16.【ざまぁ回!】スゴイ人たちに認められて


 それから俺は、問いかけられるままにこれまでの事情をミテラに話した。


 すべて聞き終えたミテラは「イスト君らしいわ」と苦笑いする。

 俺は「そうかな」と答えた。


 だって俺と同じ立場になれば、きっとミテラだって同じようにすると思うからだ。

 けれどミテラは、『誰でもできること』とは思わなかったらしい。


「子どもたちのために頑張る。素敵なこと。昔からあなたは、いざってときに先頭に立って頑張れるものね」


 優しい視線を向けられ、俺は頬をかいた。

 隣ではフィロエが何度も深くうなずいている。


「決めたわ」


 ミテラは言った。

 俺は経験で知っている。この顔をしたときのミテラは決して揺らがない。


「私、イスト君を手伝う。一緒に行くから」


 だが正直、この申出は予想外だった。


「ミテラ。いいのか? 【バルバ】での仕事があるだろう。ミテラがいなければ、きっと回らない」

「それなんだけどね」


 ゆっくりとソファーに背中を預ける。


「実はずっと考えていたの。私、バルバを辞めようと思っている」

「え!?」


 驚く俺とは対照的に、ミテラは晴れやかな表情だった。


「結構長く勤めたギルドだから愛着はあるけれど……レベル制限ができてからはとくにひどいと思う。冒険者や依頼人の皆さんへの対応、態度。自分たちのほうが偉いんだっていうおごり……」


 ふぅー、と長く重いため息。


「もう、しおどきかなって」

「ミテラ……」

「なにより一番の理由はね。あなたのことよ」


 ミテラのりゅうがわずかに逆立つ。


「【バルバ】の人たち、イスト君にずっと冷たく当たってきた。私の目が届くうちは好き勝手させないつもりだったけど、あろうことか、イスト君を追い出した。私をひとり占めしたなんて、くだらない理由で!」

「そうなんです! 許せないです!」


 突然、フィロエが口をはさんでくる。

 彼女は握り拳を作っていた。


「イストさんみたいな凄い人を追い出すなんて! それもいじめて追い出すだなんて!」

「イスト君からなにか聞いたの?」

「追い出されたってことを、少しだけ。でも詳しくは教えてくれなかったのです。だからミテラさんの話で、もっと怒りが湧いてきました」


 鼻息が荒い。

 すまん、と俺は内心で謝る。

 別に黙っているつもりはなかったんだが……俺の情けない話なんて、つまんないだろ?


 ミテラが微笑んだ。


「フィロエちゃん、だっけ? あなたとは気が合いそう」

「私も……なんだかお姉さんみたいだと」


 照れくさそうにするフィロエ。

 いつの間にか仲良くなっている。どういう流れだ……?


 よし、とミテラが手を叩く。


「鉄は熱いうちに打て。さっそくギルドに行って、ギルドマスターに辞表を叩き付けてやりましょう」

「い、いきなりだな」

「いーえ。こんなこともあろうかと、ちゃんと用意はしているのよ。バルバに残っていたのはイスト君がいつ戻ってきてもいいようにって理由だったけど、こうして再会できた今となっては、ね。うふふ……」


 微笑みが怖い。


「おっと、出かけるのか」


 そこへグリフォーさんがやってきた。


「話は聞いたぜ。面白そうじゃねえか。ワシも行こう」


 ……なぜに?


 グリフォーさんは俺に言う。


「ギルド連合会に行くついでだ。それに、話を聞いていたらワシも胸糞が悪くなってな。ガツンと言ってやろうと思ったんだ。【バルバ】のボスの顔は知っている。ちょうどいい機会だ。イストの武勇伝を聞かせてやって、逃した魚がいかにデカかったかわからせてやればいいさ。ワシが証人になってやる」

「イスト君」


 ミテラが俺の手を取る。


「私たちがここで再会できたのも、グリフォーさんと繋がりができたのも、きっとあなたのこれまでの頑張りを神様が認めて下さったおかげよ。これはチャンス。あなたにかけられた不名誉を、あなた自身の手で晴らすのよ」

「イストさん、頑張って!」


 フィロエにまでエールを送られた。


 俺は苦笑する。

 世の中、悪いことばかりじゃないんだな。

 ありがたかった。


「わかった。あのときとは違うってことを、ギルドマスターに教えてやろう。力を貸してくれ。皆」



◆◇◆



 ギルド【バルバ】の正面玄関に来た。

 まだ朝早い時間ということを差し引いても、バルバの前は人通りが少なく、さびれた空気が漂っていた。


 ミテラに続き、扉をくぐる。


 中はがらんとしていた。依頼人どころか冒険者のひとりもいない。

 依頼を張り出す掲示板は、空白が目立っていた。


 その代わりに目に付くのは、うずたかく詰まれた書類の山。受付カウンターを乗り越え、待合スペースにまでなだれ込んでいた。


「こりゃあひでえな」


 グリフォーさんの呆れた声に、ミテラがうなずく。


「イスト君がいなくなって、たった数日でこれよ。私もこのところずっと書類整理。どんどん職員は抜けていくし、私ひとりじゃ、ぜんぜん追いつかなかった」

「ほう。ということは、イストは戦闘能力だけじゃなく実務にも長けているのか」

「そうですよグリフォーさん。私に言わせれば、イスト君の知識と処理能力、そして物事のしんがんを見抜く目はバルバいち――いえ、ウィガールースいちです」

「ミテラの嬢ちゃんにそこまで言わせるなんて大したもんだ。まったく、そんな男を追い出すなんてどうしようもないな、バルバの連中は」


 立腹する二人。


 うーん……。

 俺のために怒ってくれるのは素直に嬉しいんだが。

 なんというか、居たたまれない……。


 俺からすれば、かたやウィガールースでも一、二を争う美人で有能な受付嬢、かたや豪邸を持てるほど実績も実力も十分すぎるベテラン冒険者。

 どう考えたって、この3人の中じゃ俺が一番ショボいだろう。


 だがそんな俺だって、意地はある。

 俺はあのときのように弱くない。

 言われっぱなし、やられっぱなしは我慢ならない。

 俺の方が正しかったことをきっちりと伝えるんだ。

 待ってろ、ギルドマスター。


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