99.ミティの思いわずらい


 ウィガールースの街に入り、グリフォー邸にたどり着く。

 夕方の街はいつもどおりのけんそうだった。何か騒動が起こった様子はない。

 ノディーテはここまで来ていないのかもしれないな。


 黒馬レーデリアを敷地の隅、いつもの場所に連れていく。すると彼女は見る見る形を変え、見慣れた鉄馬車レーデリアの姿に戻った。

 便利なものである。


『あ、あの。マスター』

「どうした?」

『差し出がましいお願い、なのですが……その。我が小さな人の形になったことは、しばらくマスターの間だけの秘密にしていただけると……』

「それは構わないが、何か理由があるのか?」

『……新しい姿など……ゴミ箱のくせに恥ずかしくて……その』


 途中で黙り込んでしまう。

 まあ、レーデリアらしいと言えばそうか。とりあえず納得。


 俺はひとり、館の入口に向かう。扉の手前で軽く頬を張って、気合いを入れた。疲労感を顔に出してはいけない。


「ただいま」

「あ、イスト先生。おかえりー」


 俺にいち早く気付いたステイが、いつもの軽い感じで返事をしてくれる。他にもエルピーダ孤児院のメンバーが一通り玄関ホールに揃っていた。

 どうやら、この子らもキノコ狩りからちょうど帰ってきたところらしい。


「むむむ!」


 フィロエが眉根を寄せて迫ってくる。隣にはルマの姿も。

 思わずたじろぎ、俺は視線を外した。


「ど、どうしたふたりとも」

「イストさん。ずばり、お疲れですね」


 フィロエがいかめしい口調で告げる。図星を指された。

 ルマが手を握ってきた。


「ああ、なんてこと。イスト様、やはりわたくしそばでお世話をして差し上げるべきでした……! 申し訳ありません」

「待ってくださいルマさん。お世話なら私がやります」

「しかし、いくらフィロエ様でもこのお役目はなかなか譲れません……。そうです! 皆さんでお世話するというのはどうでしょう」

「それならヨシです」


 ヨシじゃない。


 いつもどおりのやり取りをするふたりに苦笑していたが、他のメンバーの表情も同じように心配するものだったので、俺は笑みを引っ込めた。


「イスト。今日はゆっくり休むんじゃなかったの? なんで午前中よりもひどくなってるのよ」


 アルモアがごくもっともなことを言う。

 俺は頭をいた。


「気分転換に散歩してたら、思いのほか夢中になってさ。歩き疲れてしまったんだ。まったく、我ながら休むのが下手だよな。ははは」


 ――ノディーテの話をすれば、子どもたちは不安になる。ここは誤魔化そう。

 あの不思議な少女のことは、後でミテラに相談しておこう。


 そんなことを考えながら愛想笑いしていると、フィロエ、アルモア、ルマ、パルテが一か所に集まって何やら相談を始めた。

 チラ、チラとしきりにこちらを見ながら、とても真剣に話し合っている。

 しまった。子どもたちを不安にさせないようにしたつもりが、俺の方が不安になっている……!


「あれ?」


 少し離れたソファーに、小さな影がぽつんと座っていることに気付く。

 ミティだ。

 そういえば、皆が騒いでいる間もこの子は寄ってこなかったな。

 いつもなら真っ先に来てくれそうなものなのに。


 隣まで近づく。ミティはぼーっと天井を見つめたまま、心ここにあらずといった様子だった。そういえば着替えもしていない。

 初めて見る姿だ。何があった?


「キノコ狩りから帰ってきて、ずっとこんな調子なんですよ」


 グロッザが隣に来て言う。今度は俺が心配になってきた。

 ところが、エルピーダ孤児院の裏リーダーは穏やかな表情のままであった。


「覚えてる? 商店街で会ったキノコ売りのおじさんたち。今日はあの人たちの案内でキノコ狩りをしたんですけど。僕たち、おじさんたちから『幻のキノコ』の話を聞いたんだ」

「幻のキノコ?」

「うん。なんでも、ずっと遠くにある霊山にしか生えない種類で、精霊たちの加護を受けてるんだって。高価な薬品に使われるほど希少価値が高いんだけど、それだけじゃなくて味も素晴らしいみたいで。僕もすごく興味が湧いた」


 グロッザが腕を組む。


「そのキノコ、ようや枯れ木じゃなくて、氷の結晶に生えるんだって。すごく綺麗って言ってたよ、おじさんたち」

「へえ……」

「それを聞いて、色々想像しちゃったんだね。ミティ、すっかり幻のキノコのとりこになってるみたいです。一度でいいから見てみたいって、今日何度も言ってました。ただ……幻って言われてるだけあって本当に貴重な品らしくて。もしかしたらもう一生お目にかかれないかも知れないっておじさんたちが言ったものだから、だいぶ落ち込んでるんですよ」


 なるほどねえ。

 ウィガールース近郊で霊山と呼ばれるほど高い山はないから、きっとエラ・アモよりもっと遠い場所なのだろう。この街まで流通してくるとは思えない。


 これだけ残念がるってことは、よっぽど見たかったんだろうな。無邪気の塊だったミティが、しっかり自分のやりたいことを意識し始めた証拠なのかもしれない。

 まだ小さなこの子の夢を潰すだけってのは、避けたいな。


「ミティ」

「……せんせー」


 隣に腰かけると、ぼんやりした様子でこちらを見上げてくる。

 俺はミティの頭を撫でた。


「そんなに落ち込むな。俺が、いつか冒険して手に入れてあげるから」

「ほんと?」

「ああ。なんたって俺は六星水晶スタークオーツ級、冒険者の中でいっちばんエライ人間だからな!」

「おおっ……せんせー! ありがとー!」


 ミティが抱きついてくる。俺は精神的なむずがゆさを我慢しながらミティの頭を撫で続けた。

 グロッザが呆れる。


「先生。無理して柄にもないこと言わなくていいですからね。先生はただでさえ働き過ぎでお疲れなんですから」

「お前まで言うか……」

「とうぜんです」


 やれやれ。


「ありがとなグロッザ。心配してくれて。でも大丈夫だ。俺にとっては、お前たちが自分のやりたいことをやれるようにすることが大事なんだ。そのためなら、六星水晶級冒険者だって立派にこなしてみせるよ」

「たとえ無理をしても、ですか。イスト先生らしいですね」


 大人びたこの子は静かに微笑み、それからミティを抱き上げた。いつの間にかミティは寝息を立てている。「イスト先生に励ましてもらって、安心したんですね」とグロッザは言った。


「イスト先生も、今日くらいはしっかり寝てください。でないと」


 ちら、とくるまで話し込んでいるフィロエたちを見る。


「明日、これでもかというほどフィロエたちが張り切っちゃいますよ?」

「それはだいぶ困るな」


 ふたり、笑う。

 お言葉に甘えて、俺はいつもより早めに部屋で休むことにした。


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