42.その言葉を待ってた
その日は盛大な
まあ……感謝の気持ちと笑顔を無駄にするわけにはいかないので、気合いで乗り越えたが。
この点、フィロエたちは鳥のように軽やかに人々の輪をまわっている。底なしのスタミナだ。若いっていいね。
「あれ……?」
ふと、宴の席にアルモアの姿がないことに気付く。
近くの住人にたずねると、どうやらもう家に戻ったらしい。
人混みが苦手なんだろうな、と推測していると、住人はしみじみと言った。
「今頃、ご両親に報告しているんじゃないですかね。あの子、良いことがあるといつも墓前で手を合わせてますから」
なるほど。
それは確かにアルモアらしい。
「ただなあ」
「どうしたんです?」
「いえ。ちらっと顔をみたとき、アルモアちゃん、少し思い悩んでいた感じだったんですよ。ウチの子も『アルモアお姉ちゃんだいじょうぶ?』って聞いてたし」
今はそっとしてあげといた方がいいんでしょうね、と住民は言った。
宴で
空を見上げると、いつもは綺麗に見える星々も街の灯りに遠慮して夜の闇に隠れてしまっていた。
――翌朝。
朝霧が辺りを包む中、俺は住人から教えてもらい、アルモアの家に向かった。
場所は郊外にある小高い丘の上だ。ぽつんと小さな一軒家がある。
不思議だった。
遠目で見ても「いい雰囲気の家だな」と思ってしまうのだ。
彼女の家に近づくころには朝霧も晴れてきた。
建物からほど近いところが、見晴らしのよい高台になっている。墓は街を見下ろすように建てられていた。
墓の前に、アルモア、ロド、そして新たに契約精霊となったアヴリルがいた。
俺の姿に気づくと、アルモアはふんわりと笑う。
「おはよう」
「ああ、おはよう。もう大丈夫なのか」
「私は平気。イストこそ、昨日はすごい騒ぎだったのに、朝早いんだね」
「ギルド職員だったころの習慣だよ。朝には強いんだ」
「ついでにお酒も強そう」
ふふ、とアルモアは声をもらす。
「母さんもそうだった。すごくお酒に強い人で、付き合わされた父さんはいつもつぶれてた」
それは……なんというか気の毒に。
俺はアルモアのとなりに立つ。朝の光で、雲ひとつない空が青く色づいていく。
しばらく無言で、静かな絶景をながめた。
「ロドから聞いた」
ぽつりとアルモアは言った。
「ここに残りたいって。父さんたちの墓を護るんだって」
「ああ。俺もそう聞いたよ」
アルモアは目を見開いた。
「イストは本当に精霊と意思疎通ができるようになったのね」
「ロドと話ができてよかったと思ってるよ」
「すごいな。イストは私の先をどんどん行っている気がする」
そして沈黙が降りる。
「……迷っているのかい」
俺はたずねる。
アルモアは答えなかった。首を縦に振ることも、横に振ることもなかった。
俺は腰に手を当てる。
「ドミルドさんから、孤児院だけじゃなく冒険者ギルドも開いてはどうかと言われたよ」
「そうなの?」
「俺は孤児院の先生でありたい。子どもたちを導くのが俺の役目だと思うから」
「イストらしい」
じゃりっ、と靴底が土を
銀髪少女が俺に向き直っている。
「冒険者ギルド、やったらいいんじゃない」
「アルモア?」
「もし、イストがギルドを開くのなら……私、そこで働いてみたい」
まっすぐな――いつか見たフィロエそっくりのまっすぐな視線が俺を貫く。
俺の言葉を待っているのだと直感した。
頭をガシガシとかく。
安全な住居、
それだけでも十分だと思うし、それだけ揃えるのも大変だと知っている。
俺の理想は、皆でひっそり穏やかに過ごすことだ。
だが。
レーデリアにしろフィロエにしろ、もちろん他の子どもたちも、俺の理想では収まらない器が集まっているんだよな。
目の前の少女だってそうだ。
俺がギルドを開くなら、そこで働きたい――か。
この
「アルモア。一緒に来ないか。ギルドを開くかどうかは抜きにしても、さ」
彼女はキュッと唇を引き締めた。
俺は重ねて言った。
「一緒にいろんな人たちを見ていこう。皆と一緒に成長していこう。俺にはお前の力が必要だ」
「その言葉、待ってた」
アルモアは泣き始めた。彼女の顔にモヤモヤは見えない。今の、朝の光のように輝いている。
まったくずるいぞ。
悩みの解消に、俺を使うなんて。
ま、いいように使ってくれ。これからもな。
涙を
「父さん、母さん。私、この人と一緒になる。そしてこの人の隣で恥じない女になる」
なんだか別の意味の報告になっていないかと思ったが、黙っておいた。
ロドがアルモアに寄り添い、鼻先を彼女の手に当てた。
別れの言葉を告げる。
『アルモア。お前には無限の可能性がある。その道を示したのはイスト殿だ。彼を信じて、どこまでも進むといい』
「うん。ありがとう、ロド」
『主たちのことは私に任せよ。おい、アヴリルとやら。これからは私の役目をお前が
『きゅー』
どうやら、まだ人の言葉に慣れていないらしいアヴリルはかわいらしく鳴いた。
アルモアが満面の笑みで振り返った。
「アルモア・サヴァンス。今日このときから、あなたの元で戦います。よろしくね」
「ああ。こちらこそ、よろしく」
手を差し出す。
するとアルモアは、握手の代わりにその小さな身体を俺に預けてきた。
「どんな世界が待っているんだろう。こんなに楽しみでドキドキするのは初めて」
「頑張ろうぜ。そして、両親に恥じないほど立派になったら、またここへ報告に来よう」
「うん」
アルモアはうなずいた。
また、新しい1日がはじまろうとしていた。
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