75.その想いが才能を開花させる


「ルマ! パルテ! どこだ!」


 嫌な予感を抱えながら、森の中を走る。


「ルマ! パルテ!」


 大声で呼びかけ続けた。視覚と聴覚に意識を集中するが、彼女らの姿はとらえられない。


 そのとき、重く大きな音が響いた。足裏から震動まで伝わってくる。

 前方からわずかにすなぼこりが上がるのが見えた。

 まさか。

 俺はふたりの名前を呼び続けながら、砂埃が立った方へ走った。


 そしてついに、声をとらえる。


「姉様! 姉様!」


 パルテだ。切羽詰まっている。急げ。

 倒木を飛び越え、ようやく声の元までたどり着く。


「なんだこれは……!」


 森の中に突如として巨大なくぼが現れたのだ。直径20メートルはある。深さは2メートルほど。

 掘り返された直後のように地面の色が濃くなっている。

 まだ窪地ができて間がないのか、わずかに砂煙が視界をちらつく。


 窪地の底にパルテがいた。

 彼女は姉の名を叫びながら、半狂乱になって地面を掘り返している。道具をなにも使っていない。全身、砂にまみれている。

 明らかにじんじょうではなかった。


 窪地の底に飛び降りる。


「パルテ!」

「イスト……」


 隣まで駆け寄って声をかけ、ようやく彼女は手を止めた。指先が痛々しい状態になっている。


「なにがあった」

「姉様が……姉様がモンスターに連れ去られて、この下に!」

「なんだって!?」


 辺りを見回す。地面の下に降りられるような入口はどこにもない。荒れた土の表面があるだけだ。


「ルマを地中に連れ去ったのはもしかして、さっき襲いかかってきたモンスターか」

「同じような見た目だったから、たぶん……」


 俺はみした。

 もう1体残っていたか……!


「気配がなくて素早すぎて……飛び上がったかと思ったらものすごい勢いで地面に突っ込んで……ここまで追いかけるので精一杯だった。あたしが、あたしがもっと気をつけていれば……!」

「もういいパルテ。それ以上自分を責めるな」


 彼女を抱きしめる。震えていた。

 当然だ。パルテにとってルマは、半身でもあり心の支えなのだ。

 それを目の前で奪われた苦痛はどれほどのものか。


 俺が付いていながら……!

 ――いや、今は後悔すべきときじゃない。

 この状況をどうするか考えるんだ。


 俺は道具袋から救援用の狼煙を取り出し、火を付けた。粘り気のある煙が勢いよく立ち上っていく。

 喉をうるおして落ち着くようパルテに言って水筒を渡してから、俺は地面に耳を当てた。

 ……かすかに震動を感じる。背筋が泡立つような気配も伝わってくる。

 そう深くないところで、奴は息をひそめている。


 どうする。

【精霊操者】は、もうストックを使ってしまった。【閃突】であれば届くか。いや、ルマが捕まっているのなら下手なことはできない。


 どうする。


「イスト!」


 パルテのおびえた声に顔を上げる。

 を見たとき、俺は舌打ちをしてしまった。


「こんなときに……!」


 窪地の周囲360度。

 さまざまな種類のレアモンスターが地面からい出てきたのだ。


 しかし、様子がおかしい。

 どいつもこいつも、まるでできそこないの粘土細工のように不格好な姿なのだ。

 かろうじて、モンスターの種類が判別できる程度。


 嫌なことを思い出す。

 ミニーゲルでの甲冑冒険者たち。彼らのでたらめな姿が、目の前のモンスターたちと重なる。


 どうする。

 撤退か。

 助けを信じてここで踏みとどまるか。


「パルテ」


 胸の中の少女にささやく。


「俺が活路を開く。その間に君だけでも逃げろ」

「……嫌」


 小さく、しかしはっきりとパルテは拒否した。

 ぐっと腕を伸ばして、俺の胸元から離れる。


「ぜったいに、嫌。姉様を置いて逃げるなんてできない。あたしはぜったいに、姉様を引っ張り上げてみせる!」


 涙を流しながら、パルテの瞳に炎が宿る。

 そのときだった。



《発見しました。

 パルテに【覚醒鑑定】を使用することができます。

 ギフテッド・スキル【完全調合】【重力反抗】および【神位しんい白魔法】が解放可能です。

 対象の【運命の雫】に【覚醒鑑定】を実行してください》



 起死回生となる、天からのメッセージ。

 絶望にあらがい、強い意志を示したパルテが今、大いなる力に目覚めようとしているのだ。


 俺は思い出した。レーデリアがパルテのことを『落ち着く』『おいしそう』と言っていたことを。

 あれはパルテがギフテッド・スキルを秘めている証だったのだ。


 いける。

 俺はパルテの瞳をしっかりと見つめ、力を込めて言った。


「大丈夫だパルテ。君の力があればできる。俺がその手助けをする」

「え……?」

「じっとしているんだ」


 パルテの耳に手を伸ばす。

 ヒビの入った【運命の雫】にそっと触れる。


 大丈夫だ。天のメッセージを信じろ。

 きっと彼女の力は俺の不安なんて吹き飛ばしてくれる。

 いつもよりずっと慎重に、俺はその単語を口にした。


「ギフテッド・スキル【覚醒鑑定】」


 かちり、となにかがはまる音。フィロエ、アルモアのときと同じ感覚。

 果たして――。



【完全調合】あらゆる薬品を最高品質で調合できる。

【重力反抗】一定範囲内の任意対象について、重量を無視して持ち上げることができる。

しん白魔法】最上位の白魔法を行使可能になる。


 

《【覚醒鑑定】完了。スキルは解放されました。

 同時に【完全調合】【重力反抗】【神位白魔法】を『サンプル』によりコピーしました。

 それぞれあと2回使用可能です》



「イスト……? いま、なにをしたの?」

「パルテの秘められた才能を開花させたんだ」

「秘められた、才能?」

「ああ」


 それも、ギフテッド・スキルにふさわしいとんでもない能力を、な。


 俺は地面をにらんだ。この下でじっとこちらをうかがっているであろう、俺たちの敵に向けて、はっきりと告げる。


「そんなところに隠れても無駄だということを、今から教えてやる」


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