19.言い切っちゃったよこのひと


「では次の話だが」

「は、はい」

「食事にしよう」


 へ?


 これからどんなことを言われるのかと身を固くしていた俺は、クソ真面目なシグードさんの顔を見た。


「僕はとても空腹なのだ」

「な、何なんだこのひと」


 それから俺たちは流されるままシグードさんと食事をとることになった。

 外に食べに出るのが面倒なので、執務室に食事を運ばせてである。


「朝ごはんがまだなんだよ」


 まじですか。

 ちょっと言い方がかわいいじゃないですか。


 それからすぐに料理が運ばれてくる。やけに早い。

 しかもがっつりフルコースだ。肉あり野菜あり。内陸では珍しい魚料理もある。飲み物はきっちり4人分。


「あらー、おいしそうね」

「いやミテラさん」


 たしかに超イイ匂いだけども。

 あと意外にお食いになるのも知ってるけどさ。

 いろいろ他に言うことがあるように思うのだが?


 朝からこんな大量で大丈夫なのか、とか。

 グリフォーさんはまだしも一般人である俺たちにここまでしてくれるのか、とか。


 なにより気になるのは――。


「不思議なモンだろ? ドンピシャのタイミングのごそうだ。、な」


 グリフォーさんが口の端をつり上げている。


 俺はシグードさんを見た。

 大都市のギルドとうかつ者は、相変わらずのない顔で肉汁たっぷりのステーキをかみ切った。


 俺にとってぶんそうおうな食事をはさんで、会談が始まる。


「イスト氏には、謝っておかなければならないな」

「え、なぜです? 申出の内容からすれば、むしろ俺――いや、私がお礼を言わなければならない立場だと思うのですが」

「いや、そうじゃないよ。君がきゅうにおちいったのは、どうやら我らギルド連合会の決定がきっかけのようだからね」


 俺は目を見開いた。

 確かに。

 レベル制限がなければ、俺は【バルバ】を追放されることもなかったかもしれない。


「なぜ最近になってレベル制限を設けたか……この件について触れれば、僕のスキルについても話すことになるからね。まずはそこから話をさせてもらうよ」


 魚の姿焼きを頭からバリバリ……眠そうに食べるシグード支部長。


「僕のスキルは【ゆめてんぼう】。文字どおり夢をとおして未来予知ができるスキルだ」

「み、未来予知!?」


 俺とミテラの声が重なる。


「それってギフテッド・スキルでは!?」

「いやあ、違うんだなあ。ギフテッド・スキルなら、きっともっと便利で使いやすかっただろうね。『運命の雫フェイトドロップ』にも、ただの『スキル』と記載されていることは確認済みだ」


 それにしたって、未来予知とは。


 ん? ということは、このドンピシャのタイミングの豪華料理も未来予知……【夢見展望】の力?


 シグードさんはこの驚異的なスキルについてさらに説明してくれた。

【夢見展望】で描き出される未来の的中率はほぼ100パーセント。

 驚いたことに、グルフォーさんが参加したモンスター討伐作戦も、きっかけは【夢見展望】なのだという。


「しばらく前から、モンスターがらみの夢が多くてね。ウィガールースとは断定できないが、どこかの街にモンスターが現れる夢も見た。もしこの広い街にモンスターが大挙して押し寄せたら、冒険者たちではカバーしきれないおそれがある」


 ゆえに――とシグードさんは言葉を繋ぐ。


「この街をよく知り、冒険者とも連携可能な各ギルド職員がモンスターに対応できるようになれば、より確実に街を守れる」

「そのような情報は初耳です。もしかして、各地の混乱を避けるためですか?」


 ミテラが言うと、支部長は腕を組んだ。


「それもあるけどね。問題は『確実性』なんだ。もし外したら大混乱は避けられない内容だったからね。表向き『今の世の中、ギルド職員たるもの』みたいな理屈にしたのさ」


 あれ?

 さっき【夢見展望】の的中率はほぼ完璧って言ってなかったっけ?


「【夢見展望】がギフテッド・スキルでないのは、おそらく欠点が多いからだ。まず、【夢見展望】が発動するタイミングを僕は自分で選べない。だから、見る夢がすべて予知に繋がっているかというと、そうじゃないんだ」

「それは……困りますね」

「ま、重大なものほど強烈なイメージで、しかも何度も夢に出るから、だいたい経験則でわかるんだけどね。たとえば、そうだな」


 ふと――。

 今まで眠そうだったシグードさんの目が、好奇心でキラキラと輝きだした。

 しかも、視線は俺に向けられている。


 え? なにごと?


「イスト氏そっくりの青年が出てくる夢がそうだったな。まわりに可愛くて強そうな女の子を何人も従えている、たいへんうらやましい光景だった」

「は?」

「……イスト君?」


 ミテラさん。秒で笑顔になってにらまないでください。

 寝耳に水だから! なにがなんだかさっぱりだから!


「その歳でハーレムとは、やるね」

「ちょ、ぎぬです!」

「べつに罪じゃないからいいだろう。それに【夢見展望】であそこまでハッキリしたイメージが見えるときは、まず確実に当たる。こうして君の顔を見た僕のカンもそう言ってるよ。イスト氏、君は近い将来、力のある女の子たちを率いるリーダーとなっているだろう」


 ちょっと待ってくれ。

 俺はたった今、孤児院を運営していく第一歩を踏み出したばかりなんですが!

 なんだ、そのたいの英雄みたいな姿は。


「そうか。だからフィロエちゃんはあんなになついているのね」


 なぜか納得したような口ぶりのミテラ。

 背中から陽炎かげろうが立ち上ってないかい? 怖い。

 俺が言ってるんじゃないよ!?


「まあ、それはともかく」

「いや流さないで支部長」


 せめてミテラに説明を。フォローを。


「このスキルにはほかにも欠点がある。いや、むしろ最大最悪と言ってよいほど致命的な欠点だ」

「流さないで……」


 うなだれる俺の前で、シグードさんは力強く握り拳を作った。


「それは……『睡魔』だ!」

「え? ここで繋がるんですか?」

「そうだよ。このスキルのおかげで、とにかくめが悪いんだ。予知の内容が平穏無事なものとは限らない。それにどうやら、睡眠中の生命力を発動の源にしてるみたいでね。夢の内容が重大なものであればあるほど、睡眠の質は落ちる」

「なるほど。だから常に睡魔と戦っていて、寝不足のように見えるんですね」

「そういうこと。まあ、この力があったからこそ僕は今の地位にいられるのだがね」


 いつのまにかシグードさんは食事を平らげていた。眠りながらエネルギーを消費しているのかもしれない。

 なんな力みたいだ。


「さて。僕が君たちに頼みたいのは、僕を悩ませる悪夢の正体を探ってもらうことだ。思うに、最近ひんぱつしているレアモンスターの不可解な出現や冒険者しっそうが関係しているはず。イスト氏は確か、立派な馬車を持っているらしいね。それを使って各地を回り、情報収集をしてきてもらいたい。これが君たちを支援する絶対の条件だ」

「まあ、確かに……この地域一帯の安全にもかかわることなら」

「いや違う」


 へ?


 シグード支部長はひどく真剣な表情を浮かべた。


「僕が悪夢の根源を絶ちたい理由。それは『睡眠』だ!」

「え?」

「【夢見展望】はツライ! とてもツライのだ! まんねん睡眠不足で食事中はおろか、大事な交渉ごとの最中にも爆睡してしまう不安! 至福のひとときを味わう間もなく問答無用で寝落ちしてしまうこの理不尽さ! わかるかね!?」

「それは、大変だと……」

「唯一の光明は、起きている時間の行動によって夢の内容も変わってくる! それはすなわち、頑張れば悪夢を見なくなる可能性もあるということ!」

「つまり……?」

「できるだけ早く! オフトンを愛させて!」


 んん?

 もしかして俺たちに依頼をするのは街の平穏を守るというよりも、シグード支部長の――。


「頼んだぞ諸君! 僕の安眠のために!」


 言い切っちゃったよこのひと。


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