第44話:案外やれるじゃん、俺
「ちょちょちょっと待て鬼頭」
「待たねぇ! メーンッ!」
バシッと音が鳴る。打ち込んできた鬼頭の竹刀を、俺は竹刀で受けて防いだ。
よし、感覚が戻ってきている気がする。勝てるかどうかはわからないけど、これならまあまあいい勝負ができそうだ。
「ほぉ。なかなかやるな。でもこれはどうかな……メぇーンッ!」
今度は竹刀を横に振って鬼頭の竹刀をいなした。
「くそっ! やるじゃないか国定。もう完全に本気でいくぜ」
そう言って鬼頭は立て続けに面や胴、小手を狙ってくる。鬼頭も必死だ。しかし正直言ってかなり押されてはいるけど、有効な
鬼頭はぜいぜいと肩で息をして、焦った顔をしている。俺がここまでやれるとは思っていなかったんだろう。
「くそっ! くそっ!」
「必死だな鬼頭……」
「そりゃそうだ。長年想ってきた岸野を諦めなきゃいけないかどうかの瀬戸際なんだ。必死にもなるさ」
汗だらけの顔を歪めて鬼頭はそう言った。
そっか…… コイツも岸野を真剣に想ってるんだな。鬼頭って案外ピュアなヤツなのかもしれない。なんか逆に、俺がコイツの恋路を邪魔する悪いヤツに思えてきたよ。
さっき鬼頭が言ったような、これからも岸野をデートに誘うだとか、そんな話は認められない。だけど鬼頭が岸野を想う心を諦めろなんて言う権利が、本当に俺にあるんだろうか。
俺は……別に無理して勝とうとしない方がいいんじゃないか?
「メーンッ!」
心に迷いが生じているうちに鬼頭が打ち込んできた。俺は一瞬反応が遅れた。
しかし頭を横に振って、なんとか面の横を竹刀が擦るくらいでよけた。鬼頭の竹刀が俺の右肩にヒットする。
「ぐっ……あいたたた!」
肩にビリっとした痛みが走って、思わず竹刀をボトリと床に落としてしまう。
「なんだよ国定。弱っちいなお前」
「いや……うるせえ」
肩は一瞬ビリッときたけど、激痛ってほどじゃない。痛むことは黙っておこう。
そう考えて、俺は片膝をついて左手で竹刀を拾い上げた。そして右手に持ち替えたがしっかりと力が入らない。ちょっとまずいなこれ。
「右肩は大丈夫か、国定くんっ!?」
岸野が青い顔をしてそんなことを言ったもんだから、鬼頭は怪訝な顔をする。
「大丈夫かって大げさな。竹刀で打ち込んだくらい、防具も着けてるんだし…… ん? 国定お前、もしかして元々右肩を痛めてたのか?」
「いや、なんでもない。大丈夫だ。だから岸野も心配するな」
「いや、国定くん。やっぱりこんな試合はもうやめよう。そもそもキミが鬼頭くんに付き合って、こんな試合をやる義理もないんだし」
「俺はやめてもいいぜ国定。でもここでやめるなら、お前の棄権負けだな」
棄権負け。そんなのは嫌だ。勝つにしても負けるにしても、俺もちゃんと勝負をつけたい。鬼頭にとってもきっとその方がすっきりするだろう。
「いや、大丈夫だ。やろう」
俺が力強くそう言うと、姫騎士さまは「国定くんがそう言うなら」と納得してくれた。
そして再び道場の真ん中で、お互いに竹刀を構えて向き合う。そして岸野の「はじめっ!」の声で試合を再開した。
「メーンッ!!」
鬼頭はバカの一つ覚えみたいに、また面を狙ってくる。しかし今までよりも竹刀を振るスピードを上げてきた。俺は必死になってよけたが、完全にはかわしきれずにまた右肩にヒットする。
「グッ……」
思わず竹刀を落としそうになったが、ぐっとこらえる。ちゃんと竹刀を握れないような状態なら、試合を続けることはできない。
「ああ、すまんな国定。また右肩に当てちまったよ」
「あ、いや、大丈夫だって言ってるだろ。気にすんな」
「ああ、そうだったな。
そしてまた試合再開。
「メーンッ!!」
「ウグッ……」
鬼頭の面をよけたけど、また完全にはよけきれずに俺の右肩にヒットした。痛みが走り、さらに握力が弱くなるのを感じる。
なんだよコイツ。もしかしてわざと狙ってるのか?
いや、まさかな。きっと鬼頭は鬼頭で必死なんだろう。鬼頭の岸野への想い。それを考えると、変に疑ったりすべきじゃないよな。完全によけきれないのは俺が悪いんだし。
まあとにかく変なことは考えないで、正々堂々と戦おう。俺は一方的に押されていて、一つも攻撃を出せていない。
そう考えていたら、横から岸野が鬼頭に向かって厳しい顔つきで問い詰めた。
「鬼頭くん。キミはわざと国定くんの肩を狙ってるだろう」
「なにを言うんだ岸野。そんなことはしていない。それに国定は肩がどうかしたのか? さっき大丈夫だって言ってたし、俺がコイツの右肩を狙うメリットなんかなんにもないだろ?」
「なんだと? 嘘をつくな!」
岸野はなぜか、激高するような声を上げた。
鬼頭は確かに疑わしいところはあるけど、本人はわざとじゃないって言ってるんだし、嘘だって決めつけることもないんじゃないか。
「まあ待てよ岸野。鬼頭はそう言ってるし、ここは信じてやろうよ。お前ら男子と女子の剣道部主将同士なんだし、それくらいの信頼はできるだろ?」
俺がそう言うと、姫騎士さまは「くっ……」と顔を歪めて、信じられないような言葉を口にした。
「私は……こんなやつ信頼できない!」
「ええ? なんだよ岸野。酷いなあ。俺、今までお前にそんな信頼を失くすようなことをしたか? 高校入学以来ずっと一緒に剣道部やってきたけど、別に何もしてないだろうよ」
姫騎士さまは肩をすくめる鬼頭の顔をじっと見つめている。そして何かを深く考えるようにしばらく無言が続いたあと、彼女は口を開いた。
「中学三年の大会の時、貴様は走っている国定くんにわざと足を伸ばして、引っかけて転倒させただろ。二年の時に国定くんに負けたキミは、国定くんが途中棄権したおかげで三年では優勝できた」
──え? なんだって? 鬼頭が俺に足を引っかけた? マジか?
「はっ? 岸野、お前なにを言ってんだよ? そ、そんなこと俺は知らねえよ。俺は俺の実力で優勝したんだ」
「とぼけるな鬼頭くん。同じ剣道部ではあるんだし、私も本当はこんなことを明かしたくはなかった。貴様がこんなことをしなければ、ずっと黙っていようと思っていたんだが仕方ない」
「だから俺は知らねぇって。誰がそんなことを言ってるんだよ? そんなこと言ってるやつがホントにいるんなら、そいつをここに連れてこいよ」
「とぼけても無駄だよ鬼頭くん。キミが国定くんに足を引っかけるのを目撃したのは私自身だ」
「えっ……? ま、まさか……」
鬼頭はそれだけ言って絶句してしまった。
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