【番外編】『前向きリギンと恋する3人の少女たち』

(1)リギンが私たちを女の子として見てくれない


 これは、イスト・リロスが伝説の冒険者になる少し前の物語。


 冒険者ギルド【エルピーダ】を独り立ちした少年リギンは、仲良くなった3人の少女たちとともに新たな街を目指して旅をしていた――。



◆◇◆



「かーっ。うっめえ!」


 ホクホク顔でサンドイッチをほうばるリギン。両手持ちでかぶりつく様子がいかにもわんぱく小僧な彼らしい。

 今を全力で楽しむ!――みたいな笑顔を、3人の少女たちは少し離れた場所に座って見ていた。


 ――探索者レンジャー試験での事件から数日。

 ここは、エラ・アモを出発した乗り合い馬車の中である。

 タイミングがよかったせいか、ほろ付き馬車の乗客はリギンたちだけであった。


「ちょっとリギン。食べ散らかして汚いわよ」


 眉をひそめながら注意したのは、3人娘のひとりでリーダー格のメルムである。

 ポニーテールにした赤い髪が、馬車の進みと合わせてゆらゆらと揺れている。


「少しはおとなしくしてなさいよ」

「んなこと言って、自分だってめっちゃ食ってるじゃん。その両手のサンドイッチはなんだよ」

「た、食べざかりなのよ。悪い!?」

「じゃあ俺と同じだ」

「同じだなんて……恥ずかしいこと言わないでってば」


 顔を背けてハムサンドにかじりつく。耳が少し赤くなっていた。

 照れている少女に、リギンは気付かない。


「ねえ、リギン。口元が汚れてる」


 布を片手に隣に座ってきたのはシニスだ。3人の中で一番小柄な少女である。

 エラ・アモでリギンに罠の解除方法を教えていたのが、彼女だった。

 あれ以来、なにかにつけてリギンの隣に収まろうとしている。


「はい、できた」

「おう、あんがと」

「……それだけ?」

「他になにかいるのか? あ、そうかわかった。お前も足りないんだなサンドイッチ」

「へ?」

「ほら、こっちまだ食べてないからお前にやるよ」

「や、そういうことじゃなくて。こう、シチュエーション的にドキドキしたりしないのかなあと」

「どきどき? なんで?」

「えう……」

「もしかして食べさせて欲しいのか? ほれ、あーん」

「だだ、だいじょうぶだいじょうぶ。私お腹いっぱいだから! じゃ!」


 そう言ってそそくさと3人のいるところに戻るシニス。ウェーブがかかった茶髪をいじいじと触る。

 リギンは首を傾げるだけ。


「もったいないなあ。せっかくめっちゃおいしくできてるのに。なあデクアトラ!」

「う、うん」


 呼ばれて背筋を伸ばす3人目の少女。リギンよりも上背がある黒髪の彼女は、デクアトラといった。

 リギンはニカッと笑いかける。


「デクアトラの作ったサンドイッチ、最高だぜ。俺、これならいくらでも食べられるぞ」

「あ、ありがとう……。でも、食べ過ぎてお腹壊さないでね……」

「だーいじょうぶだって。デクアトラは心配性だなあ。ま、そこがいいところだと思うけど」

「……」


 控え目な少女は、座ったまま背中を丸めてうつむく。

 すらりと背の高いデクアトラがそんな仕草をすると、まるで大型犬がせっているように見えた。


 ――と。

 それまで黙っていた御者の老人が、からからと笑いながら声をかけてきた。


「おやおや。うらやましいパーティだね。ずいぶん仲がよい」

「もちろん」


 リギンが胸を張る。


「俺にとって自慢の仲間たちさ」


 言葉どおりの力強い声に、後ろの少女3人はドキリとして身を固くした。

 が、リギンが彼女たちの動揺にまったく気付いていない様子を見て、そろってため息をつく。


 シニスがぽつりと漏らした。


「あいつ、私たちのことちゃんと女の子だって思ってるのかしら……」

「あやしいわね」


 メルムがうなずく。


 そう。

 彼女たちの悩みは、リギンが自分たちを異性として見てくれないということだった。


「あの……まだ出会ってから日も浅いし。あんまり焦らない方がいいと思う……」


 デクアトラがおずおずと言った。

 3人の視線がリギンの背中に集まる。

 彼は御者の老人の隣で、青空に向かって叫んでいた。


「俺もイスト先生みたいなすげぇ人間になるぞ! 待ってろ次の街!」


「……振り回されてるなあ。私たち」


 メルムはつぶやいた。心からのだった。


「次の街ではなんとかアピールしないと」


 シニスが握り拳を作る。


「……前向き……うらやましいな、リギン」


 デクアトラがひざがしらあごを乗せて言う。


 馬車は街道を進む。次の目的地はもうすぐであった。


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