76.彼女をとらえた力


「イスト、なにを……」

「よく見ているんだ、パルテ」


 俺は地面に手の平を向ける。


「今から、君が手に入れた力を見せる」


 集中。

 これまでは音と気配でぼんやりとしか把握できなかった敵の位置。それが、このスキルを意識した途端、まるで暗闇の中で輝くたいまつのようにはっきりと認識できた。


「『サンプル』発動」


 謎のモンスターを手でつかみ取るイメージで。


「ギフテッド・スキル【重力反抗】!」


 ――いっきに、引き上げる!

 地響きがした。

 数メートル先の地面がどんどん隆起し、ついには黒く大きなドクロが地中から現れた。

 細長くていびつな顔の形だ。あれで地面に潜りやすくしたのだろう。

 奴はガチガチと歯を鳴らして抵抗している。顔を揺らし、隙あらば再び地中に潜り込もうと機会をうかがっている。


 ならば。


「はあッ!」


 俺はさらに力を込め、謎のモンスターを上空にまで引き上げた。

 空中では奴は身動きが取れない。

 下手にロープなどで拘束するよりも効果的だった。


【重力反抗】の効果があったのは奴だけではなかった。

 俺たちを取り囲んでいた出来損ないのレアモンスターたちが、ドクロに合わせるように次々と空中に浮かび上がったのだ。


 俺はレアモンスターまでスキルの対象にはしていない。

 つまり、ドクロへの効果が周囲のレアモンスターにも波及しているということだ。

 おそらくドクロが本体で、奴を打ち倒せば周囲のモンスターたちも一掃できる。


 そのためにはまず、ルマを奴の中から救い出す。


「あ、ああ……」

「なにをぼんやりしてるんだパルテ」


 圧倒されて尻餅を付いてしまった彼女をしかる。


「次はお前の番だぞ」

「あ、あたし……の?」

「さっき言っただろう。俺が見本を見せると。お前なら、俺よりももっとうまく使いこなせるはずだ。それとも、パルテはルマを助けたくないのか」


 その一言の効果は劇的だった。

 ほうけていたパルテの瞳に活力が蘇る。彼女は隣に並び立つと、俺の顔を見上げた。

 自分のすべきことを理解した目だと俺は思った。確信を込めて、言う。


「奴の中からルマを助け出す。いくぞ奴の元へ」

「うん。ギフテッド・スキル【重力反抗】!」


 不可視の力が、俺たちの身体を優しく包み込む。

 ふわりと足先が土の地面から浮き上がり、音もなくどんどんと上昇した。

 謎のモンスターと同じ高さに到達すると、ぴたりと静止した。


「すごい……あたしにこんな力が」

「お前の持っている力はまだまだこんなものじゃないと思うがな」


 ちらりと周囲を見回す。

 クレーターのふちと同じくらいの高度だ。ギルド連合会支部で待機している連中からよく見えればそれでいい。


 試験会場のあちこちから、同じように不格好なレアモンスターが浮き上がってきた。こいつらもドクロが創り出したのだろう。


「パルテ」


 ショートカットの少女がこちらを見る。


「俺を、あのドクロモンスターの口まで飛ばしてくれ。奴の体内に入り、直接ルマを助け出してくる。大丈夫。俺は一度、同じようなモンスターから脱出したことがある」

「……」


 返事はすぐに返ってこなかった。


「イスト。あの……」

「うん」

「姉様のこと、あんたに……託――」


 ――視界の端で、動き。

 ハッとして振り返った俺たちの元へ、謎のモンスターから吐き出された黒い塊が飛んでくる。

 放物線を描きながら飛来してきたのは――。


「……ッ! 姉様ッ!」


 全身に黒いオーラをまとったルマだった。

 すぐにパルテが【重力反抗】で浮き上がらせる。

 ゆっくりと近づいてくるルマ。俺は彼女の表情を見た。


 まるで人形のように生気がなく、空虚な瞳。

 強烈な違和感を覚えた。


「姉様! 姉様ぁッ!」

「パルテ待て! !」


 涙を流すパルテをあざわらうかのように、謎のモンスターは


 2人、3人――どんどん増える。

 10人近くの『黒いルマ』が俺たちの周囲を取り囲んだ。


「うそ……うそっ!?」


 黒いルマ全員を【重力反抗】で浮かび上がらせながら、パルテは激しく混乱していた。

 緩慢かんまんな動きで、『黒いルマ』たちが手を伸ばしてくる。


「『サンプル』発動! ギフテッド・スキル【障壁】!」


 俺は半透明の壁で全周を囲い、『黒いルマ』との接触を防いだ。

 パルテが俺にしがみついてくる。


「ねえイスト!? これなに!? なにがどうなってるの!?」

「……れつな真似を」


 奥歯を噛みしめる。


「あのドクロのモンスター、自分が動けないからルマをぶつけて俺たちを攻撃させるつもりだ」


 おそらく、体内でルマのコピーを作ったのだろう。

 パルテが震えた。


「姉様が、偽物? けど、けどっ! この中にもし本物の姉様がいたら……! わからない、わからないよぉ!」


 目を見開きながら、妹は頭を抱える。


「あたし、妹なのに……世界で一番大事な姉様なのに……わからない! 誰が本物の姉様なの!? 誰が偽物なの!? あたし……こんなの嫌だっ。姉様のことがわからないあたしなんて、死んでしまえばいいのに!」

「パルテ……!」


 抱きかかえる。

 身を裂く痛みが伝わってくるようだった。

 このままではパルテの心が壊れる。


 俺は『黒いルマ』たちの顔をひとりひとり見回した。

 髪色、はだつや、顔の作り、表情……すべて同じだ。

 パルテの混乱を責めることはできない。


 ただ――。

 ひとりだけ。

 他の『ルマ』とは別の違和感を覚えた子がいた。


 直感にすぎない。

 だが、この感覚は数日前に抱いたものととてもよく似ていた。

 光差し込む裏路地で初めてルマと出会ったときの、あの感覚――。


 直後、俺は重大な差異に気付いた。


「【運命の雫】のヒビ……!」


 少女の耳に下がる結晶の、ほんのかすかな違い。

 俺は叫んだ。


「ルマ! 大丈夫か、ルマ!」

「……スト……ま」


 返事があった!

 俺は【障壁】の内側から『本物のルマ』に手を伸ばした。

 ルマは身じろぎしようとしていた。だが指先すらうまく動かせないでいた。表情も変わらない。

 だが。

 動けなくても、声が満足に出せなくても。

 俺は、本物のルマが涙を流しながら俺たちのことを呼んでいるのだとわかった。俺の隣で声を枯らす妹のように。


 双子はこの街で辛い思いをしてきた。

 なのにまだ、彼女らは苦しまないといけないのか。

 頭がカッと熱くなった。

 そんなこと、俺は絶対に許さない!


「俺が必ず、お前を助ける! だから頑張れ! あらがえ!」

「……は……い……」


 蚊の泣くような、精一杯の声がした。

 次の瞬間。



《発見しました。

 ルマに【覚醒鑑定】を使用することができます。

 ギフテッド・スキル【しゅく】【ぜんほうちょうかく】および【きょく黒魔法】が解放可能です。

 対象の【運命の雫】に【覚醒鑑定】を実行してください》


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