40.守護精霊の決断


 顔を上げると、近くの茂みから大きなオオカミが現れた。


「ロド!」

『イスト殿か』


 おおう……これがロドの声。

 女性? 男性? どっちとも判断がつかない中性的な声音で、口調はかなり固い。


 いや、しかし。

 やっぱり【命の心】は精霊とも会話ができるようになってるじゃないか。

 単に大精霊アヴリルは話さなかっただけ?


『ふたりとも無事だったようだ』

「あ、ああ。大丈夫だ」

『む……! イスト殿、私の言葉がわかるのか』

「スキルのおかげだよ」

『むう。さすがだイスト殿』

「ありがとうロド。来てくれて助かった」


 いかんいかん。

 今はスキルの効果など気にしている場合ではない。


 ロドはアルモアの匂いをいだ。ふしゅるる、と息を吐く。あれは、安堵あんどのため息?


『気絶しているだけのようだ。濡れているが、川に落ちたのか? なぜこのような場所に?』

「俺もアルモアも、いきなり謎のモンスターに襲われて……っと、今は報告より先にアルモアだ」

『貴殿の言うとおりだ。すまぬ、少々取り乱した。急ぎ皆のところへ戻ろう。イスト殿、アルモアを背中に乗せてくれるか』

「わかった」


 アルモアの身体を抱え、ゆっくりとロドの背に乗せる。


『さあ貴殿も』

「いいのか? ありがとう」


 言葉に甘えてロドの背にまたがり、アルモアの身体を支えた。大精霊アヴリルは俺たちの頭上にぴったりと付く。

 すぐにロドは走り出した。驚くほど縦揺れの少ないスムーズな走りだった。


『大いなる感謝を、イスト殿』


 走っている最中、ふとロドが言った。


『私がついていながら、このような事態になってしまって申し訳ない』

「あなたが謝る必要はない。むしろそれは俺のセリフだよ」

『そう言ってもらえると助かる。して、何があったのか』


 俺はことのけいを説明した。


 ふたりで休んでいるといきなり背後から襲われたこと。

 襲撃者は体内に異空間を作り、そこで冒険者の死体に手を加え、甲冑をまとったあやつり人形にしていたこと。

 アルモアには秘められたギフテッド・スキルがあり、それを俺の【覚醒鑑定】が解放したことで脱出ができたこと。

 そして、『古代大魚』に救われたこと。


 簡潔に説明し終わると、守護精霊は『そうだったか』とつぶやいた。

 悔しさ、安堵――色々な感情が混ざり合ったような、深い声音だった。


『我が主がこの世を去っていくとせか』


 ロドが語り出す。


『一人娘を護る――主の遺言に従い、今日までアルモアを見守り続けてきた。だが、それももうままならぬ』

「なにを言って――」


 そこで気付く。

 ロド、かなり大きく荒い息づかいをしている。


『主を失った私は、新たに力を補給することができぬ。この数年、なんとかだましだましやってきたが、それも限界のようだ』

「ロド……」

『イスト殿。折り入って頼みがある』


 精霊の瞳がこちらを見る。


『アルモアを、我が主の一人娘のことを頼まれてはくれないか』

「なにを弱気な。あなたも一緒にくればいい」

『それはできない』


 ロドは声に力を込めた。


『私は主を護り続けなければならない。我が最期のそのときまで。それが私の存在意義。そして主の御身体はこの地にある』


 俺はなにも言えなかった。

 ともすればアルモアを冷たく突き放すように聞こえる言葉。だが俺は直感的に、アルモアの将来をおもんぱかった末の苦渋くじゅうの決断だと感じた。

 彼――あるいは彼女――の心の内が感じ取れる。これも『命の心』の効果なのかもしれない。


『私はもう長くない。ならば存在が消える瞬間まで、私は主の墓所ぼしょを護っていこうと考えている』

「そのことをアルモアには」

『恥ずかしながら、まだ言えていない。アルモアは外の世界に出たいと考えている。私もそうすべきと思っている。だが、旅に出れば私の存在は邪魔だ。彼女はどんどん強くなり、私はどんどん弱くなるだろう』


 もう一度、ロドは俺を見る。


『だから、信頼できるじんにアルモアを託すまでは、このことは誰にも話さずにいようと思っていた。そして私は出会った。あっかんどもに果敢に立ち向かってこれを打ち倒せる男、なによりアルモアの孤独を理解し寄り添うことができるイスト殿という御仁に』


 ロドはスピードを落とした。

 そして、その場で深く頭を下げる。


『どうかアルモアを頼み申す。あなたなら託せる。どうか』


 ああ。

 ミニーゲルの、アルモアの周りは本当に優しい人ばかりだ。


「わかりました」


 俺はうなずいた。そして、できるだけ明るく言った。


「我がエルピーダ孤児院は、アルモア・サヴァンスを歓迎するよ。あのの未来は我々が護る。だから安心してくれ、ロド」

『……かたじけない』


 ロドは再び走り出す。

 心なしか、その足取りは軽くなっていた。


 それから間もなく、俺たちはレーデリアが待つ河原までたどり着いた。

 距離からして、どうやら俺たちを捕らえた謎のモンスターは川の中を通って逃げようとしていたらしい。

 ただのモンスターにしては、手際がよすぎる。

 食われるまで気配がまったくなかったことといい、冒険者を改造することといい、本当に危険な相手だった。


 孤児院の子どもたちやフィロエにまとわりつかれながら、俺は生きて帰ってこられたことを天に感謝した。


 その後、エルピーダ孤児院のベッドでアルモアを休ませる。

 皆の献身的な看病の結果、彼女は間もなく目を覚ました。


「よかった。ほっとしたよ」

「……ごめんなさい、イスト。皆も」


 アルモアは手を伸ばし、ベッドのかたわらに控えていたロドの毛並みをなでた。


「ロドも、ありがとう」


 守護精霊は小さく喉を鳴らした。ミティが「あはは、てれてるよ」と言って他の子たちもほっこりと笑っていたが、俺はまったく別の感想を抱いていた。


『その時がきたか』と守護精霊はつぶやいていたからだ。


 それからの移動中。

 アルモアはロドとふたりだけで話をしていた。

 俺は子どもたちに「ふたりをそっとしておくように」と言い聞かせ、御者台に出る。


 しばらくして、のそりとアルモアが隣に座ってきた。

 彼女はずっと景色を見ていた。沈みゆく夕日。もうすぐ闇夜が訪れる。

 俺は彼女のしたいようにさせた。


「ありがとう。助けてくれて。私も、ロドも」


 小さな声でアルモアは言った。

 俺は「どういたしまして」と答える。


 アルモアの顔は見ないようにした。


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