(2)リギンを見失って心細い少女たち


「ほら、到着だ。ご苦労さん」


 御者台から老人がにこやかに言う。

 リギンたちは礼を言い、荷台から降りる。


「うわぁ……」


 辺りを見回した4人はそろって口を開けた。


 ここはローメの街。

 入口に荷馬車の発着場があるほど、規模も人通りも大きなところだった。

 まだ太陽の位置は高い。

 発着場を行き交う人々のかいかつさが目に飛び込んでくる。


 メルム、シニス、デクアトラの3人娘は、無意識のうちに身を寄せ合っていた。

 実は彼女たち、エラ・アモを出たことがなかったのだ。

 故郷よりもはるかに大きくて人も多い街に、完全に圧倒されてしまっていた。


「外の街って、こんな感じなんだ」


 メルムが唾を飲み込みながらつぶやく。他の2人も、言葉にはしないが同じ気持ちであった。

 今更ながら、『違う世界に飛び込む』のがどういうことかを肌で感じる3人。


 ふと、メルムが自分の頬を張る。


「しっかりしなきゃ。冒険者になるんなら、これくらいでビビってどうすんの!」


 自分に言い聞かせる。

 不安と動揺を押し隠し、彼女は皆をするように言った。


「さあ、ここからがスタートだよ。まずは……そう! 情報収集からね! リギン、あんたはウィガールースっていう大きな街の出身なんだから、ここは皆のために知っていることを色々と話してもらうわよ。いいわね!?」


 振り返る。

 ――が、そこにわんぱく小僧の姿はなかった。


「あ……れ? リギン?」


 メルムのみならず、シニスとデクアトラも硬直する。


「おやお前さんたち。まだ残ってたのかい?」


 一服しながら汗をいていた御者の老人が目を丸くしている。


「連れの男の子なら、さっき街の方に走っていったよ」


 リギンの『悪いくせ』が出た瞬間だった。


 ざわざわざわ……。

 発着場のけんそうがメルムたちの耳の奥ではんきょうする。

 まだ太陽は高い。

 人の流れは最高潮だった。

 3人娘は拳を握りしめて、どうおんに叫んだ。


『リギンのバカーッ!』


 ――それからメルムたちは、仕方なく3人で街の目抜き通りに踏み込んだ。

 リギンを探すためである。


 メルムを先頭に、右をシニス、左をデクアトラが固め、ガッチガチに緊張したおもちで歩く。

 まるで危険な洞窟を探索するような強ばり具合だったが、3人にとっては洞窟も目抜き通りも似たようなもの。

 はぐれないようにぴったりとくっついて移動する。


 今の彼女たちにとって、ローメのにぎわいは不安をかきたてる魔法であった。


 当然、そんな状態でただ歩いていても目的の人物は見つからない。

 それどころか、次第に自分たちがどこを歩いているのかもわからなくなるありさまだった。


 ついには歩き疲れて、民家の軒下で立ちおうじょうしてしまう。

 メルムは方向感覚には自信がある。だからこそ、こんな事態になってしまってショックが大きかった。

 言葉もなく、3人で固まる。


 ――実は同じような状況は、探索者レンジャー試験のにもあった。


 幼馴染みでいつも一緒の3人がそろえば無敵!……と意気込んで試験に臨んだのはいいものの、試験会場にいたのは街の外から来た知らない人ばかり。しかも、そのときの試験に限って女性が少なく、メルムたちはとても動揺した。


 偶然見かけた同年代の双子姉妹に思わずからんでしまったのは、不安と緊張が高まり過ぎていたため。


 心細かったのだ。

 その状況が今、また繰り返されようとしている。


(あ、ヤバ……ちょっと泣きそう)


 メルムは急いで目元をぬぐった。

 そのときだ。


「メルム! シニス! デクアトラ!」

「……リギン!」


 駆け寄ってくる少年を見て、3人はいっせいにあんの息を吐いた。

 そしてリギンが隣にやってきたと同時にぶん殴る。


「このバカ! ひとりで勝手にドコ行ってたのよ!」

「痛! すま――痛ぇ、痛っ、いやちょっと待、あたっ!」


 ポコポコと絶え間なく殴りかかってくるメルムとシニス。リギンは口をはさめず、されるがまま。


 やがて息切らした2人が手を止めると、リギンは背筋を伸ばした。


「悪かった。あらためて謝らせてくれ。ごめん」


 そう言って深く頭を下げる。


「俺、昔からこうなんだ。気になったモンがあるとすぐに身体が動いちまう。孤児院の皆からもさんざ注意されてるのにいっこうに直りゃしねえ。情けねぇ」

「……」

「勝手にいなくなって悪かった。反省してる。このとおりだ」


 頭のてっぺんがほとんど地面に向くほど、さらに腰を折る。


「ま……反省してるなら、いいけど」


 メルムがぽつりとつぶやく。


「いちおう、私たちのこと見つけてくれたし……それでおあいこにしてあげる」

「ほんとか!? ありがとう!」

「調子に乗らない!」


 びしりと指を突きつけると、リギンは両手で降参のポーズをした。

 3人娘の顔にようやく笑顔が戻ってくる。


「あ、そうそう」


 ふとリギンが後ろを振り返った。


「聞いてくれよ。さっき運よく依頼がゲットできたんだ。俺たちの初仕事だぜ」

「依頼……?」


 首を傾げ、メルムたちはリギンの視線を追う。

 そこに立っていたのは、エプロンドレスが似合う年上のお姉さんだった。


 しかも、ものすごい美人。


「この人はアルーナさん。なんか探し物があるんだってよ。これは俺たちの出番だなって思ったわけだ」

「…………へぇ」

「親切な人でよ。自分も困ってるのに、お前たちを探す手伝いをしてくれたんだ。こりゃあ恩返しするっきゃないだろ」

「…………あぁ」

「……? さっきからどうしたんだ、お前ら」

「ずいぶん美人なお姉さんだねぇ……」

「おお、メルムたちもそう思うか」

「あ゛!?」

「けどよ、美人かどうかは依頼を受けるのに関係なくね? 世話になったことの方が大事だろ?」


 あっけらかんと。

 メルムたちを真正面から見て。

 本心からそう思ってる瞳をして言うリギンに、3人娘はそれ以上なにも言えなくなってしまう。


 せめて不満に思ってることは伝われ――と頬を膨らませるが、やっぱりリギンはきょとんとしたまま。


 くすくすと可愛らしい笑い声がした。


「おもしろいたちね。はじめまして。アルーナです。あなたたちにぜひお願いしたいことがあるの」


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