12.【ざまぁ回!】ガビーの悲惨な最期


 同じ頃――。


 孤児院の子どもたちをさっさと見捨てた男、ガビーは街道上にいた。

 ウィガールースとは反対方向に馬を走らせている。


 孤児院が見えなくなったところで、彼はようやく息を吐き出し、


「クソッ!」


 悪態あくたいをついた。


「せっかくガキどものがうまくいきそうだったのに。なんで急にモンスターが……クソッ!」


 誰もいない街道で、ガビーは口汚く罵りののしり続ける。ナーグの口の悪さは彼の影響だった。


「だいたい、あのクソ男が悪い! 奴が来てからいろんなことにケチが付き始めたんだ。チッ、モンスターめ、食うならあのいけ好かない優男を食ってしまえばよかったのに――うおっ!?」


 突然、馬がバランスを崩す。

 街道の一部にできていたくぼみにはまって、転倒したのだ。


 注意力が散漫になっていたガビーは、窪みに気がつかなかった。


 窪みの先はがけになっていた。

 馬と一緒になってゴロゴロと転げ落ちる。崖はそれほど深く、広範囲だ。


 まるで巨大な蛇が這いずり回った跡のように。


「ぐあああっ!?」


 底まで落ちたガビーの下半身には、馬の胴体がずしりとのしかかっていた。すさまじい痛みに顔を真っ赤にするガビー。


「く、そっ……おいこら! この駄馬! さっさとどけ! どかんか!」


 胴体を叩いて叫ぶ。しかし馬は、もう反応しない。


 怒り。苛立いらだち。焦り。そして恐怖。


 ガビーは唾をまき散らしながら、ただただわめき続ける。


 彼の運は尽きていた。

 街道には誰もこない。助けに来てくれる者はいない。


 それどころか――。


「ひっ……!?」


 ガビーの悲鳴と血の臭いを嗅ぎつけたのか、オオカミ型のモンスターが群れをなして集まってきたのだ。


「な、なんで!? 街道沿いにはモンスターけがあるのに、どうして今日に限ってこんな」


 そうだ。

 そもそもなぜ、エルピーダ孤児院にモンスターが押し寄せたのか。

 おかしいじゃないか。


 ――そうガビーがいくら疑問に思ったところで。

 もちろん、腹をかせたモンスターどもには通じない。


「や、やめろ。来るな、来るな……」


 たし、たし……。


 ぱしゃん、と血だまりを踏むモンスター。


「や、やめ……たす、助けて……助けてくれ。誰か」


 鋭い牙がガビーの視界をおおった。


「助けてッ、ぎゃああああぁぁあぁあああああッ!」



◆◇◆



「イストさん! 早く!」


 フィロエの声で我に返った俺は、足早にレーデリアに乗り込んだ。


「よし、いいぞレーデリア。出してくれ!」

「……いや」


 中に入ってすぐ、そんな声が聞こえた。

 小さな女の子が、俺と入れ違いになるようにレーデリアの外に出ようとしていた。


 ナーグが女の子の肩をつかむ。


「おい危ねぇから戻れよ!」

「いや、いやぁっ! もうどっかいきたくない! ひとりはいや! しらないとこ、いや! さみしいのはいやあっ!」

「このっ、わがまま言うんじゃねえ!」


 ナーグが手を振り上げる。

 小さな女の子をはたこうとしたその手を、俺は受け止めた。


「やめろナーグ」

「けど!」


 俺は子どもたち一人ひとりの顔を見渡した。


 泣いている女の子もそうだ。フィロエの周りでこちらをうかがっている他の子もそうだ。

 皆、暗い顔である。


 ガビーに――保護者に見捨てられた、自分たちは不要な人間なんだと、深く傷付いた表情をしていた。

 瞳に、力がなかった。


 俺はナーグの手を両手でにぎり、ゆっくりと下ろさせる。


 そして泣いている女の子を、抱きしめた。

 強く。

 俺の思いと決意が伝わるように。


「ここに居ていいんだ。もう寂しくなんてない」

「……ほんと?」

「ああ。今日からここが、みんなの新しい家。新しいエルピーダ孤児院だ。皆、一緒だよ」


 立ち尽くしていた女の子は、やがてせきを切ったように大声で泣き始めた。

 俺は他の子にも声をかけた。


「さあ。皆もおいで。今日から新しい家族だ」


 俺の言葉が心に届いてくれたのか。


 彼らの瞳にゆっくりと輝きが戻っていった。


 その輝きは涙があかりに反射したせいなのかもしれない。

 けどそれでもいい。泣いていいと思う。

 抜け殻のようになって、何も感じないのが一番怖い。


 あの日――ギルドを追放され、裏路地をフラフラと歩いていた俺のように。


 子どもたちが、あんな風になっちゃ駄目だ。させては駄目だ。


「おっさん」


 レーデリアの出入口前で、ナーグがうつむいていた。

 彼はぽつぽつと言葉を漏らす。


「その……ありがとう。俺たちのために」

「うん」

「それから、その。あのときは悪かった。許して欲しいんだ。フィロエにも……ごめん」


 ナーグは頭を下げた。深く。


「このとおりだ。俺も、ここに居たい」

「大丈夫だ。ナーグ」


 俺は少年の頭を撫でた。クセのある固い髪の毛の感触が手のひらに心地良い。


「意地を張らずに、よく言えたな。えらいぞ」

「へへ……」


 ナーグが顔を上げ、照れくさそうに笑った。


 ちらりとフィロエを見ると、彼女は複雑そうな表情で目尻をぬぐっている。

 完全に許したわけではないけれど、ナーグの気持ちはわかる――そんな風に思っているようだ。


『あのう』


 蚊の鳴くような声でレーデリアが言った。こっちはこっちで泣きそうだ。


『マスタぁー……もう出発しても大丈夫なのでしょうか。我、不安で不安で』

「あぁ、すまん」


 俺はレーデリアにあらためて出発の合図をした。


 その直後――。


 ドン、と激しく大地が揺れた。


 バランスを崩したナーグが、出入口の外へと投げ出される。


「ナーグ!」


 俺は反射的に飛び出した。



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