第4章 先生は私たちの道標(みちしるべ) 天才少女たちに愛される

79.懐かしい景色、新たな顔


 エラ・アモを出発して7日――。


 俺たち【エルピーダ】は、とくに大きな事件にそうぐうすることもなくウィガールースに戻ってきた。

 見慣れた城壁をレーデリアの御者台から眺める。思わず「ふぅ……」と息を吐いた。


 にぎやかな子が旅立ってしまって、【エルピーダ】も静かになってしまうと思っていたが。そんなことなかったな。


 レーデリアの荷台を振り返る。

 声は聞こえないが、今日もまた中でドタバタしているのだろうと容易に想像できた。

 その証拠に――。


「ぷはっ! ようやく終わりましたー!」


 顔から汗をしたたらせながらルマが御者台に出てくる。そしてすぐに濡れた身体を俺にくっつけてきた。


「イスト様、失礼します」

「……今日はずいぶんかかったね」

「はい。アルモア様は本当にお強いので……ですが、私だって負けていません。特に体力ではまだまだアルモア様をぶっちぎります」


 上機嫌に報告してくる。


 ――ルマとパルテの双子姉妹を迎え、エルピーダは少しめた。

 エラ・アモの事件を通してさらに積極的になったルマと、それを快く思わないアルモアが事あるごとに衝突するからだ。

 当然ながら妹のパルテは姉の側に付き、ならばとティララはアルモア側に付いたものだから、毎日なにかと競争で騒がしい。


 ぜんぶ、俺への好意の表れだから、当事者としては居たたまれない……。

 俺は【エルピーダ】のギルドマスターであり院長だ。皆のことは家族同然に思っているけれど、保護者として線引きはしないといけない。


 とはいえ。

 彼女らは、なんだかんだ最後は必ず和解をしているし、食事時はあいない話に花を咲かせているから、決して仲が悪くいがみ合っているというわけではない。

 リギンがいなくなった寂しさを皆で紛らわせようとしているのだと俺は思っている。

 だから、彼女らの好きなようにさせているのだ。


 しかし、そうなると困るのがスキンシップ。

 ルマは事あるごとに俺にくっ付いてくる。最初は何度も言い聞かせていたが、あまりにひんぱんなので、この頃は俺の方が折れて苦言も言わなくなった。

 慣れとは怖ろしい。


「わあ……!」


 奥からパルテが出てきた。風が彼女のショートカットの毛先をなでる。


「あれがウィガールースの街。大きいわねぇ!」

「もうすぐ到着するぞ。降りる準備をしておけよ」

「ん。わかった」


 そう言って奥に引っ込むパルテ。

 この7日でだいぶコミュニケーションを取れるようになった。【エルピーダ】が姉妹で安心できる場所だと思ってくれたなら、俺も嬉しい。


 パルテと入れ替わりに、フィロエが御者台に顔をのぞかせた。

 物欲しそうにこちらを見るので、俺は御者台の隣を手で叩いた。


「隣、おいで」

「はい」


 ぽすん、と隣に座る。

 両手に花ですねえ、と暢気に微笑むルマに対し、フィロエはあいまいな表情だった。


 メンバーの中で一番心配なのが、このフィロエだ。

 リギンと別れ、エラ・アモを発ってからずっと様子がおかしい。

 俺はこの7日間、できるだけふたりきりで話を聞く機会を設けた。

 すぐには言葉にできない、彼女だけの悩みがあるのだろう。話して即解決できるとは限らないが、気持ちは楽になるはずだ。

 俺はそう考えて、フィロエがなにかを語ってくれるのを待った。直感だが、ここはひたすら待ちだと思ったのだ。


 相談の場は何度も設けたが、フィロエはそのたびに曖昧あいまいな笑顔で「私、立派な騎士になりますから」と繰り返すだけだった。


 孤児院の院長としては、もちろん応援したい。彼女の自立を助けたい。

 だが俺には、フィロエがムリに自分に言い聞かせているように見えていた。


 結局、彼女の気持ちを引き出すことはできず、院長としての力のなさを噛みしめながらここまで来てしまったのである。


 ――ウィガールースの街に入る。

 あと1時間ほどで日没を迎える時間帯。

 街はゆったりとした空気に包まれていた。


 緑の匂いや荒野の風も新鮮だったけど、やはり「帰ってきた」と思えるここの雰囲気は特別なものがある。


 人の流れに沿ってゆっくりとレーデリアを進めていると、1匹の猫が御者台に飛び乗ってきた。


『やあイスト。おかえり』

「ホウマ!?」


 ふわもこの猫精霊が、俺を見上げて尻尾を揺らす。


「わざわざ出迎えに来てくれたのかい?」

『んー、まあ偶然なんだけど。ちょっとここのところ落ち着かなくてさあ。気晴らしに見回りしてたら、君たちの姿を見つけたってわけ』

「偶然かあ」


 まあ、ホウマらしい。


『グリフォーのとこ行くんでしょ? ついてっていい?』


 ホウマが俺の膝の上に乗ってきた。リラックスしきった様子でくるりと丸くなる。すかさずルマが「かわいいです」と言ってなでてきた。


 そのままグリフォー邸へ向かう。

 屋敷の門を見るなり肩の力がホッと抜ける。もうすっかりここが我が家も同然になったのだなあと思う。申し訳ないグリフォーさん。

 敷地内でメイドさんの出迎えを受けた。レーデリアから皆を降ろす間、館の住人にしらせに走ってくれる。


 連れだって玄関に立つと、ちょうど中からミテラが出てくるところだった。

 俺は笑顔で言った。


「ただいま」

「おかえりなさ――」


 ミテラも笑顔で応えようとして、固まる。

 視線は俺の隣に注がれていた。


 あ。

 しまった、すっかり慣れっこで忘れていたけど、俺の腕にルマがくっ付いたままだった。


 ミテラは笑顔を崩さず――というか一切表情を変えることなく言った。


「かわいい猫ちゃんね、ふたりとも。どこで拾ったの?」

「ミテラ……」

「冗談よ。本当にたぶらかしたわけじゃないんでしょ?」


 ん? どうなのコラ――と凄まれた気がした。


 引きつった俺の顔を見たルマが、パルテとともに俺の前に並ぶ。ふたり息を揃えて、優雅に会釈した。


「私はルマです」

「あたしはパルテ」

『このたび【エルピーダ】に加わることになりました。どうぞよろしくお願いします』

「ずいぶんとしとやかなお嬢さんたちね。はじめまして。ミテラ・ロールです。【エルピーダ】の補佐役兼教師をさせてもらっています。こちらこそよろしくね」


 じょさいなく挨拶を返すミテラ。さすがである。


「あっ、せんせーだ!」

「イストせんせーい!」

「おかえりなさーい!」


 子どもたちがワッと押しかけてくる。

 よかった皆元気そうだ。


 皆から一歩離れた場所で笑っていたグロッザが、ふと怪訝そうな顔をした。


「イスト先生。そういえば、リギンはどこですか?」

 

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