56.《スローライフ回》ミテラとのデート


 そして翌日の朝。


「おまたせ」


 グリフォーさん宅の玄関口で待っていると、ミテラが笑顔でやってきた。軽く手を上げてこたえる。

 向かい合って、まずお互い最初にかけた言葉は「デートっぽくない格好!」であった。

 俺もミテラも、普段着とまったく変わらなかったのである。

 ふたりで笑った。


 ま、選べるだけの服を持っていないっていうのもあるが、仮に『デートっぽい服』を持っていたとしても、俺は今日と同じ格好をしただろう。

 それはきっと、ミテラも一緒だ。


「じゃ、行こうか」

「ええ。あ、やっぱりちょっと待って。その前に」


 なんだ?

 ミテラは笑顔のまま振り向き、誰もいない玄関に向かって声をかけた。


「邪魔してもいいけど、他の人たちの迷惑にならないようにするのよー!」


 当然、返事はない。俺は首を傾げた。


「邪魔って?」

「なんでもないわ。さ、行きましょ」



◆◇◆



 イストとミテラが出かけた直後――。

 階段下の物陰からのそりと出てきた人影がふたつ。


「……バレてたわね。フィロエ、もうやめない?」

「アルモアさん。いきなり弱気にならないでください」

「私、あの人にだけは勝てる気がしないんだけど」

「それは私も同感ですが、だからって引き下がるわけにはいきません。デートですよ、デート! すごく興味あるじゃないですか!」

「それは、まあ……」

「じゃあ行くしかないです! 幸い邪魔していいって言われましたし、他の皆さんの迷惑にならないように尾行しましょう!」

「……あなたが素直でいい子だと考えるべきか、ミテラ姉さんの教育力を恐れるべきか、悩ましいところね」


 イストたちを追い、フィロエとアルモアも館を出た。



◆◇◆



 今日も天気がいい。風も涼しい。

 なにか大きな祭りがあるわけでも、珍しい見せ物が開いているわけでもない、いつもどおりのウィガールース。

 俺とミテラはあいのない話をしながら、のんびりと街中を歩いていた。

 ガヤガヤと聞こえてくる日常のけんそうが耳に心地よい。

 バルバで忙しい日々を送っていたからこそ、こうして『ただ街を歩く時間』が貴重であることを身に染みて知っている。


 ただまあ、さすがにそれだけではもったいない。

 俺は時間を見計らって、ミテラを目的の場所に案内した。


「わあ……!」


 ミテラが口元に手を当てる。

 俺たちがやってきたのは、いわゆる肉体労働者が集まる飲み屋の通りだ。

 夜になれば酒を求めて大いににぎわうが、日中はまた別の顔を見せる。仕事に向かうとき、あるいは休憩中に手早く食べられるような食べ歩きの店が豊富なのだ。


 ミテラがたずらっぽくこちらを見る。


「女性をエスコートするような場所には見えないけどなあ」

「ぜんぶおごるぞ」

「やった」


 ほれみろ。エルピーダで一番食うじんなのは知ってるんだぞ。

 つーか、早くもいい匂いがただよってきて、俺も腹が減ってきた。


 ミテラと並んで出店でみせを回る。

 ここのかいわいはとにかくせいまえもいい連中ばかりだ。

 一見、上品なお嬢様のミテラだが、こういう活気に満ちた場所も楽しめるタイプである。

 時には店主の下品なイジリにも笑って返していた。

 ま、そうでなけりゃ荒くれ者の多い冒険者ギルドの看板受付嬢なんて、やってはいられないだろう。


「お! 今日は英雄の美男美女のご登場かい?」


 ――何件目かのはしご、ステーキ串を売る店でのこと。

 ゴツい身体の店主の言葉に、俺は首を傾げた。


「英雄?」

「まったまた。とぼけちゃって。噂は広まってるよ。旦那たち、ミニーゲルの街ででっかい事件を解決したんだろ?」


 大げさな身振りを交える店主。


「並の冒険者じゃ手も足も出なかった凶悪モンスターをバッタバッタと倒しまくるやさおとこ! それを支えるウィガールースいちの美人秘書!」


 美人秘書だって、とミテラが笑った。


「あんたたち、有名だぜ? お高くとまったギルド連中や冒険者サマはどうか知らないが、少なくとも、この辺りをじろにしている奴らはあんたらを買ってる。一度はせつした男が再び立ち上がったんだ。それ聞いてスカっとしない奴はいないさ」

「挫折って……そんな話まで広まっているのか」

「ちょっと前に、バルバの奴らが偉そうにふいちょうしてたのさ。『無能を追い出してやったー』ってな。ミテラの嬢ちゃんが働いているギルドだってことは、ここの奴らみんな知ってたからな。もちろん、その後どうなったかも」


 相変わらずミテラの顔は広い。そういえば、出店を何件も回ったが、ミテラのことを知らない人は誰一人としていなかった。

 ステーキ串を少しおまけしてもらい、俺たちは店を後にした。


「ふふふ」


 柔らかい肉をひと口かじり、ミテラが笑った。ステーキ串がよほどお気に召したのかと思ったが、そうではないらしい。


「イスト君の名声、着実に広まっているわね」

「正直、そんなにありがたくない」


 相手がミテラなので、包み隠さず打ち明ける。

 俺の理想は、かつて俺を育ててくれたエルピーダ孤児院の恩師だ。

 あの人は多くを望まなかった。ただ俺やミテラ、子どもたちの幸せだけを願っていた。

 俺もそうありたい。


 ――という話をすると、ミテラは肩をすくめた。


「もうじゅうぶん、先生になってるじゃない。それに、周りの人からの評価が高いのは決して無駄なことじゃないわ。ほら、シグードさんからギルド設立の許可が出たそうじゃない。よい噂は強みよ」

「……」

「イスト君?」


 立ち止まった俺に、ミテラが不思議そうな顔をする。

 俺は彼女の顔をまっすぐ見た。


「ギルドの件がどうあれ、俺は皆を守っていく。そのとき、ミテラが支えてくれると嬉しい。周りの評価関係なく」

「それは私に付いてきて欲しいって意味?」

「ああ」

「どのくらい強く?」


 静かな瞳だ。試されているような気がした。

 俺は不格好に繰り返す。


「とても強く。ミテラが必要だ」


 沈黙。ざわめきが俺たちを避けて通る。

 ミテラがくるりと背を向けた。「ふぅん、そっか。そっか」と彼女はうなずいていた。

 ちゃんと伝わったのかなと思う一方、よく考えれば台詞としてかなり際どいんじゃないかと思った。


 声をかけようと一歩踏み出したとき――。


「イ、イ、イストさぁあああんっ!」

「イスト!」


 聞き慣れた声とともに、後ろから追突される。

 いてて……フィロエ? アルモア!?


「イストさんイストさん! 今のどういうことですか!? とっても意味ありげに聞こえたんですがっ!?」

「こんな場所でプロポーズなんて最低」

「あのな」


 付いてきたのかよふたりとも……。

 俺はフィロエとアルモアを引きがす。


「ミテラはもう、エルピーダ孤児院に必要不可欠な人材だろ。それに彼女もお前たちと一緒で、俺にとって家族同然なんだ。これからも一緒にいたいってのは自然な感情だろう。なあミテラ」

「そうね。とっても嬉しいわイスト君。でも、ひとつだけ『めっ!』ね」


 ……ん?

 なんだ、急に雲行きが怪しくなってきたぞ。


 振り返ったミテラは笑っていた。でも怒っているわけではない。

 瞳が、燃えている。


「私を『やる気』にさせてくれた以上、中途半端は許さないわよ? このミテラ・ロールの名にかけて、イスト・リロスのギルド『エルピーダ』は絶対成功させる」

「えっ!? そっち?」

「私の人脈を最大限活かせるのがそっち方面だもの。これからは全力で、あなたの役に立ちに行くわよ。覚悟してねイスト君」


 ミテラがこれほどまでにやる気に満ちて燃えているのは見たことがない。なんとも頼もしい。


 いや待て。

 ミテラがギルド設立に全力を出すとなったら、もう俺が「ダメ」なんて言えないのでは?


 アルモアが袖を引いてきた。


「今日は休暇でしょ。なんで仕事やる気にさせてるの?」


 ですよね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る