18.イストの孤児院スタート! でも……


 ギルド連合会ウィガールース支部は、街の中心部から少し外れたところにある。


 長い歴史とは裏腹に、とても新しい建物だ。

 なんでも、今の支部長になってから現在の場所に建て替えられたのだとか。

 このエピソードだけでも、とんでもない実力者なのがわかる。

 本来、俺のような人間には会うことなど叶わない偉人だ。


 やばい。そう考えると緊張してきた。


 外壁のだいとびらをくぐり、広い中庭に入る。いざというときはここに冒険者が大挙して集まるのだろう。

 正面に6階建ての見事な建物があった。

 まさに大都市のギルドとうかつ施設にふさわしいデカさだ。

 ただ思ったより派手さはなく、大きさを除けば無骨で地味な感じがする。


 建物の入口には、神殿やお城を思わせるような衛兵が立っていた。

 彼らは一瞬進路を塞ごうとしたが、グリフォーさんの顔を見るなり即座に姿勢を正して道をあけた。


 すげぇ……。

 雰囲気に呑まれないよう、できるだけ胸を張って歩いた。


【バルバ】と比べるのが失礼なほど立派で清められたフロアを横切り、受付嬢の前に行く。


「グリフォー・モニだ。定期報告に来た。支部長はいらっしゃるか」


 慣れた様子でグリフォーさんが名乗ると、受付嬢は丁寧に礼をしてから手元の資料を見た。


「ご案内します。こちらに」


 わざわざ俺たちを案内してくれるという。


 支部長室は3階だった。てっきり最上階だと思っていた。

 アレかな。上からも下からも行きやすい、とか?


 案内係が扉を叩く。

「どうぞぉ……」と中から声がした。


 俺は少し首を傾げる。「だいぶお疲れの声ね」とミテラが耳打ちしてきた。

 室内に入るなり、グリフォーさんがおうように声をかける。


「よう。来たぞボス」


 ……とても上司に対する態度とは思えない。さすがグリフォーさん。

 対するギルド支部長は、やはり疲れた声で応えた。


「やあ、我が友。君はずいぶんとご機嫌だね。羨ましい限りだよ。ふわああぁあ……」


 大口開けて、大あくび。

 おいおい。まがりなりにも俺たち来訪者だぞ。

 呆れる俺たちにグリフォーさんがフォローを入れた。


「多少の失礼は許してやってくれ。こいつにはイロイロと事情があんだよ」

「まあ、そうですよね」


 ウィガールースなんて大都市の、しかもギルド連合会支部長サマだ。

 俺ら一般人にはわからない苦労があるのだろう。


 あらためて部屋の主を見る。

 シグード・ロニオ。ギルド連合会ウィガールース支部支部長。

 年齢は30代後半といったところ。


 せ型で、メガネをかけている。服装が違えばどこかの研究者のようなふうていである。


 一番目に付いたのは、目の濃いくまだ。バルバのギルドマスターよりもひどい。

 なんか顔色もつちいろで生気がないんだけど。


 や、マジでこのひと、下手したら倒れるじゃないか?

 大丈夫なの?


 来客用のソファーに腰掛け、シグード支部長と相対する。


「ようこそ、ギルド連合会へ。僕が支部長のシグードだ。まず話をするまえに初対面である君たちに言っておきたいことがあるのだが」

「は、はい」

「僕は非常に眠いのだ」


 ……へ?

 いや、それは見たらわかりますが。


「これ以上ないほど眠いのだ」

「まあ、そう……でしょうね。その様子なら……」

「わかってくれるか。よかったよかった。なので僕の態度はどうか気にしないで欲しい……ふわあぁ……はふ」


 ……え、なんなのこの人。


 ミテラもまさか支部長がこんなことを言い出すとは思っていなかったのか、呆気にとられている。


 ひとしきり欠伸をしてから、支部長はようやく話題を戻す。


「さてグリフォー。すでに一部の報告は君のパーティメンバーから伝わってきているよ。ご苦労だったね。けっこうな大群だっただろうに」

「まあな。だがお前のおかげで被害は最小限だ。あいかわらず便利な力をもってやがる」


 便利な力?

 なんのことだろうと思ったが、シグード支部長が渋い顔をしたので黙っておいた。


 手短に成果報告――街道を封鎖したモンスター討伐のことだ――を済ませると、グリフォーさんは話題を変えた。


「んじゃ、こっからがワシの本題だ。あらためて紹介しよう。この男はイスト・リロス。今回の作戦がきっかけで知り合った」


 シグード支部長がうなずく。


「君にとって、とてもだったんだね? グリフォー」

「おう。イストはな、あの『大地の鯨』を追い払ったんだ。空中にとてつもなく大きな七色の盾を生み出してな。しかもたったひとりで、相手も自分も傷付けずだ。ワシがこの目で見たから間違いない」

「ほう……! それはすごいね」

「だろ? さすがのワシらも『大地の鯨』に暴れられてはどうしようもないところだった。今、こうしていられるのはイストのおかげだ」


 グリフォーさんが身を乗り出す。


「ワシはこいつをとても気に入った。願いを叶えてやりたい。ちょうどいま、困っていることがあるらしくてな。なあイスト」


 話を振られ、俺は居住まいを正した。

 これまでのこと、孤児院のこと、子どもたちのこと、そして現在の金銭的不安を話す。


「どうか、新しいエルピーダ孤児院の運営にご支援いただけないでしょうか。よろしくお願いします」


 ミテラとふたり、頭を下げる。


 しばらくの間があった。

 その間、大きな欠伸が聞こえてきた。ちょっとカチンとくる。

 本気で聞いてくれてたのか。この人……。


「いいでしょう」

「え?」

「支援の件、うけたまわりましょう。僕、シグード・ロニオの名において、我らギルド連合会ウィガールース支部は、エルピーダ孤児院とあなたを全面支援するとお約束します。お金のことはどうかお気になさらず。ああそうだ。せっかく移動もできるのなら、支援の証文もあったほうが各地で活動もしやすいでしょう。お渡ししますよ」


 聞き間違いだろうかと思ってしまうほど、あっさりとした答えだった。

 しかも内容が破格。

 これはすごいことだぞ。


「ただし」


 ミテラと喜び合っていたところに、シグードが釘を刺す。


「今後は孤児院の運営をしながら、僕の個人的な依頼をこなしていただきます。それが条件です」


 ……これはすごいことになったぞ。


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