14.イスト先生!


「すげえ! すげえ! あんなでっかいやつを追い払った!」

「わああんっ、こわかったよお!」


 子どもたちがワッと俺のところに集まってくる。

 俺は大きく息を吐いた。

 ようやく肩の力が抜けた。


「お前たち、大丈夫か?」

「だいじょうぶ!」


 笑顔と泣き顔の合唱が返ってくる。


 俺は苦笑した。

 やはり、エルピーダ孤児院の子どもたちは、根は素直で明るい子たちばかりなのだ。


 ふと、ナーグが俺の前に立つ。

 彼の顔つきは、少し前から変わっていた。何というか、しくなった。


「1度だけじゃなくて、2度も助けられちまった」


 頭を下げる少年。


「ありがとう。イスト


 ……ん?

 今、なんて言った? 先生?


 子どもたちも顔を見合わせている――と思ったら、いっせいに騒ぎ始めた。


「先生!」

「イストせんせー!」

「新しい私たちの先生!」

「ちょっ、お前たち……ナーグ。いきなりなにを言うんだよ」


 俺の抗議に、ナーグは首をかしげた。


「なにって、俺たちこれから新しい孤児院で暮らすんだろ? そこの院長先生みたいなもんなんだから、イスト『先生』で合ってるんじゃないのか?」


 先生。俺が。

 恩師だったあの人と同じ……。


「イストせんせー!」

「あはは。新しい先生だ!」


 孤児院の先生。

 うん。そうだ。先生になることは、俺が望んでいたことだ。


 ありがとう。皆。

 俺を先生と呼んでくれて。


「……ん?」


 ふと、一人の女の子が目を閉じて手を合わせていることに気付いた。


 祈りの先は――崩壊したかつてのエルピーダ孤児院。

 他の子どもたちも、はしゃぐのをやめ、皆で手を合わせた。


 ナーグも、フィロエもだ。


 いくらガビーの横暴に苦しめられてきたとしても、彼ら彼女らにとっては育ってきた家なのだ。


 俺もまた、子どもたちにならって目を閉じる。

 心の中の恩師に向かって誓う。

 必ず、この子たちが幸せに暮らせる場所にすると。


 しんみりしてしまった子どもたちに俺は声をかけた。


「これから一緒に頑張っていこうぜ。なあ、皆」


 心から、そう言った。

 それぞれの笑顔が返ってきた。


「ちょっとごめんよ」


 野太い声に、俺は反射的に子どもたちをかばった。

 やってきたのは冒険者たち。『スパイラル』に立ち向かってくれた男たちだ。


 声は、先頭に立つベテランのものだった。


「あんた、ここの責任者だったのかい。ワシはグリフォー・モニ。パーティのリーダーをやらせてもらっている。このたびはご協力、感謝する」


 そう言って頭を下げるグリフォーさん。

 年齢は40代くらいだろうか。がっしりとした体格で、もみあげと一体化した豊かなヒゲが印象的だった。


 女の子と目が合ったグリフォーさんは「にかっ」と笑うが、どうやら逆に怖がらせてしまったようで、女の子は俺の後ろに隠れてしまう。


 グリフォーさんは怒った様子もなく、むしろ申し訳なさそうにヒゲをでた。


「すまんなあ。怖がらせるつもりはないんだ。どうもお前さんたちのような身寄りのない子らを見ていると、昔を思い出しちまって、ついつい声をかけちまう」


 悪い人ではなさそうだ。


 目が合う。俺と話したがっているようだ。

 俺はフィロエとナーグに声をかけ、他の子どもたちと一緒にレーデリアの中に戻ってもらった。


 あらためて、冒険者たちと相対する。


「イスト・リロスです。ここにあったエルピーダ孤児院の出身で、運営を引き継ごうと思っている者です。あの子たちも一緒に引き取ろうと」

「なるほど。やはりワシの直感に間違いはなかったってことだな」


 俺は首を傾げる。直感?

 グリフォーさんは表情を引き締めた。


「イストさんよ。あんた、本当にすげえ男だ。子どもたちを絶望的な状況から救出したばかりか、『大地の鯨』をあんなスキルで、しかも無傷で追い返してしまったんだからよ。そんじょそこらの凡人にはとうてい無理な芸当だ」

「いや、俺は……」

「謙遜しなさんな。ワシが言ったことは、ここにいる全員が思っていることだ。あんたは誇るべきだよ。イストさん」

「呼び捨てで構いませんよ」


 俺はレーデリアのほうを見る。子どもたち皆、元気だった。生きていてくれた。


「あの子たちを救えたことは、誇りに思います」

「やっぱりあんたは人格者だ。イスト」


 肩を乱暴に叩かれる。

 なんというか、いい意味で冒険者らしい人だ。


「ワシはあんたを気に入ったよ。とても気に入った。ぜひ、ウチのボスに報告したい」

「グリフォーさんのボス?」

「シグード・ロニオ。ギルド連合会ウィガールース支部の支部長サマだ」



◆◇◆



 それから俺たちは、グリフォーさんたちとともにウィガールースへと向かった。


 子どもたちを安心して養っていきたいという話をすると、グリフォーさんがギルド支部長へ援助の口添えをすると約束してくれたのだ。

 人の縁ってのは、わからないものだ。

【バルバ】を追放されたときは、道の先には暗闇しかないと思っていたけれど。


 彼らは各々の馬に、俺はレーデリアの御者台に収まり、ゆっくりと走る。相変わらず街道に人の姿は少ない。


 ウィガールースへの道すがら、グルフォーさんたちがなぜエルピーダ孤児院でモンスターと戦っていたかを聞いた。


「最近、この地域一帯で異変がちょいちょい確認されている。急にレアモンスターが現れたり、冒険者がしっそうしたりって内容だ。これはなにか良くないことが起こってるってんで、個人的に付き合いのあるワシらにボスが声をかけたってわけだ」

「それで、エルピーダに?」

「いや。正直に言うと、孤児院にたどり着いたのは偶然だ。今回ワシらが参加したメインの任務は、ウィガールースに接近してきたモンスター群の討伐だった。一部の街道を封鎖した大規模な作戦だったな」

「ああ、それで街道に人通りがなかったのか」


「討伐任務はまあうまくいった。だがなぜ、いきなりモンスターが大挙して押し寄せてきたのか、それがわからねえ。だからワシらはモンスターの動向調査をしていたのさ。あの孤児院を襲った『スパイラル』はワシたちが追っていたモンスターの一部だったんだ」

「では『大地の鯨』が突然現れたのも、何らかの異変の表れ」

じゅっちゅうはっ、そうだろう。残念ながらモンスターからは何もわからなかったが、代わりの報告はできそうだ。ボスのお望みのものも見つかったし」

「へ?」


 グリフォーさんは俺を見てにかっと笑った。


「ボスから言われてたんだよ。『おもしろい人物がいたらぜひ連れてきてくれ』ってな」


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