39.勇者と言われて考えること


 俺の頭に響く声。

 水の中で喋れないことをもどかしく感じながら、俺は古代大魚の目を見て強く念じた。


(違う。俺たちはこいつにとらわれていた。自力で脱出してきたんだ)

『では悪しき者の欠片を打ち倒したのはお前たちか』

(そうだ)

『理解した。お前たちは我らの楽園を救った。助けを望むか』


 まずい。意識がもうろうとしてきた。


(……望む)

『聞き届けた』


 景色がゆらゆらと揺れ始める中、古代大魚が近づいてきて、その大きな身体で俺たちをぐるりと囲った。

 フッと苦しさが遠のく。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 咳き込んで水を吐き出してから、息ができることに気付いた。

 俺たちの周囲に、球状の結界ができている。

 内部は水の浸入をしゃだんし、空気で満たされていた。


 すぐそばに古代大魚の顔があった。


『外界の空気は毒。だが我らにはそれを克服する術がある。ゆえにこの世界で永く生きられる』


 ってのは、おそらく彼らが生きる清流のことなんだろうな。

 それにしても、古代大魚にこんな力があるなんて。

 ずぶ濡れの前髪を額に貼り付けたまま、俺は古代大魚に頭を下げた。


「ありがとう。おかげで助かった」

『礼を言うのはこちらだ。人間よ。お前たちは悪しき者の欠片を打ち倒した』


 どうやらちゃんと味方になってくれたようで、俺はあんの息を吐いた。


 そうだ。アルモアは。

 俺は彼女のようだいを確かめ、すぐに水を吐かせた。

 背中を丸め、激しく咳き込むアルモア。呼吸が落ち着くまで俺は彼女の小さな背中をなで続けた。


 よかった……なんとか間に合った。

 ただ、まだ意識は戻らない。


「すまない。このまま俺たちを岸まで連れていってくれないか?」

『心得た』


 結界を維持したまま、するりと古代大魚が動き出す。

 水面にたどり着くまでの間、俺はたずねた。


「あなたも、あのドクロのような奴に襲われたのか?」

『あの悪しき者の欠片は、我らの領域に無断で侵入した。あの者が放つ波動で、この世界の同胞たちは多くが死ぬか、けがされた』

「あなたは……あいつの正体について何か知っているのか? 『悪しき者の欠片』とさっきから呼んでいるが」

『我々に害をすのは悪しき者だ』


 まあ確かに。

 すごくシンプルな答えだ。


『そしてあの者はただの個体ではない。より巨大な悪しき者の、ほんのである』

「なんだって……?」


 より巨大な悪しき者?

 その欠片ってことはつまり、俺たちを襲ったドクロの元締めが存在するってことなのか?


 だが、古代大魚にそれ以上たずねても、『わからない』の一言しか返ってこなかった。


 水面が近づいてきた。

 古代大魚は岸のすぐそばまで寄せてくれた。アルモアを抱えて結界から飛び出し、無事、岸に上がる。


「ありがとう、古代大魚」


 俺は振り返って清流の主にあらためて礼を言った。

『悪しき者を打ち倒すことを期待している。人間の勇者よ』と古代大魚は言い残し、清流の底へと消えていった。


 ……あんたまで俺を勇者と呼ぶか。


 ややげんなりしながらも、俺はアルモアを岸に寝かせた。


 鳴き声がした。顔を上げると、大精霊アヴリルが心配そうな顔でアルモアのかたわらに降り立った。

 心なしか少し身体が小さくなったような気がする。


「アヴリル。無事だったか」


 きゅい、と鳴き声で返事がきた。


 あれ? 【命の心】で意思疎通ができるようになったはずじゃなかったのか。

 それとも精霊は別?


 アヴリルは小首を傾げるだけで答えてくれない。


「まあいいか。今はお前の主の方が先だ」


 あらためてアルモアの様子をみる。

 呼吸は落ち着いていて、表情もだいぶ柔らかい。

 豊かな銀髪が身体に張り付き、彼女の全身が、傾きかけた陽光を浴びてきらきらと輝いているように見えた。


 大精霊アヴリルが気を利かせたのか、周囲の空気がほんのりと熱を持った。これならアルモアの冷えた身体も温められる。


 なら次は。


 周辺から枯れ木と雑草を集めた俺は、アルモアから少し距離を取った場所にそれらを積む。

 そしてアヴリルの力を借りて火をおこした。

 もうもうと立ちこめる煙。

 仲間に居場所を報せるための狼煙のろしだ。日が沈むまであまり時間はないが、やれることはやっておきたい。

 これで助けが来るのを待とう。


 アルモアの隣に腰を下ろし、身体を休める。脱力して自分の眉が開くのを感じた。

 落ち着いてくると、自然と思い出す。

 アルモアのギフテッド・スキル。

 すごい力だった。

 あれだけの敵をあっさりと魔法で打ち破ってしまったのだから。


 俺の力は彼女の、彼女たちからの借り物。

 本当に勇者たる資質を持っているのはアルモアであり、フィロエなのだろうと俺は思う。


 ならば、俺にできることはなんだろう。


 アルモアにしても、フィロエにしても、力はあるのに悩みを抱えていた。行き詰まっていたことがあった。


「この子たちが存分に才能を発揮できるように、悩みを受け止めること……かな」


 それが俺の役目であり、ギフテッド・スキル【覚醒鑑定】が与えられた意味なのかもしれない。


 ……やばい。少し眠くなってきた。

 ダメだ。アルモアが目を覚ますまでは俺が警戒していないと……。


『アルモア!』


 どこからか聞こえてきた声に、俺の眠気は吹き飛ばされた。


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