10.私がイストさんを護ります!

 

「は?」

「へ?」


 一歩、内部に足を踏み入れた俺とフィロエは、まったく同時に変な声を出した。


 それもそのはず。

 俺たちの前に広がっていたのは、孤児院が丸々収まってしまいそうなほど大きな空洞だったのだ。


 四方が岩壁だ。何百年も侵食が続いた洞窟の最奥部さいおうぶみたい、と言えばいいだろうか。


 洞窟と違うのは、天井に巨大な穴が空いていて、そこから青空が見えること。だから薄暗さや不気味さはいっさい、感じない。地面は芝生のような柔らかな草で覆われ、ちろちろと小川まで流れている。


 ――いや。ナニコレ。


 容量オーバーどころか、容量って概念そのものが迷子になってね?


「そうか。もしかしてこれが【空間拡張】のスキル」

『あ、あのぉ』


 すぐ近くにレーデリアの結晶が浮かんでいた。

 俺たちが呆気に取られているので不安になったのか、おずおずと話しかけてくる。


『マスター……我、また何か失礼を……?』

「なに言ってるんだ。失礼どころか、予想以上の力にびっくりしたよ。すごいじゃないかレーデリア」


 俺が手放しでほめると、フィロエも「うんうん」と何度もうなずく。


 ……何故かショックを受けたようにススッと下がるレーデリア。


『そんな……我が……『すごい』? この世で最も我と縁遠いはずの言葉が、どうして』

「大丈夫。ちゃんとほめてるから戻ってきなさい」


 この自己肯定感の低さ。これからちょっとずつでも直していってやらないとな。


 改めて内部を見渡す。


 温度、ちょうど良し。湿気も程良くさわやか。小川の水は透明度が高く、おそらく飲用しても問題はないだろう。陽当たりも良好で、草地は耕せば作物が育ちそうだ。

 人が暮らすのに十分な自然環境が揃っている。改めてスゲえ。


 さて、あとは――。


「家……だな」

「家、ですね」

『家……ですか?』


「ちなみに訊くがレーデリア、家をイチから創り出したりなんてすることは――」

『マスターのお力さえあれば何でも……ところで『家』とは?』


 そうか。元はモンスターだもんな。人間の生活様式なんて知らなくても当然だ。

 あまりに人間くさいから忘れてた。


「家ってのは、人間の住む場所のことだ。これからそれを創ろうと思う。協力してくれ、レーデリア」

『は、はいっ! マスターのためなら喜んで!』



◆◇◆



 およそ2時間後――。


「よし。こんなもんか」


 俺はレーデリアから手を離し、満足してつぶやいた。額の汗をぬぐう。


 空洞の中心に、白い建物がドンと鎮座していた。

 俺にとって、そしてフィロエにとっても馴染みのある家――エルピーダ孤児院がそこにあった。


「うわぁ!」

『マスター凄いです!』


 フィロエだけでなくレーデリアまではしゃいだ声を上げる。俺は苦笑だけ返した。


 ……さすがに疲れたな。これが副作用なんだろう。


 レーデリアのスキル【雫の釜】。どうやら生命力を変換して様々なモノを創り出す能力らしい。モノの姿形はマスターである俺のイメージが頼り。


 彼女が『我が力を最大限発揮するためには、やはり誰かの協力が不可欠なようで』と言ったのは、こういう意味があったのだ。


 まあ、『ちょっと疲れた』程度で家が建ったんだから、費用対効果としては十分すぎるだろう。


 目を輝かせて建物の中に入っていったフィロエが声を上げる。


「イストさーん! 家具とかってどうしたらいいですかー?」

「後で追加する。俺が知ってる当時と違うところもあるだろうから、お前が教えてくれ。フィロエ」

「わかりましたーっ。ベッドは一緒でもいいですかー?」


 ちょっと待て。


「お前はもう14歳だろう! 専用のやつ創るから、そこで寝なさい」


 返事がない。


 ……これもある意味、怖い物知らずのゆえか?


 俺は気を取り直して、レーデリアを呼んだ。御者台に出るにはどうしたらいいか尋ねると、すぐ近くの岩壁が開いた。外の景色と馬の後ろ姿が見える。


 相変わらず滝壺周辺は自然豊かで美しい。


 ――が、裏を返せばそれは、荷馬車が通れるような道が皆無であることを意味している。


「レーデリア」

『はい』

「もし俺が、真正面にある樹の密集地帯に突っ込めと言っ――」


 言い終える前に空中でガクブルし始めるレーデリアの結晶。

 やっぱ無茶な指示だよな。痛いのは嫌だろうし。


『わ、わ、我ごときゴミ箱が障害物をなぎ倒して突き進むなど、そんなおこがましい大それた真似……ッ!』

「そっちかい」

『えと。不可能ではないですが、やはり進みにくいのは確かです』


 ふむ。


 別に急ぐ理由はどこにもないが、いつまでもリマニの森で過ごすわけにはいかないだろう。開拓……うん、この滝壺に続く道ができれば、エルピーダ孤児院にいる子たちもきっと助かるはずだ。


 どうやって道を切りひらくか。レーデリアに突っ込ませるのはできれば避けたい。


 ……腹を決めるか。


「レーデリア。【雫の釜】を使うぞ。創ってみたいものがある」

『で、ですがマスター。体調は』

「もう回復した。それに、年長者の俺が身体を張らなきゃ示しがつかないだろ」


 たぶん、このメンバーで一番弱いのは俺だしな。


 ――それから20分後。


 建物の創造でだいぶコツをつかんでいた俺は、思ったより早く目的のモノを創り出すことができた。


 成果物を地面に並べる。スコップに、手斧――主に開拓に必要と思われる道具がほとんどだ。


 その中でひときわ異彩を放っていたのが――。


「槍……ですか? これ」

「そうだ」


 長さ1.5メートルほど。フィロエの背丈とだいたい同じくらいのショートスピアだ。刃の部分が斧のようになっているから、分類としては小型のポールアックスと言った方が正しいかもしれない。


 スラリとした美しい形を見て、「きれい……」とフィロエがつぶやいた。


「これをフィロエにあげよう」

「え!? ほ、本当ですか!?」


 俺はうなずいた。


 実は、レーデリアのスキルを知ってからずっと考えていた。フィロエに武器を――戦う力を与えるかどうか。


 俺は彼女を保護したのであって、駒として使いたいわけじゃない。【閃突】という強力な戦闘スキルを持つ彼女に槍を持たせるのは矛盾している。だから悩んだ。


 しかし、もう腹は決めた。


 フィロエには才能がある。

 ギフテッド・スキルもそうだが、良くも悪くも怖れない彼女の性格は『騎士』向きだと俺は思う。フィロエならば、いずれ名誉ある王国騎士団に入団できるかもしれない。


 武器にも、自分のギフテッド・スキルにも、今から慣れておいて損はない。


「この槍は、未来を自分で切り拓くために使って欲しい。お前にはそれを使いこなすだけの才能が、騎士の才能があると俺は思っている」

「イストさん……」

「ま、今は【閃突】の力を借りたいからって理由もあるが。……受け取ってくれるか? フィロエ」


 彼女はうつむき、槍を胸にぎゅっと抱いた。「嬉しいです。本当に嬉しいです。そこまで私のことを考えてくれて」と、声を震わせながら言った。


 目尻に涙が浮いた顔を、バッと俺に向ける。


「イストさんの気持ち、確かに受け取りました。私、イストさんに恥じない立派な騎士になって、ずっと、ずうっとイストさんを護ります」


 護るのは俺じゃなくていい、という言葉を俺は飲み込んだ。


 涙の粒をぬぐい、フィロエは笑顔になった。


「じゃあ早速、この槍に名前を付けてあげないと」

「ん? 名前?」

「はい! こんなに立派な槍なのだし、何よりイストさんがくれたものですから、こう、持っててテンションが上がる名前がいいなあ。そうだ! イストさん、こんなのどうでしょう? ヤリヤリヤリッチ――」

「やめてください」


 フィロエのネーミングセンス……ッ。



◆◇◆



 それから俺たちは、レーデリアが通れる道を作るため、樹々を伐採し地面をならしながら進んだ。その作業は同時に、聖なる滝からエルピーダ孤児院に続く新しい道を造ることにもなった。


 その際に大きな力になったのが、フィロエの【閃突】と新しい槍エネステア――結局俺が名付けた――であった。どんな巨木でも大岩でも、エネステアの槍から繰り出される【閃突】の前では薄氷はくひょうのようにもろかった。


 最初は調子よく【閃突】を放っていたフィロエだったが、しばらくして力尽きたのかへばってしまっていた。やはりギフテッド・スキルといえど、物事には限度あるのだ。それがわかっただけでも収穫だった。


 この日は森を抜けることができず、俺たちは一夜を明かした。


 久しぶりに、賑やかな夜だった。

 久しぶりに、穏やかな気持ちになれた夜だった。


 ……まあ、フィロエが俺の寝床を執拗しつように狙うのには困ったが。


 そして翌日。


 リマニの森をようやく抜けるというときになって、俺たちはある不穏な出来事に遭遇そうぐうした。


 地震が、起こったのだ。



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