91.傲慢なギルドマスター


 資料閲覧室に鍵をかけ、ホールの受付に返しに行く。時刻はもう夕方だ。

 すっかり顔馴染みの受付嬢と笑顔で挨拶を交わす。


 そのとき。


「わからないヒトだな。あなたも!」


 何やら階段付近が騒がしいことに気づき、俺とフィロエは顔を上げた。

 二階から男たちの集団が降りてくる。ひとりは見慣れた顔――シグード支部長だ。彼の横には、冒険者タグを交付されたときに同室していた職員の姿。

 ふたりとも、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。


 一方、グチグチとシグードさんたちをこうげきしているのは神経質そうな男だった。側に控える剣士風の男も含め、見慣れない人たちだ。


「ワタシがここまで頭を下げている。【ゴールデンキング】のギルドマスターたる、ワタシが。ウィガールースのギルドをとうかつする者なら、配慮する義務があるのではないか? どうなんです」

「あのねアガゴ氏。何度も言うように、連合会はあなたのとこの下部組織じゃない。支援が必要なら、ちゃんと筋を通してもらわないと」

「支援ではない。義務だと言っている。我々をそこらのぞうぞうギルドと一緒にしてもらっては困る!」

「相変わらず激しいですねえ」

「こんな華のない建物でふんぞり返っているだけのあなたにはわからないだろうが、ワタシにはワタシのきょうというものがある」

「やれやれ」


 珍しいな、シグードさんがうんざりしたため息を漏らすなんて。


【ゴールデンキング】と言っていたか。聞き覚えあるぞ。ギルド職員時代に耳にしたことがある。

 確か、ウィガールースでも五指に入る大手ギルドだ。特に所属する冒険者数の多さと、それを支えるだけの財力が他ギルドと比べてずば抜けているらしい。

 アガゴはそこのギルドマスターのはず。


「支部長、あなたには失望した。以前から思っていたが、あなたはウィガールースを収める者としての器量が足りないのではないか? この程度の準備もできないとは」


 怒りが冷めないのか、アガゴの口調がさらに無遠慮になっていく。

 さすがに聞いているこっちもイラッとし始めた。


「ギルドマスター殿」


 影のように立っていた剣士が静かに言った。よく見るとすごい美男子だ。立ち居振る舞いにも隙がない。【槍真術】【杖真術】を持っているから俺にはわかる。

 彼はさりげなくシグードさんとの間に身体を割り込ませた。


「今のご発言、少々無礼が過ぎるかと存じます。ここは冷静に」

「ワタシは冷静だ。出しゃばるなクルタス」

「……。申し訳ありません」


 聞く耳持っちゃいない。

 これはあの剣士の人、苦労してるだろうなあ。


 ギルドマスター・アガゴはシグードさんに指を突きつける。


「とにかく。赤髪、ガントレットの女を見かけたらすぐにしらせるように。あなたにでもそれくらいは命じられるでしょう」


 それでは、と鼻息荒く階段を降りてくる。

 ホールで俺たちの前を通りかかった。俺もフィロエも、できるだけ目を合わせないようにする。


 が。なぜか相手の方が立ち止まった。こちらを――特にフィロエをじろじろと見る。

 俺は前に出て、フィロエを背中に隠した。


「何か御用ですか?」

「どけ。貴様に用はない」

「彼女は大事なうちの子です」


 眉に力を入れて言うが、アガゴは俺を見ようともしない。

 するとフィロエが噛みついた。なぜか俺に。


「私はもう立派な大人ですー!」


 いや、さすがにまだ早いのでは――と思ったが、話がややこしくなりそうだったので反論しないでおく。


 アガゴはしばらくの間フィロエを無遠慮に眺めたあと、鼻を鳴らして去って行った。

 どうやらお眼鏡にかなわなかったようだが……本当に何て失礼な人だ。


「大丈夫だったかい、イスト氏」


 シグード支部長が俺たちのところまでやってきた。睡眠不足ではなさそうだが、疲れた表情をしている。

 俺は顔をしかめた。


「あれは【ゴールデンキング】のギルドマスターですよね。噂以上に厄介な人物みたいですけど」

「そうなのだよ。どうやら凄いを見つけたみたいでね。それを手に入れるためほうぼうに協力を依頼しているようなんだ。まあ、彼の場合、協力というより金にモノを言わせた命令かな」


 それだけの力があることは確かだからなあ――とシグードさんは言った。扱いに困っていることがヒシヒシと伝わってくる。

 お近づきになりたくない相手だ。


「今、この街でイスト氏の顔を知らないギルドマスターは彼くらいじゃないかね。魔王クドス襲来のとき、彼はギルドメンバーを引き連れてどこかへ遠征してたし。そうでなければ、なかなかあんな態度は取れないよ、君に対してね。イスト氏。今度のおパーティ、アガゴ氏との接触はほどほどにとどめておくことをオススメするよ」

「お、お披露目パーティ……」


 俺はうんざりとつぶやいた。


 ギルド連合会が俺を六星水晶スタークオーツ級と認めたことを、主だったギルドの要職者たちに披露するための公式行事なのだという。あと数日後に迫っている。

 ただでさえ憂鬱なのに、また出席したくない理由が増えた。まったく胃が痛い。


「隣にいたあの剣士の人とお話して済ませる、ってわけにはいかないんですかね」

「クルタス氏かい? 忠義にあつい方だからねえ。ギルドマスターを差し置いて自分が話すわけにはいかない……と言うだろうね彼なら」

「格好いい人だなあ。フィロエもそう思うだろう?」

「? そうですか?」


 きょとんと首を傾げる金髪少女。俺は呆れた。


「世間一般では、クルタスさんみたいな性格と容姿の人は格好いいって言うはずだぞ」

「そうなんですね」


 あ、興味なさそう。

 俺の腕に自分の腕を絡ませてくるフィロエに「どうしたものか」と悩みながら、俺たちは連合会支部を後にした。



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