6.強欲な男を言い負かす


 エルピーダ孤児院現院長、ガビーはにこやかな表情を崩さない。その視線はまっすぐ俺の方に向けられている。


 俺は何事もなかったかのように答えた。


「はじめまして。私はイスト・リロス。昔、この孤児院でお世話になっていた者です」

「それはそれは。遠路はるばるご苦労様です」


 ガビーも穏やかな口調のまま受け答えをする。


 けれど。


 俺は彼の『目』が気になっていた。


 笑っているのに、笑っていないと言えばいいのか。丁寧な口調とは裏腹に、彼は俺を歓迎していないと感じた。


 俺は内心で頭を抱えた。ギルド【バルバ】で働いていたとき、腹にイチモツもニモツもあるような連中と接してきたせいか、他人の悪意にはそれなりに敏感になっていたのだ。


 ガビーはナーグの惨状に見向きもしていない。「大丈夫か」の一言もないのだ。少年をモノか何かと同じと考えているのだろう。


 フィロエが控え目に俺の袖を引いて、何かを訴えかけるように首を横に振った。「この人の言うことを真に受けてはいけない」と無言で伝えようとしているのだと俺は理解した。


 俺はフィロエにうなずき返した。「心配するな。わかってる」と小声で伝える。


 ガビーに丸め込まれてはいけない。俺は早々に要望を突きつけることにした。


「ガビー院長。私はこの子、フィロエを引き取ろうと考えています」

「それはできませんなあ」

「ほう。なぜです?」

「孤児院の子どもたちは、皆私の管理下・・・・・にありますので。連れて行かれるなら、それなりのお心遣いをしていただかなければ」

「心遣い?」

「リオ金貨4枚でいかがでしょう」


 高級通貨でこの枚数なら、王国首都で一家が二ヶ月は暮らせる額だ。控え目に言って無茶苦茶だ。

 おそらく、俺が相場に疎いただの素人だと踏んでふっかけてきたのだろう。


 俺が応えないでいると、ガビーは本性を現した。


「わからない方ですね。孤児院の子はすべて私の所有物。もちろんそこの娘もそうです。それを連れて行くというのなら、相応の代金を支払ってくださいと言っている」

「まるで商品扱いですね」

「当然でしょう。誰が養っていると思うのか。必要経費を稼がなければ割に合わない」


 もはやガビーの顔から笑みは消えている。

 濁った目を隠そうともしない。


 こいつ。孤児院を人身売買の隠れみのにしているのか。


 そのとき、ナーグの後ろにいた2人の少年少女が揃ってガビーに何かを告げた。最初はうつとうしそうに眉をひそめて聞いていた院長だったが、少しして大きく目を見開いた。


「ほうほうほう。それはそれは」


 再び顔を綻ばせるガビー。今度は来客用の愛想笑いではなく、底意地の悪さを感じさせる下卑た笑みだった。


「どうやらその娘、凄まじいスキルを使うようですな。失礼。私としたことが所持品の価値を見誤っていたようだ。改めて、娘を連れて行くならリオ金貨50枚! きっちりお支払いいただきましょう!」


 俺は思わず天をあおいだ。


 いきなり10倍以上に値をつり上げたこともそうだが、よくもまあこんな非道なことをわるびれもせず言い放てるものだ。


 呆れや怒りを通り越して虚しくなってくる。


 世の中には、ギルドの同僚たちよりもひどい人間が存在していたのだな。よぉっくわかった。勉強させてもらったよ。


 決めた。

 フィロエだけでもこの孤児院から連れ出す。


「ガビー院長。それは聞けない話です」

「なんですと?」

「私は前院長から、エルピーダ孤児院を引き継いでくれないかと言われた人間なのです。今回は様子見に来ました」


 ガビーが驚きに固まる。


 もちろんハッタリ。だが半分は本当の話だ。

 10年前、孤児院を出るときに前院長先生が言ってくれた。『イスト君は真面目だから、大人になったら孤児院を手助けしてくれると嬉しい』と。正式な契約ではないし、別れ際の雑談の類だから何の効力もない。


 けれど、俺は前院長先生の恩に報いたいと思っている。


 フィロエに手を差し伸べることがせめてもの恩返しだと俺は思った。


「こう見えて私、ギルドに勤めていた経験がありまして。法にはそこそこ馴染みがあるんですが」

「……!」

「院長先生のお召し物を見るに、どうやら資金には困っていないご様子。一方で、子どもたちの身なりや体調は、お世辞にも良いとは言えません。孤児院において職員等が子どもたちを虐待することは厳に戒められているのを、まさか知らないわけではないですよね」

「それは。その、よく聞く話ですからな」


 脂汗を流し、挙動不審になるガビー。


 そのとき、彼の首にかかったペンダントが見えた。その派手な装飾を目にしたとき、俺はガビー院長に抱いていた違和感の正体に気付いた。


 俺は奴の目をしっかりと見据みすえながら一言、一言を叩き付けた。


「子どもたちをモノ同然のように扱うことがどれほどの罪になるか、失礼ながらあなたは理解していないようだ。子どもたちの未来を閉ざすような真似は二度としないで頂きたい。よろしいですね?」

「くっ……!」


 苦虫を噛み潰したような顔をする現院長。


 これほどがめつい男のことだ。俺のハッタリにも薄々気付いているだろう。

 にもかかわらず強く反論してこないのは、万一にも公的機関に詳しく調べられる事態になることを避けたいからに違いない。


 俺は駄目を押した。


「それからもうひとつ。その首のペンダント、盗品リストで見たものとよく似てますね。初めてお会いしたとき、どうりで気になると思っていました。あらぬ疑いをかけられる前に、どうか真っ当な運営に戻られますよう」

「うぐぅっ!?」


 俺はガビーから視線を外し、いまだ呆けたままへたりこんでいるナーグを見た。


 ――今の俺に、彼らまで養う余裕はない。


 偽善だと理解しながら、俺はナーグ少年に声をかけた。


「そのままでは風邪を引く。早く部屋に戻りなさい」


 最初の威勢はどこかに消え失せ、少年は連れと一緒にすごすごと引き上げていった。


 それから俺は改めてガビーと話し、フィロエを引き取ることで合意した。もちろん、金銭の受け渡しは一切なしだ。


「後継者、か」


 ガビーの後ろ姿を見送りながら、自分の言葉を噛みしめる。


 虐げられている子どもたちを支え、才能を伸ばし、やがてそれぞれの道へと送り出す。


 恩師が目指していた孤児院の姿だ。


 後継者だって言ったときはハッタリ半分だったけれど――本気で、やってみようかな。


 ギルドで培った知識と経験、そしてギフテッド・スキル【覚醒鑑定】を使って、フィロエのような子どもたちを救うのだ。


 それが俺なりの、先生への恩返しになるかもしれない。


 頑張ろう。

 今はまだ、何もない状態だけれど。

 今日、ここからが俺の新しいスタートだ。 


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