15.来訪者は美人受付嬢でお姉さん


 ウィガールースの入口が見えてきた。


 戻ってきたか……。


 かつて追放された場所に帰ってくるのは、複雑な気分だった。


 気持ちを切り換える。


 こそこそする必要はない。

 俺は数日前とは違う。

 もうひとりじゃない。

 無力でもないんだ。

 ギルドがどれほどのものか――と叫んでやりたいくらいだ。


「イストさん?」


 俺の表情の変化にざとく気付いたフィロエが声をかけてくる。


「大丈夫ですか?」

「ああ。心配するな。なんでもないよ」


 グリフォーさんたち冒険者のパーティは、いったん街の入口で解散になった。

 それから俺たちはグリフォーさんの案内で、彼の自宅へと向かった。


「うおぉ……」


 ひとめ建物を見た俺は、息を吸うのも忘れるくらいほうけてしまった。隣のフィロエも、後ろで様子をうかがっていた子どもたちも同じだ。


 そこは庭付きの立派な家――いやていたくだった。でかい。すげえ。ヤバイとしか言えないヤバさだ。


 そういえばこの辺りの区画は、裕福な人たちが集まる場所だったと思い出す。


『あわわわ』


 レーデリアの結晶がガクブル震えている。


『わ、我のようなゴミ箱がこんな立派なところにいていいのでしょうか……マスター、我は塵芥ちりあくたとなって植木の肥料となった方が望ましいのでは……!』

「そうなったら俺たちが困るからやめなさい」


 グリフォーさんは俺たちの様子を笑って見ている。

 俺は思わず聞いた。


「もしかしなくても、グリフォーさんってすごい冒険者?」

「なに言ってる。お前ならそう遠くない将来にこれぐらいの屋敷、手に入れられるさ」


 あまり想像できません。


 広い庭の片隅にレーデリアを止める。


『はあああ、隅っこ。隅っこぉ……。落ち着きますぅ』


 彼女らしい感想だった。


 子どもたちとともに、館に入る。

 なんとメイドさんの出迎えまであった。

 自然な仕草で上着を渡すグリフォーさんが実に、館の主っぽい。


「子どもらはあっちだ。彼女について行ってくれ」


 楚々とした大人しそうな女性に連れられて、子どもたちははしゃぎながら2階に上がっていった。


 俺とグリフォーさんは応接間で向かい合って座る。


「バタバタしていたからな。今日のところはここに泊まっていきな。明日あらためてギルド連合会に行こうぜ」

「はい。本当に何から何まで、ありがとうございます」

「いいってことよ。あんたの人徳だと思うといい。イスト」


 手放しでめられ、俺はなんともむずがゆい思いだった。



◆◇◆



 翌日。


 普段の習慣で朝早い時間に目が覚めた俺は、レーデリアの様子を見に行ったり、メイドさんたちの仕事を手伝ったりした。

 お客様にそんなことはさせられません、と恐縮されてしまったが、こちらもこんな立派な屋敷でのふるまいに慣れていなくて落ち着かないのだ。

 雑用でもしていた方が気は休まる。


 根っからのした根性だなと自分でも思う。


 グリフォーさんも朝は早かった。どうやら庭で軽く身体を動かすのが日課らしい。

 さすがベテランの冒険者だ。


 一息つき、応接間でこれからのことをいろいろ考えていると、なにやら外で声がした。

 しばらくして、グリフォーさんがひとりの女性を連れて戻ってくる。


「おう、すまんな。ちょっと客人だ」

「申し訳ありません。突然お邪魔してしまって」


 女性と目が合う。

 お互い、たっぷり三秒固まった。


 自分でもびっくりするぐらいの声が出る。


「ミテラ!?」

「イスト君!?」


 普段はおっとりとした表情を崩さない彼女が、口を大きく開けてこちらを見た。

 柔らかな栗色の髪の先が、肩口でふわりと揺れる。


 彼女の名前はミテラ・ロール。


 ギルド【バルバ】の受付嬢だ。職員や冒険者の好意を一身にあつめる、いわゆる看板娘である。


 同時に俺にとって、姉のような存在だ。


 なぜなら彼女もまたエルピーダ孤児院の出身であり、俺と彼女は姉弟のように育ったからだ。


 そういえばバルバを出てからは話もできていなかった。

 なんて話そう?

 言葉を探していると、いきなりミテラのほうから抱きついてきた。


「イスト君! 本当にイスト君なのね! 大丈夫? 元気だった? 怪我はない?」

「ミ、ミテラ……ちょっと」


 困惑する。

 男として困惑する。


 だってさ。


 彼女はその表情だけでなく身体付きも――特に男にとっては――魅力的なものなんだ。

 ストレートに言おう。

 胸の存在感!

 やわらかいです、姉さん。そして近い。抱きつく力が強い。


「本当に心配したんだよ……?」


 うるんだ瞳で見上げられ、俺は言葉がげなくなる。


 思えば彼女には迷惑ばかりかけていた。

 ギルドで冷遇されている間も、ミテラだけは俺の味方になってくれた。

 それが彼女にとって、どれほどリスクのあることだったか。


 孤児院にいたときからそうだ。

 彼女は俺にとって頼れる家族であり大事な姉だ。

 そんな女性に今までろくに事情も話せなかったことを、俺はいまさらながらに悔いた。


「ごめん。ミテラ」

「本当に反省していますか?」


 あ。


 これはちょっとヤバイ。

 うるんだ瞳の中に、有無を言わさない凄みが混ざっている。

 そういえば、ミテラは昔から怒ると怖いのだった。


「反省、していますか?」

「はい、しています」

「本当に?」

「本当です。黙っていなくなって、ごめん」

「……」

「……」


 しばらくじっとりとにらんでいた彼女は、ようやく微笑んだ。


「うん。よろしい」


 もう一度、強く抱きしめてくる。


「本当に、無事でよかった」


 そのとき、階段のほうから足音が近づいてきた。

 そのまま俺に横から抱きついてくる。


「フィロエ?」


 寝起きらしく髪先が跳ねた格好のままだ。


「ううううう……」


 もどかしさ全開で唇を噛んだフィロエが俺たちを見上げてくる。


 うーん。

 前々から思っていたが、フィロエは年齢よりも子どもっぽいところがあるなあ。


 ミテラも同じ感想を持ったのか、余裕の表情で言った。


「可愛い子ね」

「うううぅぅぅぅぅ!」


 フィロエが涙目で詰め寄ってきた。


「イストさん!? この方は!?」

「はじめまして。私はミテラ・ロール。イスト・リロスさんとは同じギルドで働いていた同僚だったの」


 スッと俺から離れて、ミテラがじょさいなく自己紹介する。このあたりはさすがだった。


「元同僚さんがどうしてここに?」


 少し落ち着きを取り戻したフィロエが、重ねて尋ねる。

 それは俺も気になっていた。


 視線を集めたミテラは言った。


「グリフォーさんとは以前からの知り合いで、ちょっとご無理をお願いしていたの。いなくなったイスト君を見かけたら、ご連絡くださいって」


 微笑みのままちらと俺を見る。


「昨日グリフォーさんがウィガールースに戻られたと聞いて、仕事に向かう前にお話を聞こうと思ったの。そうしたら探し人がいてびっくりしたってわけ。本当に人を心配させて、仕方のない子だわ」


 にっこり。

 女神の微笑みだ。


 なのに――怖えぇっ。


「すごい方とお知り合いなんですね……」

 フィロエのつぶやきに、俺はいろんな意味でうなずくのだった。


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