となりを調べ尽くしている。


 彼がどのような人材を好むのか、どうすれば彼の興味を引き、逆に彼の興味を失わせることができるのか、頭に入っているのだ。

 アガゴが欲しているのは、装飾品としての人材。有り体にいればコレクションなのだろう。

 あの調子だと、ミテラがギルド職員としてどれほど有能か知らないようだ。

 血と意志の通った『人』には興味ないのかもしれない。


 だったらこちらも相応の態度を取るだけだ。


「ご用件はなんでしょうか」


 事務的な口調で尋ねる。

 食事の手を止めるアガゴ。ややムッとした表情を浮かべ、彼は俺を見た。


「とある魔法に使う素材を取ってくるのだ。そのくらいならお前でも貢献できるだろう」


 それが、朝食時に俺たちを呼び出した理由だそうだ。

 ああ、この男には冒険者ランクも、連合会が定めたルールも関係ないのだろう――俺は思った。

 冒険者はすべからく自分の下にいるべき。世間知らずな新参者に世の中を教えてやろう。そんな思考が透けて見えた。


「我がギルドメンバーも付けてやる。六星水晶級とうたわれてのぼせている頭を冷ますがいい。しょせん、連合会が定めた無意味な肩書きに過ぎないとな。そして目的のモノを必ず取ってくるのだ」



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