第45話:勝負!

 鬼頭が俺に足を引っかけたのを目撃したのは、自分自身なのだと姫騎士さまは言った。


「えっ……? ま、まさか……」

「そうだ。あの時私が会場に居たことは、貴様は知らないだろうけど」


 鬼頭は絶句している。

 嘘だろ。俺が大好きだった剣道を諦めざるを得なくなった原因は、コイツのせいだったのか?


「おい、鬼頭。まさか、ってことは、やっぱお前が俺の足を引っかけたのか?」

「あ、いや……あの……その…… 違うって。ま、まさか岸野がそんな妄想みたいなことを言うなんて……って言いたかったんだよ」


 俺が問い詰めると鬼頭は明らかにオロオロしてる。間違いない。やっぱりコイツが犯人だったんだ。


「見苦しいぞ鬼頭くん。あの時キミは、国定くんが肩を強打して痛がっていたのもじっと見ていた。だからさっき私が国定くんに右肩が大丈夫かって聞いた時、キミはすぐに元々国定くんが肩を痛めていたことにピンときたんだろ?」

「いや……言いがかりはよせよ岸野。俺がやったっていう証拠はあるのかよっ!?」

「私の目で見た記憶以外に証拠なんかない。だがそんなものはどうでもいい。これは推理小説でもなんでもないんだ」

「は? どういうことだよ?」

「私ははっきりと見たし、はっきりと記憶している。だから鬼頭くんが認めようが認めまいが、私はキミがそういう人間だとわかっている。しかも今の態度だと、キミはそれを反省する気もないことがわかった。つまり……別にキミが犯人だと証明なんかしなくても、私がキミを好きになんかなることは、今後もずっとあり得ないってことだ。それだけだ」


 姫騎士さまはいつもの美しくて凛とした態度で言い切った。


 鬼頭はがっくりと肩を落として、蒼白な顔で呆然としている。何も言葉が出ないようだ。

 だけどこいつの姿を見ていると、不思議と腹が立つとか恨みに思うって気持ちが湧いてこない。


 なんでだ?

 自分でもよくわからないけど……

 

 腹が立つというよりも、鬼頭という男は可哀想なヤツだという感情しかない。自分勝手で姑息で。でもそのせいで、自分が想いを寄せる女の子から嫌われてしまってる。


 鬼頭はイケメンだしスポーツもできるんだから、もっと相手のことを尊重して行動したら普通以上にモテるだろうに。


「じゃあ国定くん、帰ろうか」

「いや、ちょっと待ってくれ姫」

「ん?」

「なあ鬼頭。試合はどうする? お前が最後までやりたいってなら付き合うぞ」


 俺もなんでそんな気になったのかはイマイチわからない。でもこのままじゃ鬼頭もスッキリしないんじゃないか。だからもしもコイツが最後まで決着をつけたいなら、それに付き合うのもいいかと思えた。


 鬼頭はちょっと疲れたような顔で俺をキュッと睨んでから「よし、やろう」と言った。

 姫騎士さまを見ると半ば呆れたような顔だったけど、何か俺の気持ちを感じ取ったのか、やれやれといった感じに苦笑いした。


 俺と鬼頭はまた道場の真ん中で竹刀を構えて、試合を再開した。


「はじめっ!」


 岸野の掛け声と同時に、鬼頭がそれこそ鬼のような必死の形相で俺に襲い掛かってきた。


「メーンッ!」

「胴ぉぉぉっ!」

「小手ぇぇぇっ!」


 矢継ぎ早に竹刀を打ち込み、一本を取ろうとしてくる。

 鬼頭は俺を逆恨みしているのかもしれない。

 それともついえてしまった岸野への恋慕を払拭するために、俺を打ち負かしたいのかもしれない。


 俺はついさっきまでは負けて元々と思っていた。だけど今となってはそうはいかない。なんとしても勝って、さっき鬼頭が約束したように、コイツに岸野を諦めさせなくてはならない。


 わざわざそんなことをしなくても、鬼頭は岸野から引導を渡されたんだからそれでいい?


 ──いや違う。


 今のままだと鬼頭は岸野に嫌われ、その結果岸野を諦めざるを得なかったということになる。だけど俺に試合で負けたら、鬼頭は自らの意志で岸野を諦めるのだ。


 それが鬼頭にとってどんな意味があるのかわからない。けれども少なくとも、鬼頭が岸野のことを諦めるにあたって、自分の意志で諦めたのだという言い訳を用意してあげた方が、コイツにとって心の傷が少しでも軽くなるような気がした。


 だから俺は鬼頭のためにも、そして何よりも、彼が岸野を諦めると明言することで姫騎士さまを安心させるためにも──俺はこの試合に勝たなければならない。


 そう思って俺は必死に鬼頭の攻撃に耐え、そして俺も攻撃を繰り出した。

 しかし俺の右手は、肩の痛みで肘が肩より上に上がらない。つまりスムーズに面を打つことができない。


 それがわかっている鬼頭は、胴と小手だけに集中して警戒すればいい。ただでさえブランクがあって、しかも肩を痛めている俺の打突だとつが鬼頭を捉えることは至難の業だ。何度攻撃を出しても、そのたびにすべて軽々と防がれてしまった。


 そして度重なる防御の動きのせいで、俺にはかなり疲れが来ている。試合時間は残すところあと一分ほどだが、最後まで耐えきれるかどうかも怪しい。


 やっぱり俺が鬼頭に勝つなんて、そんなことは無理だったのか……

 そんな気持ちがふと生まれて、審判員を務める姫騎士さまの顔を何げなく見た。


 岸野は審判役なのだから、もちろん俺に応援の声をかけるなんてできない。だけど真剣な顔で俺を見て、唇を動かした。


(がんばれ。キミならできる)


 ほんの短い時間だったが、岸野の唇はそう動いたように思えた。


 こんな状況でも、姫騎士さまは俺を信じてくれている。俺が自分を信じないでどうすんだ。なんとかしようぜ俺。


 岸野の顔を見たら、俺も悲壮な感じじゃなくてそんなふうに思えた。

 勝負を決められるのは一発きりかもしれない。疲れている今の俺じゃあ、何度も有効な攻撃を出すなんてできない。でもその一発にかけよう。


 そう考えて、全身に残る力を一気に出すことにした。


「いくぞっ鬼頭っっ!!」


 俺が叫ぶと、鬼頭は一瞬ひるんだ顔をした。


「胴ぉぉぉっ!!」


 胴に向けて竹刀を振る。しかし鬼頭は元々胴への攻撃は警戒している。竹刀を傾けて、ヤツは自分の胴を守る態勢に入った。俺は素早く竹刀を戻し、すぐに攻撃前の構えの態勢を取り直した。

 剣道は気合を入れた構えの態勢から、一連の動きをきちんとしないと例え竹刀で相手を打突だとつしても一本にならないのだ。


 そしてすぐに面を打つ動作に移る。ホントに俺が面を打つのか、鬼頭は少し戸惑った顔をしながら態勢を整え、少し上半身を引いた。

 しかし俺は右手を竹刀から離し、左手だけで上段から流れるような動きで面を打つ!


「メーンッッッ!!」


 鬼頭は驚いた顔をしたけれどももう遅い。通常の面よりもリーチが長く、そして通常の軌道とは違うところから伸びてくる俺の片手面が、鬼頭の面の右側を捉えた。

 バシッという心地よい音が道場内に響いた。


「一本っ!」


 審判役の岸野の声が響いた。同時に俺の側の赤い旗を岸野が挙げた。

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