第38話:すべて知られていた

 私が夢の中で言った数々のセリフ。


 『ねぇ勇士くん。私のこと、ひめって呼んでくれますか?』

 『勇士くんに下の名前で呼ばれたら、私、すっごく嬉しいなぁ』

 『私もちょっとは、女の子らしく可愛くなりたいなぁ、なんて思ってるの』

 『勇者姿の勇士くん……カッコいい……』


 すべて私の気持ちが国定くんにダダ洩れだったってことだ。

 それはあまりに……あまりに恥ずかしすぎる。

 そして普段の私のキャラからは考えられないような、こんなことまで言ってしまってる。


 『嬉しいにゃん!』

 『きゃふん、言っちゃった』


 いや、こんなセリフなんてまだマシかもしれない。

 なにより一番恥ずかしいのは、現実の国定くんに伝わってるなんて思いもしなかったから、こんなことまで言ってしまった。


 『現実ならこんなこと絶対にできないけどね。夢の中だからいいの! 夢の中でも恥ずかしいけど、誰に知られるわけでもないから、がんばってこんなことをしてるのだぁ!』


 いや、国定くん本人にばっちり知られてたのに、こんなことを言ったってことだ……

 それに国定くんに『可愛い』なんて言われて、嬉しすぎて思わず抱きついて頬をすりすりしたこととか……





 …………


 …………


 …………





 ──いやぁぁぁぁぁぁぁん!

 ぜぇぇぇーんぶ、国定くんに知られてたってことだよねぇぇぇぇぇ!!


 ああああああああああ……

 もうダメ……しぬ……しんじゃう……


 恥ずかしすぎる、恥ずかしすぎる、恥ずかしすぎる!

 恥ずかしすぎて、しんじゃうぅぅぅっっっ!!!!


「おい、どうした姫。大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」

「あ、いや。国定くん、ひとつお願いがある」

「なに?」

「今から私は国定くんを殺して私も死ぬ。頼む。一緒に死んでくれ」

「はあ? なんだって!?」


 横を歩いていた国定くんはとってもびっくりした顔で立ち止まった。そして覗き込むようにして私の顔を見つめる。

 そりゃそうだろう。なんの脈絡もなくいきなり一緒に死んでくれなんて言われたら、誰だってびっくりする。


 だけど私はもう恥ずかしすぎて、そんな言葉しか思いつかない。

 いや、ホントに国定くんを殺そうなんて思ってはいないけれど。


「どうしたんだよ姫。なんでいきなりそんなことを……」

「だって……だって……」


 ああっ、もう恥ずかしすぎて何も言えない!

 国定くんの顔も見ていられない!


 私はとにかくここから離れたくて、思わず走り出した。


「ちょっ、待て! 待てったら姫! どこ行くんだよ!」

「いやぁぁ! 追いかけてこないでっ!」


 後ろで国定くんが呼び止めてくれるけど、もちろん止まる気になんかなれない。とにかくここから離れたいだけ。だから私はそのまま全速力で走り続けた。





 ──ハアハア、ゼイゼイ……


 息が切れて、もう走れない。

 仕方なく立ち止まって、両手を膝についてうつむく。

 いったいどこまで走ってきたんだろう?

 なにも考えないでただひたすら走ってきたから、ここがどこかよくわからない。


「姫。ようやく止まってくれたか」


 後ろからいきなり国定くんの声がした。


「えっ?」


 振り返ると肩で息をしている国定くんが立っている。


「国定くん……追いかけてこないでって言ったのに……なんで追いかけてきたの!?」

「だってここ、俺の家の近くだぞ」

「へっ?」


 ──うん、確かに。


 顔を上げたら、私がバイトに来ているカフェJKがすぐ近くに見えた。

 どうやら知らず知らずのうちに、こっちに向かって来ていたようだ。


 追いかけてこないでと言いながら彼の家に向かって走るなんて……私って、なんておバカさん。国定くんに対して、さらに恥ずかしい出来事を上積みしてしまった。


「こんなところで立ち話をしてたら、親父がカフェから出てきたら見つかってしまう。とにかくうちに入らないか?」

「それより国定くん。肩の痛みは大丈夫なのか?」

「ああ。姫が夢のことを知っていたのにびっくりしたし、急に逃げ出すもんだから驚いて、肩の痛みを忘れてたよ、あはは……あ、イツツ」

「だ、大丈夫かっ!?」

「ああ、大丈夫だよ。時々は痛みが走るけど、もうだいぶんマシだ」

「そうか……それはよかった」

「まあ、そういうことで、取りあえずうちに行ってゆっくり話そう」

「え……? いや、いい。私はもう帰る」


 国定くんと顔を合わせているだけでも恥ずかしいのに、さらに彼の家に入るなんて、そんなことはできっこない。

 もうこのまま家に帰るのが一番いい。そう思って、国定くんの横をすり抜けて駅の方に歩いて行こうとしたら……


「ちょっと待てよ姫」


 すれ違いざまにいきなり手首を握られた。国定くんの手はとっても暖かい。

 どきりと鼓動が跳ねる。


「そんな切羽詰まった顔したやつをこのまま帰せるかよ。心配すぎるよ。なあ、とにかく落ち着いて話そうよ」


 確かに国定くんからしたら、なぜ私が急に逃げ出したのかまったくわからないだろう。夢が繋がっていたのを、私も以前から知ってることにしているんだから。

 ホントは私が今それに気づいて、急に恥ずかしさがこみ上げていることなんて、彼にはわからない。


 それにしても……

 今の国定くんは、普段学校やバイトで関わる時よりもすごくフレンドリーだ。夢の中で接する時に近い。やっぱり夢で繋がっていることを私が知っているとわかったからだろう。


 国定くんはホントに心配そうな顔で私を見つめている。

 こんな訳のわからない行動を取る私に対して、彼はなんて優しいんだろう……

 国定くんに心配をかけてしまってる。彼はなにも悪くないのに。


「俺の家に来いよ。いいかな姫」


 国定くんは低くて落ち着いたとても優しい声で、囁くように言った。

 ああ、なんてイケボなんだろう……癒される。


「はい」


 思わず私は素直に答えて、コクンとうなずいていた。

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