11.エルピーダ孤児院救出戦


「……収まったか?」


 御者台で、俺はゆっくりと辺りを見回した。俺の右腕にしっかりとしがみついていたフィロエが、息を吐いて力を抜く。離れてはくれない。


 ウィガールースでもたまに地震は起こる。ただ、普通とは少し違う感じがした。ほんの数秒間という短い揺れ、地震の大きさもそれほどではなかった。


 これと似ているのは。

 例えば――そうだ。考えなしの冒険者が範囲炸裂魔法をぶっ放したとき。


「戦闘が起こっている……?」


 リマニの森を抜ければ、エルピーダ孤児院だ。

 まさか『パープルスライム』に続いて厄介なモンスターが襲ってきたのか。


「急いだほうがよさそうだ。フィロエ」

「はい。お任せを!」

「レーデリア、【閃突】で一気に道をひらく。森はあと少しだ。構わないから突っ走れ」

『あわわわわ』

「おいどうした」

『すす、すみません。我、このような地面が揺れ続ける事態に不慣れで……で、でも他ならぬマスターのご指示です! ゴミ箱らしく突っ込みます!』

「頼むぞ」


 目の前の樹が、フィロエの【閃突】によって勢いよく吹き飛ぶ。直後、レーデリアははじかれたように加速した。


 力強い馬の足と頑丈な車輪の音を聞きながら、俺はふと、さっきのレーデリアの言葉を思い出した。


 ――地面が、


 地震はもう収まったはずじゃないのか?


 視界が開けた。

 エルピーダ孤児院の白い建物が見えてくる。


 嫌な予感が的中していた。孤児院に、複数の鳥型モンスターが取りついていたのだ。


 孤児院の近くでは、冒険者と思われる数人のパーティが奮闘している。

 どうして冒険者が――いや、詮索せんさくは後だ。


「レーデリア!」

『はいいぃぃっ』


 声は情けないが突進力は本物の鉄馬車が、砂埃を上げながら爆走する。


 モンスターも、冒険者たちも、俺たちに気付いた。


 今まさに1匹を切り伏せた年輩の冒険者に俺は叫ぶ。


「孤児院に残された子たちはいますか!?」

「わからん! ワシたちも先ほど到着したばかりだ! あんたら、頼めるか!?」


 幸運なことに、冒険者の男は冷静な判断力を持っていた。突然現れた俺たちの意図を瞬時に察してくれた。


「しばらくこの場をお願いします!」

「この程度のモンスター、心配無用だ! 行ってくれ!」


 言葉に甘えて、レーデリアを駆る。


 自慢の『目』をこらす。鳥型のモンスターは『スパイラル』。わしそっくりの鋭いくちばしと爪が脅威だが、レベル自体は10とそれほど高くない。


 撃ち落とす方法を持っていれば、討伐できる。


「イストさん! 私も行きます! ばっちり回復してますから!」


 隣でフィロエが、エネステアの槍を抱えて鼻息を荒くする。俺は彼女の頭を乱暴になでた。


「もう少し我慢だ。子どもたちの姿が見えたらすぐに教えてくれ」


 孤児院はどんどん近づいてくる。


 レーデリアの結晶から、細くて短い鉄の棒を何本か創り出す。見た目なんか気にしている時間はない。

 1本を手に取る。いちばん手前を飛んでいた『スパイラル』を標的にする。


「スキル、【遠投】ッ!」


 鉄の棒を投擲とうてきする。足場が揺れるせいか少し狙いがズレた。それでも翼の根元を貫き、『スパイラル』は地に落ちた。


 俺でも倒せる。レベルアップの効果が間違いなく出ているのだ。


「やった! さすがイストさん」

『はわわわ、すみませんマスター! 我が揺れを消せなかったせいで狙いが……やっぱり我は気の利かないゴミ箱……ッ!』


 フィロエの称賛にもレーデリアの自虐にも今は反応しない。


 孤児院の敷地内に突入する。

 庭に子どもたちの姿はない。複数のスパイラルが石きの屋根を脚でしきりに蹴っていた。


「お前たち、借金取りみたいで気分が悪いなッ!」


 鉄の棒を続けざまに投げつける。モンスターが上空へ飛んで逃れる。


 その隙に正面玄関に取りつく。が、中から鍵がかけられていて開かない。当然の防御措置だ。フィロエとともに大声で呼びかけるが、返事はなく、鍵が開く気配もない。


 レーデリアに飛び乗り、建物を回る。


「イストさん、あそこ! 院長先生の部屋!」


 フィロエが指差す先で、窓越しに子どもたちが固まっているのが見えた。他の部屋と違って窓に鉄格子がはまっている。なるほど、あそこならスパイラルの攻撃にも少しは耐えられそうだ。


 暢気のんきに玄関まで回ってもらう時間はないだろう。


「フィロエ。子どもたちをできるだけ窓から離れさせろ。レーデリア。合図したら突っ込むぞ」


 レーデリアから飛び降りたフィロエが窓に駆け寄る。身振りと声で反対側の壁まで移動するよう指示をする。


 フィロエが走って戻ってくる。「行けます!」と叫んで御者台に飛び乗ってきた。


「レーデリア! バッチリ頼むぞ!」

『あわわわわ!? バッチリなんて我には我には我には無理無理ムリですぅううっ!?』


 突撃。


 俺はレーデリアの力を信じている。ここに来るまでに何度も大木たいぼくをなぎ倒しているのだ。壁のひとつやふたつ、ものの数ではない。


 果たして、絶妙な角度と力加減によって最小限の損壊で風穴があく。


「皆、こっちだ! 急げ!」


 小さな子を優先し、次々とレーデリアの中に乗り込ませる。


 最後はナーグだった。剣をしっかり握っているところを見ると、年長者として皆を守ろうとしていたのだろう。

 少し、見直した。


「ナーグ少年。ガビー院長はどこにいる?」

「それは」


 悔しそうに唇を噛む。


「俺たちを置き去りにして……逃げちまった。『貴様らが生贄いけにえになればいい』って。俺、すげえショックで……引き留められなかった」


 フィロエが手を差し伸べる。


「さ、あなたも乗って」


 フィロエが少年の肩を抱いてレーデリアの中に導く。


 時間がないのは、わかっていた。

 だが、俺はしばらくその場を動けなかった。


 頭の血管が破裂しそうなほど、ブチ切れていたからだ。


「ガビー……あのクソ野郎……!」


 俺は全力で叫んだ。


「地獄で100回喰われてしまえ!」



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