第41話:そうだ。その手があった

 俺は戸惑いながら、目を閉じている美しい姫騎士の顔を呆然と見つめていた。


 姫騎士さまは俺にキスをして欲しがってる……かもしれない。だけどそうじゃない……かもしれない。

 女の子と付き合った経験のない俺には、どうしたらいいのかさっぱりわからない。ここでの選択を誤ったら、一生後悔しそうな気がする。


 ──うーむ……ならばやっぱり安全策で、なにもしないでおくのが一番いいな。そうだよな。うん、それがいい。


 そう思った。

 すごく心残りはある。だけどそれでいいんだと諦めようと思った時──

 まるで神の啓示のようにある考えがふと頭に浮かんだ。


 ──ぐだぐだ悩んでないで、姫騎士さまの気持ちを確かめろよ。


 え? そうだ。その手があった。

 そんな当たり前のことが、なぜ今まで考えつかなかったのか。

 やっぱり経験がなくて、俺はパニックになっていたに違いない。


 そうだよ。そうすりゃいいんだよ。それでだめなら仕方ない。

 姫騎士さまが俺に好意を持ってくれていることは間違いないんだから、焦らずにまたゆっくりと距離を縮めて行けばいいだけの話だ。


 そう考えて、俺は腕の中の姫騎士さまに問いかけた。


「姫……好きだ。だから……」


 岸野は黙って目を閉じたまま俺の言葉に耳を傾けている。


「キス……したい」


 岸野の瞼が、ぴくんと動いた。

 そして姫騎士さまはゆっくりと……


「うん」


 ……うなづいた。


 ──やった! オッケーが出た!!


 岸野の姿をよく見ると肩が震えている。


 あの凛とした姫騎士さまが、だぞ。

 普段の凛々しい姿からは、キスを求めるなんて絶対に想像がつかない姫騎士さまが。

 そしてキスをすることにおびえるなんて絶対に思えないあの姫騎士さまが。

 俺の言葉に頬を赤らめて、とても可愛く震えながら、こくんとうなずいたんだ。

 こんな姿、俺以外に見た男なんて他にいないに違いない。

 もう、めーっちゃくちゃ可愛くて仕方がない。


 俺はもう嬉しくて嬉しくて、嬉しくて嬉しくて。

 頭はくらくらするし顔は火照るし心臓はドキドキするし。

 身体中が爆発しそうな状態になっている。


 俺はゆっくりと姫騎士さまのピンクで艶々した唇に、自分の唇を近づけた。

 そして──


 ──チュッ


 唇と唇をゆっくりと合わせて、そんな可愛い音を鳴らしてキスをした。

 硬い顔をしていた姫騎士さまはキスをした瞬間ぴくっと震えたけど、そのあと俺の腕の中の彼女の身体から力が抜けたのを感じた。


 俺は自分の唇から、身体全体にすごく幸せな感覚が広がる。

 ああ……これがキスか。


 俺は感動に打ち震えた。




***


 なんとかキスはできた。だけどそれから先はどうしていいかわからず、一回軽くキスをしただけで顔を離した。そしたら姫騎士さまも目を開けて、目が合ってしまった。


 お互いにあまりに恥ずかしくて、わちゃわちゃしながら俺は岸野の上半身から腕を離して、少し距離を置いた。姫騎士さまも顔を真っ赤にしながら、まっすぐに椅子に座り直す。


 俺も岸野も、お互いに相手をチラチラと見たり目を伏せたりしながら、なんか変な空気が流れている。


 そこで俺はふと、まだちゃんと言っていないことがあるのを思い出した。

 だから背筋をちゃんと伸ばして、姫騎士さまの顔をしっかりと見て口を開いた。


「えっと……そういうことで、俺と正式に付き合ってもらえないかな?」


 姫騎士さまは一瞬きょとんと俺の顔を見たけど、急にはにかんだような顔になって、消え入りそうな声で答える。


「はい……喜んで……」


 あの凛々しい姫騎士さまが、こんなことを言うなんて!

 てっきり「うん」とか「わかった」って答えるのかと思ったら……こんなにおしとやかで、慎ましやかな態度とセリフ。どんだけ可愛いんだよ。


 俺はまた、ドキュンと胸を撃ち抜かれた。

 いったいぜんたい、今日何回目のキュンキュンなんだよ?

 もうダメだ。俺はどんどん姫騎士さまに溺れていく……


 やべ。もうちょっとシャンとしよう。

 ……そんなことを考えていたら、姫騎士さまがちょっと我に返ったような様子で訊いてきた。


「でも勇士くん。ホントにいいのか……な?」

「なにが?」

「だって私……勇士くんが好きなタイプの、可愛い女の子じゃないのに」

「なに言ってんだよ。さっきも言ったとおり、正義感あふれて凛々しい姫だけど、心の中とか本性はそんなに可愛いんだから、それがいいんだよ」

「そっか……ありがとう。でも私、学校では周りの目があるから、そんな可愛い態度でいるのは無理だと思う」

「あ、ああ……そうだな」


 確かに。誰だって今まで何年も積み重ねてきた自己イメージというものがある。

 それに誰だってよそ行きの姿と、心を許している時にだけ見せる姿ってものがある。

 家でいつもぐーたらしてるからといって、外でそんな姿を晒すなんてしないのと同じだ。


「別にそんなこと気にすんなよ。学校では今まで通りの姫でいいじゃないか」

「ホントに?」

「ああ、ホントに」

「うん、わかった。良かった……」


 姫騎士さまは心の底からホッとしたような表情をしている。

 ホントにそんなこと、そこまで気にしなくていいのにな。真面目な岸野らしいよな。


「じゃあ、勇士くんと二人っきりでいる時だけ、夢の中みたいな可愛い態度を見せてもいい?」

「え?」


 オレトフタリデイルトキダケ……カワイイタイドヲミセテモイイ……?


 なにそれ? これまたあまりに可愛すぎるんですけどぉぉ!


「あ、もちろん。それでいいよ。そうしよう」

「うん! ありがと勇士くんっ♡」


 姫騎士さまは満面の笑みで可愛く言って、まるで夢の中のように俺の胸に飛び込んできた。

 いやもうホント。

 俺は全身がとろけそうになる。

 やっぱり勇気を絞って告白をして本当に良かった。


 そんなこんなで、俺と岸野は正式に付き合うことになったのであった。

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