13.巨体を相手にスキルを放て


 外に放り出されたナーグが地面にうずくまっている。

 怪我はないようだが、大地の揺れで動けないみたいだ。


「イストさん! ナーグ!」


 勇気のあるフィロエが隣に降りてくる。


 俺はナーグをかばいながら、エルピーダ孤児院の上空を見た。

 そこではまだ『スパイラル』たちが飛び回っている。


 ただ突然のことに狼狽うろたえているのは彼らも同じなのか、仲間たちで集まるだけでこちらに襲ってくる気配はない。


 今のうちに急いでここを離れなければ。


 地震は、心なしか激しさを増している。

 俺はナーグを抱えて立ち上がる。


『マママ、マスタぁああぁ!』


 レーデリアが怯えた声で、


『来ますぅううぅ!』


 そう叫んだ。


 直後――急に地震が


 明らかな不自然。


 心臓がきゅっと縮まる。

 背中や首筋の筋肉が緊張で固まる。


 長い――いや、そう感じていたのは俺だけで、実際は数秒も経っていなかった。



 ドガァアアアアアァァアアッ!!



 地面から出現した『何か』によって、エルピーダ孤児院が端微塵ぱみじんに吹き飛んだ。

 巻き上げられた砂が俺たちの視界をさえぎる。


 とっさにナーグをかばい、砂のシャワーをまともに浴びる。


 何とか顔を上げた。

 地面から飛び出し、孤児院を下から破壊した『何か』――。

 それは黄土色をした巨大な『くじら』だった。


 空中へと飛び出した鯨は、その大きな口にスパイラルを次々と飲み込んでいく。


「あれは、まさか」


 絶句する。

 モンスターじゃない……『精霊』だ。


「大精霊『大地の鯨』」


 この地方にいるという幻の存在。

 俺も資料でしか見たことがない。


 この大精霊は本来、平穏を愛し、ひっそりと暮らしている。一部の人々にとっては信仰の対象でもある。

 だがひとたび怒り狂うと、その大きな口であらゆるものを食らうとされる。


『大地の鯨』の特徴はその名の通り、地中を高速で移動すること。

 それによって地震が起き、通り道には独特な跡が残る。


 地震――?


 まさか、リマニの森から感じた揺れは『大地の鯨』が原因だったのか。


「イストさん!」


 フィロエの叫びで我に返る。


 フィロエは『大地の鯨』の巨体を前にしても恐れず、エネステアの槍を構えた。

 ギフテッド・スキル【閃突】で迎撃する気だ。


『大地の鯨』は高々と舞い上がったまま。

 空中の大きなまと状態だ。

 あらゆるものを貫く【閃突】ならば『大地の鯨』にも一撃を食らわせることができるだろう。


 そう思ったとき――。


『大地の鯨』と目が合った、気がした。


 モンスターの血走った狂気ではない。どこか理知的で、達観たっかんした深い瞳の色だ。


「行きます! ギフテッド・スキルッ――」

「待て、フィロエ!」


 自分でも驚くほど大声が出た。

 槍先を下げ、フィロエが戸惑う。


「イ、イストさん!? どういうことですかっ!?」

「あれは『大地の鯨』。モンスターじゃない、偉大な精霊だ。それにあの瞳……ただ見境なく暴れてるわけじゃない。だから攻撃してはいけない!」

「す、すごい。一目でそんなことまでわかるなんて! さすがイストさ――」


 フィロエの称賛の声にかぶせるように、ナーグが悲鳴を上げた。


「うわああっ!? こ、こっちに落ちてくる!?」


 陽光が『大地の鯨』の巨体で隠れる。

 相手がでかすぎてゆっくりに見えるだけで、実際はとんでもないスピードで落下してきているはずだ。


 もはや回避不能。

 俺以外の全員が大声で叫ぶ。

 今できるのは、これしかない。


「『サンプル』発動」


 ドッ、ドッ、ドッ――と心臓の音がやかましい。

 急速に血がめぐっていく頭で、『それ』の形をイメージする。

 両手を上空に向けて掲げる。


 視界が黄土色の体表に覆われる。

 カラカラの喉で叫んだ。


「ギフテッド・スキル【障壁】ッ!」


 声が光を呼ぶ。


『大地の鯨』との間に、虹色に輝く半透明の『盾』が現れた。

 大精霊を真正面から受け止めるほど、バカでかく美しい光の盾だ。


『大地の鯨』の落下が止まる。


 両腕から伝わってくる衝撃。重さ。この感触、どう言葉にすりゃいいんだろうな!


「う――」


 一歩踏み込む。


「うおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉっ!!」


 押し込む。押し込む。そして押し返す!


「りゃあああぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁっ!」


 虹色の盾が『大地の鯨』を後方へ弾き飛ばした。


 激しい地響きとともに、大精霊は地面に落下した。


 俺は何度も咳き込んだ。肺の中の空気を全部吐き出して叫んだせいだ。


 地面に横たわった『大地の鯨』と再び、目が合った。

 怒っているとか、戸惑っているといった様子じゃない。ただ俺のことを見定めようとしている。そんな気がした。


 どのくらい、見つめ合っていただろうか。


 ふと『大地の鯨』は視線を外すと、どういう仕組みか、ほとんど音を立てずに地面の中に潜ってしまった。


 この場を離れていく気配。


 静寂が戻ってくる。

『大地の鯨』を追い返すことに成功したのだ。



《『サンプルLv1』【障壁】が発動しました。

 規定発動回数到達により、『サンプルLv1』から『Lv2』にレベルアップしました。

 使用回数の上限が+1されます》



 俺は無意識のうちにつぶやいていた。


「よかった……皆に怪我がなくて」


 直後、子どもたちの歓声が上がった。



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