78.告白


 事件から数日が経過した。


 しばらく後処理にほんそうしていたギルド連合会エラ・アモ支部から、俺たちに招待状が届いた。

 今回の事件を無事に乗り越えたことを祝い、盛大な宴をもよおすのだという。


 会場である支部の広場に皆で出向くと、すでにたくさんの人々でごった返していた。

 どうやら探索者レンジャー試験の他の受験者も呼ばれたようだ。


「お! 英雄サマのご到着だ!」

「きゃーっ、かっこいいーっ!」


 右から左から、歓声のうねりにさらされた。

 係員に守られて指定された場所までなんとか移動する。


 ……って、舞台のすぐ下ってどういうことですか?


『皆様、お待たせしました。これより記念式典を開催いたします。まず、の非常事態の解決に際し多大な功績があった方々をご紹介します。冒険者ギルド【エルピーダ】の皆さんです!』


 わあああああっ――!


 うながされるまま壇上に上がると、先ほどとは比べものにならないほどの大歓声に包まれた。至る所で拍手が沸き起こる。


 俺は壇上から、集まった人々の顔を見渡した。

 思い出す。

 ドクロのモンスターを撃破し、ギルド連合会支部の広場に降り立ったときのこと。

 皆、レアモンスターの襲撃を受けたためにボロボロであったが、生きて再会できたことを心から喜んでいた。


 改めて思う。

 ああ、この光景こそシグードさんが夢に見たものだったのだ。

 彼の予言を実現することができて、本当によかった。


『えー、ここで事務局から皆様に発表があります。今日まで延期していた探索者レンジャー試験の合格発表ですが、今、この場をもってお伝えします』


 場がざわめく。なにもこんなときにと俺も思った。落ちた人間はどういう顔をすればいいのか……。


『そもそも本試験の目的は生存技術の高さをはかること。そしてここにいる皆様は、予期せぬモンスターの襲撃という困難に遭遇しながらも無事に生き残り、帰還を果たしました。よって特例として、本試験を受験した皆様全員を合格とし、探索者レンジャー資格を交付するものとします』


 再び歓声が上がった。

 ギルド連合会もいきなことをする。


 ――それから俺たちは、連合会側が特別にしつらえた食事スペースに案内された。

 テーブルの上には、シェフが腕によりをかけて作ったであろう料理の数々がところせましと並べられていた。

 この場にグロッザがいたら喜んでただろうなあ――エルピーダの子どもたちを思いながら、料理にしたつづみを打つ。


 ふと、功労者のひとりに元気がないことに気がついた。


「フィロエ、どうした。大丈夫か?」

「え? いえ、すみません。なんでもないです。なんでも」

「そうか。そういえば、ドクロにトドメを刺したとき黒い煙に包まれていたよな。あれも大丈夫だったのか?」

「それに関しては、あたしが保証する」


 そう言ったのはパルテだった。


「このあたしの【神位白魔法】で、すでに全身くまなくチェック済み。体調に問題はないし、怪我もまったくなしゅいよ」

「あ、噛んだ噛んだ」

「う、うるっさいわねティララ! からかうんじゃにゃいわよ……ってああもういつもいつも!」


 笑いが起こる。

 少しわかってきた。彼女はリラックスしているときほど噛む。


「そういえば意外だったな。パルテが白魔法で、ルマが黒魔法。雰囲気からすると逆っぽいけど」

「ちょっとどういう意味よ!?」


 和やかな空気が流れる。


 しとやかな仕草で食事を口に運んでいたルマが、ふと言った。


「でも、今回の試験そのものはリギン様のご活躍も大きかったですよね」

「まあ、そうね」


 驚いたことにパルテも認めた。


「もしモンスター騒ぎが起こらなかったら、あたしたちが合格できたかはリギン次第だったかもね」

「だそうだ。よかったなリギン」


 俺が言うと、なぜかリギンはティララと顔を見合わせた。

 彼はおもむろに席を立つと、ルマとパルテのそばまで移動する。

 そして――。


「ルマさん。パルテさん。ふたりとも好きです! 俺と付き合ってください!」


 ひざまずき、両手を差し出して、リギンは大声で告白したのだ。


 いやちょっと待て。

 その両手はなんだ。もしかしてふたりいっぺんに付き合うつもりだったのか!?


 目を白黒させたパルテが「なにをバカなことを――」と言いかけるが、リギンの真剣な表情に口を閉ざした。

 双子姉妹は互いに視線を交わす。

 それからふたり揃って居住まいを正す。


「ごめんなさい。あなたとはお付き合いできません」


 はっきりと、ふたり声を揃えて、ルマとパルテは告白を断った。

 リギンはうつむき、動かない。


 呆気にとられている場合じゃないな。


「あー、リギン。気を落とすな。お前は頑張ったし、ちゃんと成長してるよ」

「そうよ。あの落ち着きがなかったころと比べたらうんでいの差がある。きっとこの先、いいことがある」


 俺とアルモアが精一杯フォローする。

 するとリギンはゆっくりと立ち上がった。

 思いっきり背伸びをする。


「あーっ、すっきりした!」

「え?」


 ぽかんとする俺たちの前で、リギンは双子姉妹に笑いかけた。


「ありがとな、ちゃんと応えてくれて。やっぱふたりとも性格最高だわ。あ、もちろんこれ以上ないほど美人だよ、ふたりともさ!」

「はあ……」

「えぇ……」


 さすがの双子姉妹もなんと言っていいのかわからない様子だった。

 口を半開きにしたままの俺に向き直ると、リギンは微笑んだ。それは、俺が初めて見るような大人びた笑みだった。


「先生。俺、エルピーダを出るよ」


 ……は?

 え、ちょっと待って。

 いま、なんて言った?

 突然のことで頭の整理ができない俺。


 そこにさらなる情報がやってくる。

 俺たちの特別スペースに、おずおずとやってくる3人の人影。

 試験でさんざん競い合った、あの少女パーティだ。

 彼女たちがリギンの後ろに並ぶ。


「俺さ、こいつらと一緒に旅をすることにしたんだ」


 俺たちと目が合うと、彼女らは素直な様子で会釈した。

 リギンが語る。


「話してみるとやっぱイイ奴らだし。ワクワクするんだ。だから俺、こいつらと一緒に世界を見てみたい」


 少女たちはリギンの言葉にはにかんでいた。

 あれ? リギンを見る視線がどことなく熱っぽいような……?


「あらあらあら」


 ルマが口に手を当て、感心したようにつぶやく。

 盛大なため息が聞こえた。アルモアだ。


「あなたって子は……いつもいつも勝手なことして」

「ははは……ダメかな?」


 アルモアはふいと横を向いた。


「……あなたが本気で決めたことでしょう。それくらい、顔を見ればわかる。反対なんて、しない」

「ありがとな、


 その一言に銀髪少女はやられたようだ。目元を抑え、肩を震わせる。

 次いでリギンは口の悪い妹分を見た。


「ティララもあんがと」

「ふん」

「実はさ、告白のこともエルピーダを出ることも、ティララにだけは相談してたんだ。そしたらこいつ、なんだかんだ言いながら応援してくれてよ。やっぱ、持つべきものは頼れる妹だぜ」

「こっちはハタ迷惑なバカ兄貴がいなくなってせいせいするわ。ちゃんと名を上げるまで帰ってくるんじゃないわよ」


 一気に言い終え、ティララは背を向けた。ときどき、上を向いていた。


「フィロエ」


 リギンは同い年の少女にも声をかける。

 だがフィロエはショックが大きかったのか、石のように固まってまったく反応がなかった。

「仕方ねえな」とリギンは言い、最後に俺の前まで来た。


「先生。今までありがとう。俺、先生が言ってたとおり、自立して生きるよ」


 そして大きく息を吸い、バッと頭を下げる。


「ありがとうございました!」


 ああ……。

 その言葉が聞ける俺は、なんて幸せ者なんだろう。

 胸が熱くなる。鼓動が速くなる。溢れる涙を我慢せず、俺はリギンを抱きしめた。何度も背中を叩いた。


「頑張れ。身体には気をつけろよ」

「うん。先生も、元気でな」


 こうして――。

 宴はそのままリギンの独り立ちを祝う会となった。



◆◇◆



 翌日。

 探索者レンジャー資格証を得た俺たちは、エラ・アモを発った。

 入口の関所で、リギンと少女パーティの見送りを受ける。


「じゃーなー、せんせー! みんなー!」


 エルピーダの面々は何度も手を振った。リギンも姿が見えなくなるまで何度も手を振り返していた。


 御者台に座った俺は、よく晴れた空を見上げた。

 しんみりした気持ちもあり。

 清々しさもあり。

 まさか、こんなに早く子どもの自立を見届ける日がくるなんてなあ。

 ウィガールースに戻ったら、皆になんて説明しようか。

 鉄馬車に揺られながら考える。


「……ん?」


 御者台で隣に座るフィロエを見る。

 彼女はうつむきがちで、心ここにあらずだった。

 昨日からずっとこんな調子だ。


「寂しくなるな。にぎやかなのがいなくなると」

「……」

「けど、これも仕方のないことだ。いずれ他の子たちも巣立っていくだろう。俺はその手伝いができればいいなと思うよ」


 励ますつもりだった。今は受け止められなくても、時間が経てばきっと前向きになれるはず。


 フィロエの反応は――想像以上に激しかった。


「私も……いつか、いつかイストさんのもとを離れなきゃいけないんですか?」


 そうたずねたフィロエの表情は、これまで見たことがないほどせっまったものだった。


「フィロエ?」


 ハッと我に返ったフィロエは視線を外した。髪先をいじりながら、努めて明るく言う。


「いえ、なんでもないです。忘れてください。さーて、ティララの様子でも見てこようかな。あの子、ずっとリギンと一緒だったから」


 そう言うと、彼女はそそくさと荷台の中へ入っていった。


 しばらく車輪が荒れ地を踏む音だけが響く。

 レーデリアがおずおずと話しかけてきた。


『マスター……』

「なんだい?」

『フィロエは、様子がおかしいですね』


 俺は答えられなかった。


 空を見上げる。

 さっきは清々しいと思った晴天が、どこかくすんで見えた。


「何事もなければいいが」



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