9.よろしくお願いします、マスター


 不思議なもので、人の姿をしているわけでもないのに、レーデリアが深く頭を下げている様子が目に浮かんだ。


 モンスターが人と共存する――ギルドで得た知識によると、その前例はある。昔の資料だが、人間とモンスターがともに暮らす集落があったらしい。


 人間に友好的なモンスターは確かに存在するのだ。なら、問題はないだろう。


「いいよ。一緒に行こう」

『あ……ありがとうございまずうううう!』


 ――もし彼女が人間なら、きっと涙だけでなく鼻水まで流していただろう。


 隣を見ると、フィロエはにこにこと笑っていた。


「モンスターまで受け入れてしまうなんて、やっぱりイストさんは懐が深いな」

「悪いフィロエ。勝手に決めてしまって」

「私はイストさんの言うこと、やること、全部信じて従います。だからまったく問題ナシ! です」


 さすがにそれはどうかと。


「あ、それはそうと。ねえレーデリアちゃん」


 フィロエが声をかける。言葉遣いがくだけているのは、レーデリアを年下のように思ったからか。


「一緒に付いてくるって話だけど、いったいどうやって? あなたはその……箱、よね?」

『えとえと……すみません。我ごとき気にかけてもらって。実は我、変身能力を持っておりまして。ああ、本当に大したことないんですけど我ごとき!』

「へえ。どんなのに変身できるの?」


 レーデリアのネガティブ口調にも不満を見せず普通に接する。フィロエはやはり気遣いができる良い娘だ。


 それにしても、変身能力か。『モニタリング』で見たときはそれっぽいスキルはなかったな。モンスター固有の特殊能力なのだろうか。


『ええっと例えば――アレ?』

「どうしたの?」

『あ、あああああっ!?』

「ど、どうした!?」

『すみませんすみませんすみませんッ! やはり我はゴミ箱以下ですッ! 確かに変身できると思ったのに、変身後の姿を綺麗さっぱり忘れてしまいましたァッ! こんな我がおふたりのお供なんかできるわけがないですうぅ!』

「泣かない泣かない」


 フィロエと二人で落ち着かせる。

 俺はできるだけゆっくりと言った。


「自分のことを覚えてなかったんだ。仕方ないさ」

「けど、実際どうしましょう。レーデリアちゃんがこの姿のままだと、動くに動けないのでは。さすがに私たちで持ち運ぶわけにはいきませんし」

『あの……どんなものに変身させたいか教えて下されば、何とかなるかと』


 おずおずとレーデリアが進言する。なんだ、それなら簡単だ。


『ですがそのためには、おふたりのうちどちらかに……その、我の主様あるじさまになっていただく必要がありまして』

「あるじさま? レーデリアちゃん、それって主従契約ってこと?」

『はい……我の本能、みたいなものなのですが。我が力を最大限発揮するためには、やはり誰かの協力が不可欠なようで。もちろん、我のようなゴミ箱なんぞ願い下げだということは重々理解しているのですが』

「誰もそんなひどいこと言わないよ。じゃあ、はい。イストさん、どうぞ。レーデリアちゃんの主様になってあげてください」


 当然のように勧めてくるフィロエ。


「イストさんは適任ですから。これ以上ないほど」

『ぜ、是非ぜひに!』


 レーデリアにまで前のめりになられては、了承するほかない。

 それに、俺にはレーデリアに名付けをした責任もある。この子をこのままひとり寂しく朽ち果てさせるわけにはいかない。


「わかったよ。それで、どうすればいいんだ?」

『我の結晶に手を当てて、後は我が必要な作業をしますので、最後に『許す』と一言頂ければと。ああ良かった……主従契約のやり方は覚えてて』


 一抹いちまつの不安を覚えながらも、俺はレーデリアを信じて言われたとおりにした。


 結晶からあふれた細かな光の粒が、てのひらを通して俺の身体にまとわりつく。けれど、決して不快ではなかった。


 じっとしているにはそこそこ長い時間――10分くらいだろうか。ようやくレーデリアが声をかけてきた。


『お、終わりました。では最後に……我は汝、イスト・リロスを生涯の主として仰ぎ、我が力のすべてを主にささげ、いついかなるときでも主とともにあることをこいねがう』


 すごい文言だなと思いながら、俺は契約の言葉を口にした。


「許す」


 光がパァンと弾ける。


 結晶に触れていた手を握ったり開いたりしてみた。特に身体に変わったところはない。


「終わったのか?」

『は、はい。これで我との主従契約は完了しました。ふ、ふつつか者ですが、これからもどうかよろしくお願いします。

「ああ、よろしく」


 それから改めて、レーデリアをどんなものに変身させるか考える。

 フィロエが言った。


「イストさんは、何か良い案がありますか?」

「ひとつな。『至聖勇者の鉄馬車』なんてのはどうだ? 過去に当時の魔王を討伐して英雄になった人が乗っていた馬車なんだけど」

「おお! かっこよさそう!」

「ギルドの過去資料では馬も荷車も特殊な鉄でおおわれていたらしい。今でも外見を真似まねてる馬車をたまに見るから、レーデリアが変身して街に入っても悪目立ちはしないはずだ」

「そこまで考えてるなんてさすがです!」


 フィロエの称賛に苦笑する一方、俺は少し不安を感じていた。


 本当は絵を描いて見本を見せたいところだが、あいにく、そうした道具は持ってきていない。

 頭に思い浮かべただけでOK!――なんて都合の良い話ではなさそうだから、言葉だけでちゃんとイメージを伝えられるか不安だ。


 とりあえず記憶を掘り起こしながら特徴を伝えていく。


 シンプルで美しい、黒塗りの箱型荷台。

 決して壊れることのなかったという頑丈な四つの車輪。

 そして最大の特徴である、全身の要所に金属防具をつけた大きな漆黒の馬。


『できました』

「早いね!?」

「うわぁ、すごい! かっこいい!」


 フィロエが手を叩いて歓声を上げる。


 そこには、まさに俺が資料で見た『至聖勇者の鉄馬車』そのものがあった。滝から流れ落ちた聖なる水が飛沫しぶきを上げ、そこに小さく虹がかかっている。鉄馬車に変身したレーデリアに神々しいまでの『それっぽさ』を与えていた。


 いや、これはまいった。びっくり。驚嘆きょうたんモノだ。


「話の内容だけで、よくここまで完璧に再現できたなあ」

『えへへへ……不安だったけど、良かった』


 馬の額の位置に移動した結晶からレーデリアの照れた声がする。


 がちゃん、という音とともに荷台の扉が開いた。


『とりあえず、中にお入り下さい、マスター。それからフィロエも』


 これほどの変身能力を見せてくれたレーデリア。期待が高まってきた。

 内部はいったい、どうなっているのだろう?


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