41.ミニーゲルから最大の感謝と敬意を


 ――黄昏たそがれ時。陽の光はもう、うっすらとりょうせんをなぞるだけの時間帯。

 俺たちは無事、ミニーゲルの街にたどり着いた。


 街の入り口では大人たちが手に手にたいまつを持って待ち構えていた。

 俺がたいまつを振って帰還をしらせると、彼らは他の住人に伝えるため慌てて街に戻っていく。


 レーデリアがゆっくりと目抜き通りにさしかかった頃には、ミニーゲルの住人が総出で迎えてくれた。


「おとうさーん、おかあさーん!」

「ああ、よかった……! 無事でよかったよ!」


 レーデリアから出てきた子どもたちはそれぞれの保護者のもとに駆けていき、思いっきり泣きはらす。

 同じ光景はあちこちで見られた。


 なんだか俺まで涙が出てくるよ、ははっ。まいったな。


 隣を見ると、アルモアも目を細めていた。たいまつで照らされた横顔は、「自分は泣かない」と強く決意するようにキュッと引き締められている。

 よかったという安堵あんど

 これからの決意。

 両方を感じる表情だった。


 そこへ、ひとりの老人が御者台にやってきた。

 さめざめと涙を流しながら、両手を差し出してくる。


「ありがとう……! 本当にありがとう……!」


 一切の飾りがない純粋な感謝を聞いて、俺は胸が詰まった。

 これまでの苦労を感じさせるシワだらけの手を握る。固く、温かかった。


「ばんざーい!」


 どこからか、そんな声が上がった。

 それが合図となり、目抜き通りのいたるところから歓声が上がった。


「イストさん、ありがとう!」

「あんたたちのおかげだよ。本当にありがとう! あんたたちはすごいよ!」

「エルピーダの勇者たちに栄光あれ!」


 たいまつに照らされた顔、顔、顔。すべてが俺たちに向けられていた。

 たたえる声が絶え間なく降り注いでくる。


 俺は手が震えた。今までに感じたことがないほど心臓がバクバクする。

 アルモアも顔を真っ赤にしてうつむいている。感動で震えているようだった。


『あわわわわ……すごい声すごい声すごい声……これはマスターのモノ、これはマスターのモノ、マスターはすごい、マスターはすごい、我はゴミ箱、我はゴミ箱……』


 レーデリアはガタガタと震えながら独り言を繰り返している。


 ……レーデリアの場合、称賛の声に対してひたすらビビっているみたいだ。大丈夫、お前はゴミ箱じゃないから。


 フィロエが御者台から出てきた。そして荷台のてっぺんにのぼると、左手にたいまつを、右手にエネステアの槍を手にして掲げた。

 このパフォーマンスに歓声は最高潮になる。


 あいつ……いつの間にあんなあおり方を覚えたんだ。


 俺と目が合う。

 フィロエは興奮で頬をこうちょうさせながら、とても誇らしげに笑っていた。


「イストさん! 私たち、あなたと一緒にいられて本当に嬉しいです! 誇らしいです! こんなにもたくさんの人にたたえられて!」


 まったく。

 ありがとうよ。お前のように信じてくれる子どもたちを持てて、俺は孤児院の院長としてのみょうに尽きるぜ。


 ――その後。


 俺は住人たちにもみくちゃにされながら、なんとかドミルドさんの家に到着した。

 ドミルドさんはわざわざ玄関口に立って俺たちを迎えてくれた。隣には息子と妻の姿もある。


「イストさん。この度は本当にありがとうございました」


 親子そろって深々と頭を下げる。


「私たちミニーゲルの民はあなたに限りない感謝の意を表します。あなたは街の恩人です」

「そんな」


 反射的にけんそんすると、「イストさん」とフィロエに肘をつつかれた。

 彼らの感謝を素直に受けろということだろう。

 同じような台詞を俺はアルモアに吐いてるのに、我ながら難儀なんぎな性格だ。

 フィロエの言うとおり、ドンと構えよう。


 ドミルドさん宅の居間に通される。なぜかフィロエもついてきた。「私も関係者です!」と輝く目が語っている。俺は彼女の好きにさせた。


 居間にはギルド職員の姿もあった。彼の顔は汗だくで、ここまで相当忙しかったとうかがえたが、表情は晴れやかで充実している。


「さきほど確認が終わりました。行方不明になっていた子どもたちは全員無事です。お疲れ様でしたイスト殿」

「子どもたちを助けられてよかったです」


 職員の報告を聞き、俺は満足してうなずいた。


「それとお疲れのところ申し訳ありませんが、報告書作成のため、お話をおうかがいしてもよろしいですか」

「ええ、もちろん」


 ギルド職員として、結果をきちんと記録しておくことの重要さは理解している。

 誘拐犯とのこと、それから襲いかかってきた謎のモンスターのことを話す。そいつに冒険者が何人も犠牲になったことも報告した。

 危険性を理解したのだろう。事件解決で浮かれていたギルド職員の顔にも、さすがに緊張感が戻った。

 職員は教えてくれた。


「実は、少し前にミニーゲルに戻ってきた冒険者から話を聞いていたのです。とんでもないモンスターにいきなり襲われて壊滅したと。彼らはミニーゲルに来た当初はあれほど自信満々だったので、あまりの変わりように驚きました。同時にあなたがたのことが心配になって……ですが、無用でしたね。本当にさすがです」


 フィロエが勢い込んで口を開く。


「そうなんです。イストさんはすごい人なんです。皆さんが認めてくださって、とても嬉しいです!」


 ギルド職員の顔がゆるむ。

 しかしすぐに真面目な表情に戻った。彼は隣席のドミルドさんに目配めくばせをする。ふたりでうなずき合った。


 なんだ?


「イスト殿。ひとつ、我々から提案があるのですが」

「提案?」

「エルピーダ孤児院と併設する形で、新しく冒険者ギルドを設立してはどうでしょう。イスト殿なら、冒険者としても一流を目指せると思うのです」

「ぼ、冒険者ですか!?」


 はい、としっかりとした返事がきたが……。

 いやいや、寝耳に水だよ。

 フィロエも目を白黒させている。


「ドミルド殿とも話していたのですが、イスト殿が望むのなら、今回の偉業をギルド連合会に報告することとあわせ、ギルドおよび冒険者登録への推薦状を作成する用意があります。我々のような片田舎のギルド連合会でも、推薦状はそれなりのになります。登録はかなり楽になるかと。これは我々ミニーゲルからの恩返しだと思っていただきたい」

「冒険者!」


 フィロエが立ち上がった。

 興奮した目で俺を見る。


「すごいですよイストさん! イストさんならきっと世界一の冒険者になれます! だってイストさんですもの!」

「落ち着けって」

「いーえ、これが落ち着いていられますか!」


 はしゃぐフィロエ。あろうことか、ギルド職員やドミルドさんまで同意してきた。


「イスト殿。我々もお世辞抜きでフィロエ殿と同じことを考えています」

「ええ。あなたにはそれだけの才能がある」


 ドミルドさんが懐から1枚の紙を取り出した。

 ギルド連合会の正式な捺印なついん――正真正銘の推薦状だ。


「どうか我々の気持ち、お受け取りください」


 俺はしばらくためらい、「ありがとうございます」と一言告げて、手紙を手に取った。


 冒険者……冒険者ギルド……か。

 なんだか大変なことになってきたな。


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