77.決着


 ルマにもギフテッド・スキルがある。

 謎のモンスターの呪縛には負けないという強い思いが、スキル解放のきっかけになったのだと俺は思った。


 ならば、俺ができることはひとつ。


【障壁】から手を出し、ルマの耳にそっと手を添える。

 パルテに対してそうしたように、慎重に、力を込めて励ますように、スキルの名を口にした。


「ギフテッド・スキル【覚醒鑑定】」


 かちり。

 輝きがルマの【運命の雫】に吸い込まれていく。

 彼女が持つギフテッド・スキルもまた、素晴らしく突き抜けていた。



【縮地】 対象との距離を一瞬で詰めることができる。移動完了まで妨害されない。

【全方位超覚】 任意のタイミングで死角をなくす。発動中は五感が超強化される。

【極位黒魔法】 最上位の黒魔法が使用可能になる。



《【覚醒鑑定】完了。スキルは解放されました。

 同時に【縮地】【全方位超覚】【極位黒魔法】を『サンプル』によりコピーしました。

 それぞれあと2回使用可能です》



「戻ってこい、ルマ……!」

「う……っ」


 ルマの表情が変わる。

 直後、彼女を覆っていた黒いオーラが取り払われ、消えていく。

 ふらり、と倒れ込んできたルマを俺は抱き止めた。【障壁】の中に招き入れる。


「ルマ。俺の声が聞こえるか」

「イスト……様。はい、しっかりと聞こえます。あなた様の優しい声が……!」


 ルマの目尻に涙が浮かぶ。

 いつもの柔らかい微笑みが彼女に戻ってきた。

 俺は長い息を吐いた。


「よくやった。つらかったな」

「ありがとう、ございます……! イスト様……!」


 震える声とともにルマが強く抱きついてくる。

 俺はあやすように彼女の背中を叩きながら、ヒビの入ったままの【運命の雫】を見た。


 謎のモンスターの支配は、【覚醒鑑定】が完了すると同時に解除された。

 もしかして奴の力は、人間の【運命の雫】に直接干渉するものではないか。

 だとしたら、【覚醒鑑定】がルマのギフテッド・スキルとともに、モンスターの干渉からも解放したと考えることができる。


 俺はドクロのモンスターを見た。

 もうお前の好きにはさせない。


「姉様! 姉様!」

「ああパルテ! ごめんなさい!」


 抱き合う双子姉妹。

 俺は緩みかけた頬をすぐに引き締めた。


 ルマは解放した。

 だが、偽物である『黒いルマ』はまだ消えていない。

 隙あらば俺たちに取りつこうといまもなお動いている。


 ルマとパルテから借り受けたギフテッド・スキルを思い返す。

 ミニーゲルでは、甲冑冒険者をアルモアの精霊魔法によって『浄化』した。

 おそらく、聖なる光に奴らは弱いのだ。

 なら。


「パルテ、お前の力を借りるよ」


 双子姉妹の視線が俺に向く。

 俺は右手をまっすぐドクロの方へ向けた。


「『サンプル』発動。ギフテッド・スキル【神位白魔法】」


 白魔法は聖なる癒しの力がメイン。

 ギルド職員時代に見聞きした知識をもとに、『浄化』の魔法のイメージを固めていく。

 右手に純白の光が集まりだした。


 まだいける。まだいける。


 ギフテッド・スキル【神位白魔法】によって最上位まで引き上げられた『浄化』の力。それは魔法と呼ぶほど洗練されてはいなかったが、威力だけは絶対の確信が持てた。


「お前が生み出した悪意の塊を、これですべて浄化してやる!」


 引き絞った弓を放つように。

 極限まで高まった浄化の力を解放する。

 まるで太陽が落ちてきたようなまばゆい光が試験会場を包み込む。

 まったく目は痛まない。それどころか、全身から活力が湧いてくる気さえする。


 光の爆発は10秒ほど続いた。

『浄化』が完了し、景色に色が戻ってくる。

 偽物の『黒いルマ』は残らず消滅していた。

 それだけでなく、各地に湧いていた不格好なレアモンスターもすべて姿を消した。


 天からのメッセージが降りてくる。



《レベルアップしました。30→31

 レベルアップしました。31→32 ……》



 空中の敵をほぼ一掃したことで、俺のレベルは一気に40まで上昇した。

 だが、今はどうでもいい。


 上空に残ったのは俺たちと、ドクロのモンスター。

 奴はまだ生きている。


「イストさーん!」


 そのとき、後ろから頼もしい声が聞こえてきた。

 大きく変身したアヴリルの背に乗り、フィロエとアルモアが駆け付けてくれたのだ。


 役者は揃った。

 さあ、仕上げといこう。



◆◇◆


 

「イストさーん!」


 私が大声で呼びかけると、イストさんは振り返って応えてくれた。

 それだけで気分がこうようする。


 やっぱりイストさんはすごい!


 私とアルモアさんは、イストさんが空中に浮かびながら魔法でモンスターたちを一掃するのをこの目で見ていた。

 あれはまさに奇跡のような光景。

 イストさんだからこそできたことだと、私は信じて疑わない。

 そんな人の近くで役に立てることを誇りに思う。


 アルモアさんの精霊魔法で大きくなったアヴリルちゃんが、イストさんたちのところまでたどり着く。


「来てくれてありがとう。ふたりがいれば心強い」


 イストさんにそう言われてドキドキした。


「ルマ、パルテ。心強い助けが来たぞ」

「ああ……よかった……」


 ルマさんとパルテさんが、私たちの姿を見て脱力したようにイストさんに寄りかかる。

 それは心を許した相手に身をゆだねるようで。

 ルマさんだけじゃなく、あれだけイストさんにキツイ態度を取っていたパルテさんも……。


 そのとき、私は別の意味でドキリとした。

 すぐに自分に言い聞かせる。


 ――イストさんはあんなに素敵な人なんだもの。好きになる女の人が10人20人増えたっておかしくないよ。


 それは私の中の真理。

 だけど。

 どうして、こんなにも冷たい汗をかいてしまうのだろう。


 きっと。

 そうだ、きっと。

 イストさんと最初からずっと一緒にいるのは、ルマさんでも、パルテさんでも、アルモアさんでもなく――私なのだと思ってしまっているからだ。


 言えない。

 だけど私の中で、それもまた絶対の真理だった。

 誰にも覆すことのできない、永遠に続く真理――。


「フィロエ! なにをぼうっとしてるの!」


 アルモアさんにしっされ、ハッと我に返る。

 イストさんが真剣な表情で言った。


「最後だ。あのドクロを倒す。皆、力を貸してくれ」


 私がこの世で最も信頼する人の指示は、全員での一斉攻撃。

 ルマさん、パルテさん、アルモアさん、そしてイストさんが魔法攻撃を行い、最後に私が【閃突】でトドメを刺す。


「フィロエも、頼んだぞ」

「はい! 任せてください!」


 あなたのためなら喜んで!


 全身の血がたぎるのを抑えながら、私はアヴリルちゃんの背中で待機する。

 空中で動くことができないドクロのモンスターに、皆のギフテッド・スキルが叩き込まれる。


 アルモアさんの精霊魔法――。

 ルマさんの極位黒魔法――。

 パルテさんの神位白魔法――。


 試験会場の空を染め上げた凄まじい魔法の嵐に、私はまた冷たい汗をかいた。

 手に握るエネステアの槍が、急に細く、弱く、頼りないものに感じた。


 ダメ。しっかりしなさいフィロエ!

 決めたでしょう。私は、イストさんを守る騎士になるって。


「くそっ。まだ倒れないのか!? フィロエ、あとは頼む!」

「はいっ!」


 そうだ。

 私はイストさんを守る騎士。一生かけて守ると決めた。

 他にどんなすごい人たちが集まったとしても、その気持ちを失っちゃダメ。


 私は――強くならなきゃ。


「はあああああっ!」


 アヴリルちゃんに乗って突撃。至近距離でこんしんの【閃突】を放つ。

 ――手応え、あり!

 私のスキルを受けたドクロのモンスターが、バラバラに崩れていく。


 やったと思ったそのとき、ドクロと目が合った気がしてぞくりと悪寒が走った。


 次の瞬間、ドクロから黒い蒸気が噴き出して私を襲った。

 吸い込まないようにとっさに口を覆う。アヴリルちゃんも素早く反応し、黒の蒸気から離脱した。


 大きく息を吐く。

 さいわい、身体のどこにもおかしなところはない。助かった。


 ドクロのモンスターを見る。

 最後の悪あがきを終えたモンスターは、蒸気とともにさんして、やがて完全に消滅した。



《レベルアップしました。15→16

 レベルアップしました。16→17 ……》



 天からのメッセージで、レベルがどんどん上がっていくのがわかった。

 最終的に、35に到達する。


「アルモアさんを、抜いた……」


 口元が緩む。

 誰にも見られないように。誰にも気付かれないように。

 このときだけは、うぬれる自分を許した。


 私はイストさんに相応しいほど強くなったのだ。

 もう誰にも負けない。

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