第42話:あのさ姫……なんで?

 俺と姫騎士さまは正式に付き合うことになった。そしてもちろん加納とあおいには、そのことをちゃんと言わなきゃいけないねという話になった。

 加納は岸野と一番仲のいい友達だし、それにカフェJKでのバイト仲間でもある。

 あおいには、俺に好きな人ができたら絶対に言うって約束してたし。


 だけどあんまり話が広まるのはお互いに照れ臭すぎるし、他の人には言わないようにしてもらおうという話になった。


 そんな話をしていたら、岸野は「実は……」と、話を始めた。

 実は加納もあおいも、岸野が俺とうまくいくように応援してくれていたそうだ。特にあおいにはすごく感謝していると、岸野はしみじみと言った。


 さっき大潟とのいざこざがあった時に助けてもらったばかりか、俺を追いかけるように背中を押してもらったらしい。


 そうだったのか……

 あいつら……

 加納が俺と姫騎士さまをくっつけようとしているのは、なんとなくわかっていたけどな。まさかあおいまでそんなことをしてたなんて、全然思いもよらなかった。


 でもあおいがいなかったら、姫騎士さまは俺を追いかけて来ることもなかったってことだ。ありがとうなあおい。さすが長年の悪友だ。


 ところで──

 俺にはすっごく疑問に思ってることがある。


「あのさ姫」

「ん? なに?」

「姫は俺のことを好きだって言ってくれたんだけど……なんで?」

「え?」

「だって俺と姫って3年で初めて同じクラスになったけど、ウチにバイトに来るまでほとんど接点はなかったし。なんでかなぁ……なんて思ってるんだけど……」

「あ、それはね……えっと……どうしようかな……」

「ん? どうした?」

「いや……言うのがちょっと恥ずかしいなぁ、なんて思って」


 姫騎士さまはもじもじしている。話し方も表情も、夢の中と同じ『可愛いバージョン』だし可愛い。俺も夢の中の時みたいに、ちょっと意地悪を言ってみたくなる。


「なに言ってんだよ姫。夢の中ではふにゃふにゃのデレデレで、恥ずかしいことをいっぱい言ってたくせに。あれより恥ずかしいことなんてあるのかよ?」

「え?」


 岸野が一瞬きょとんとしたので、俺はニヤッと笑いを返してみた。


「いやぁぁぁぁん! 勇士くんのいぢわるぅぅぅ! だってあれは……だってあれは……夢の中だから、まさか勇士くんに伝わってるなんて思ってなかったから……ああああ、恥ずかしすぎるぅぅぅ!」


 ──あ、しまった。姫騎士さまは耳から首筋まで、ボッと火が出るように真っ赤になった。両手で顔を覆って、いやんいやんと首を横に振っている。


 俺の予想以上に、めちゃくちゃ恥ずかしかったみたいだ。これ以上いじめるのはやめておこう。


「あ、ごめん。……で、なんで?」

「あの……実はね……中学二年の剣道大会で、勇士くんが優勝した時から知ってるんだ」

「え? あっ、そうなんだ」

「うん。それで勇士くんを見て、めちゃくちゃカッコいいなぁ……って憧れてた」

「あ……ありがとう」


 いやいや、待て待て。確かにそれは、俺もめちゃくちゃ恥ずかしい。

 以前から憧れたなんて……そんなことを言われるとは思ってもみなかった。しかもこんな可愛い女の子に。


「私は当時は剣道弱くて、あんまり目立たなかったから……勇士くんは私を知らないと思うけど」


 そうだな。当時は岸野のことを全然知らなかった。


 ──ということは、それから頑張って上達したってことか。


「勇士くんに憧れて、私も強くなりたくて、一生懸命練習したんだ」


 そうなんだ。それは嬉しいことを言ってくれるよなぁ。まあ俺は中三の大会以降は剣道していないから、とっくに姫騎士さまに抜かれてるけど。


「でも良かった。あの憧れの勇士くんと、ようやく付き合えることができて」

「お、おう。俺もこんな綺麗で可愛い彼女ができて良かったよ」


 俺がそう言うと、岸野は肩を少しすくめて「えへっ」と恥じらった。

 出た! 姫騎士さま可愛いバージョン!

 うん、やっぱ可愛い。


 こんな感じで俺と岸野は正式に付き合うこととなった。

 そして岸野は学校では今まで通り凛々しい姿、俺と二人だけの時だけ可愛い姿を見せるという、まあなんとも嬉しいお付き合いが始まったのだった。



***


 俺は姫騎士さまと付き合い始めたこともあって、今回は真面目に試験勉強に取り組んだ。やっぱりあんまりカッコ悪い姿は見せられないからな。


 その甲斐があって、学年で最下位近かった成績は急上昇した。……と言っても、まだ後ろから数えた方が早いのだけれども。


 それでも手応えは感じたし、これからもこうやって頑張ったら、もっと成績は上がりそうな気がする。

 うん、俺ってやっぱりやればできる子だ。


 ──いや、やる気が出たのはホント姫騎士さまのおかげだ。彼女には感謝しかない。


 試験期間が終わると、また部活が始まる。それまでは姫騎士さまと一緒に下校していたけれど、部活が始まると彼女は帰りが遅いから、一緒には帰れない。


 ──なんて言いながら。


 サプライズで姫騎士さまを脅かしてやろうと、部活が再開された初日に、俺はこっそりと校門の横で彼女を待っていた。


 校門を出たところで、部活が終わって下校する生徒の流れを眺める。そのうち剣道部員の何人かが校門から出てきた。

 だけど岸野の姿は見えない。


「あれっ? 国定。こんなとこで何してんの?」


 声の主は加納だった。加納が出てきたということは……と考えて周りを見回すけど、姫騎士さまの姿は見当たらない。


「あ、もしかして姫ちゃん……」

「しぃっ! 声がでかい」

「あ、ごめん。そうだったね」


 俺と姫騎士さまが付き合っていることは、加納とあおい以外には大っぴらにはしてない。それは加納も知っているから、ハッと気づいた顔をした。


 まあこんなところで待ってて一緒に帰ったらいずれは噂になるだろうけど、そこはなんというか、大きな声でそんな話をするのは照れ臭い。


 だから加納は少し声を抑えて、俺に教えてくれた。


「姫ちゃんさ。道場からは私と一緒に出てきたんだけど、そこで鬼頭キャプテンに話があるって呼び止められてさ。道場のところで、まだ二人で話をしてると思うよ」

「鬼頭と……?」


 二人きりで話?

 なんの話だろ?


 もうちょい待ってたら来るかな。

 でも鬼頭と二人で来るのを待ち構えてるってのも、なんだか嫌だな……


「ねえ国定。姫ちゃんを迎えに行ったら?」

「え? 迎えに? いや、いいよ。だって鬼頭といるんだろ?」

「なに言ってんだか。そんなに不安そうな顔しちゃって」

「いや別に不安な顔なんて……」

「あはは、私に誤魔化さなくってもいいから。それに鬼頭キャプテン、なんかただならない雰囲気だったから……やっぱ迎えに行ってあげた方がいいよ」


 そうなのか。確かに不安な気持ちもあるし、迎えに行くか。


「そっか……ありがとう加納。じゃあ迎えに行くよ」

「うん。がんばれ勇者殿。お姫様を助けに行くのだっ!」


 おいおい。助けにって……別に岸野が襲われてるわけでもなかろうに。


 俺はそう思いながらも、急いで道場に向かった。

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