第36話:あれは夢の中での彼の言葉

◇◇◇◇◇

<姫騎士さまside>


 やった! 国定くんのおかげで助かった!

 ありがとう国定くんっ!

 それと──


「蓮華寺さんもありがとう」

「いえいえ。逆に人質に取られるなんて、モブキャラみたいでカッコ悪かったよぉ」

「そんなことないよ。蓮華寺さんがいなかったら、私あっちの公園に引きずりこまれてた。蓮華寺さんのおかげでホントに助かった」

「姫騎士ちゃんにそう言ってもらえたら、あたしも嬉しいよ。まあでもゆーじのヤツ、がんばったよねぇ」

「あ、そうだね」


 改めて彼の方を見たら、肩を痛そうに押さえて歩き出した。

 どうしたのだろう?


 そう言えば……国定くんは、肩の痛みで腕が上がらないって言ってた。

 ──あ、いや。あれは夢の中での彼の言葉だった。


 え? もしかして、夢の中で彼が言ったことは、なぜか事実を伝えているのかな。

 正夢ってやつ?

 それとも国定くんの思ってることをテレパシーみたいに夢で見れるとか?


 ──いやいやいや。

 私はなにをバカなことを考えているのか。そんなことはあるまい。

 もしかして今竹刀を投げた時に、肩を痛めたのかもしれないな。


「国定くん……肩が痛そうにしてたけど大丈夫かな?」


 私が思わずそう呟くと、それに蓮華寺さんが答えてくれた。


「ゆーじね。中学校の時に大会でケガをして、それからずっと肩が痛くて腕をあげられなかったんだよね」

「え? そう……なの?」

「うん。だけどさっきはちゃんと腕を上げて、竹刀を投げたよね。びっくりしたよ。あたしたちを助けようと必死だったんだろうね、たぶん」


 そうだったんだ……

 ホントにありがとう国定くん。カッコよかったよ。


 私は国定くんが中学の大会の時にケガをしたことは知っている。その時のことは私も見ていたから。

 大会の最中に、試合の合間に道場内を急いで走っていた国定くんが突然転倒して、肩を強打してしまったのだ。そのせいで彼は勝ち残っていたのに途中棄権。二年生に続く二連覇の夢は途絶えた。


 でもそれが原因で、いまだに肩が痛いのは知らなかった。

 それってやっぱり夢の中で聞いた話が、ホントだったってこと。

 すっごい偶然だ……


 あ、そう言えば。

 さっき国定くんが私に『可愛く見せようなんて気にしなくていい』って叫んだ時。

 私のことを『姫』って呼んでいた。

 まるで夢の中の時のように──


「あのさ岸野さん。ゆーじ、ちょっと苦しそうな顔をしてたからさ。岸野さんが追いかけて、大丈夫かって声をかけてあげてよ」

「でも……私はこの竹刀をあの少年に返しにいかないと」


 剣道少年は用水路の向こう側でこっちを見ている。


「いいよ。それはあたしが男の子に返しとくからさ。岸野さんはゆーじのところに行ってあげてよ」

「えっと……国定くんとは幼馴染で仲良しの蓮華寺さんが行った方がいいのじゃないのかな?」

「え? だって岸野さん、ゆーじのことを好きなんでしょ?」

「へっ……?」


 なんで!?

 なんでバレてるのっ!?

 今すっごくびっくりした。

 心臓が止まるかと思った。


「学食で岸野さんを見て、ピーンときたんだ。さっきの態度を見てもそう。これでもあたし、結構勘は鋭いんだからねっ」


 蓮華寺さんは、ニヒっと笑ってる。

 あれ? 蓮華寺さんって、国定くんのことを好きなんじゃないの?


「それにさ。たぶんゆーじのヤツも岸野さんのことを好きだと思うなぁ」

「え? あ、いや……そんなことは……ないと思う」

「いやいや。あいつの態度を見たらわかるって。ゆーじとは長い付き合いなんだからね」

「そ……そうかな?」

「そうだよ。ところでさ岸野さん。ゆーじってヘタレでさぁ。いつもあたしが元気づけてあげてたんだよねぇ。でも、いい加減その役回りももう飽きちゃったよ。だからこれからは、それは姫騎士ちゃんにお願いしよっかなぁ、なんて思ってさ」


 蓮華寺さんはこんなことを言ってるけど、ホントにいいのだろうか?

 そう思って顔を見ると、まつ毛の長い綺麗な目を細めて、穏やかに笑っている。

 拗ねているとかではなくて、本気の本気でそう言ってくれているようだ。


「でも蓮華寺さんも国定くんのことを……」

「あははー よく勘違いされるんだけどねぇ。あたしとゆーじは幼馴染で悪友ってだけだから」

「そう……なの?」

「そうだよ。それにね岸野さん。幼馴染って関係は何もしなくても幼馴染だけどさ。でも彼氏彼女って関係は、少なくともどっちかが積極的にならないと、そういう関係にはならないんだよね。ニヒ」


 どっちかが積極的にならないと、彼氏彼女という関係にはならない……

 私が呆然として何も答えずにいたら、蓮華寺さんはニヤッと笑った。


「姫騎士ちゃんが行かないってなら、じゃあいいよ。私が行ってゆーじを抱きしめて癒やしてあげる。そしたら多分ゆーじのヤツ、キュンときて、あたしに惚れちゃうねきっと。姫騎士ちゃんはそれでもいいのかなぁ? ニヒヒ」

「あ、ちょっと待って蓮華寺さん! わ、私が行く!」

「あ、そう。じゃあ、そうしてちょ。行ってらっしゃぁ~い」

「あ……ありがとう蓮華寺さん」

「ふむ。礼には及ばぬよ、姫騎士ちゃん」


 蓮華寺さんって、やっぱり可愛い。それに凄くいい子。ホントにありがとう。


「じゃあ私、国定くんを追いかけていくよ」

「うん。気をつけてねぇ~ あたしはこの竹刀を、ちゃんと少年に返しとくから安心して」

「うん。ホントにありがとう」


 私はもう一度蓮華寺さんに頭を下げて、踵を返して走り出した。

 後ろの方では蓮華寺さんの声が聞こえる。


「おーい少年~っ! この竹刀、返すよぉ~!」


 チラッと振り返ると、蓮華寺さんは国定くんがやったように、竹刀をやり投げのように用水路の反対側に向かって放り投げた。

 そして──


 ──ボチャンという水音が聞こえた。


「あああっ! ごめーーーん! 届かなかったぁぁぁ!」


 用水路の向こう側では、少年が泣きそうになっている。


「ちゃんと弁償するから許してちょぉぉぉ~!」


 蓮華寺さんの悲痛な声を背中に、私は国定くんの元に一心不乱に走った。

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