第35話:痛い目に合わせるよ!

 なんとあおいが、叫びながら大潟おおがたの背中にショルダーアタックをかました。

 ドンっとあおいにぶつかられた男はよろけて、思わず岸野の手を離した。

 あおいはそのままデカ男の腰にしがみついて、動きを抑えようとしている。


「えっ? な、なんで……蓮華寺さんが?」

「たまたまよ。でもそんなこといいから、早く逃げてっ!」

「あ、うん」


 姫騎士さまが身体を翻して逃げ出そうとしたその時。

 大潟は身体をひねって、あおいの首に太い片腕を回し、そしてもう片方の手であおいの手首を後ろ手にしてねじり上げた。


「ちょっと待てよ姫騎士よぉ! こいつをほっといて、自分だけ逃げだすってか?」

「あいたたたた。ちょっと、痛いってばぁ! このバカぁ!」

「くっ……貴様、卑怯だぞ!」

「ほぉ、逃げ出す方が卑怯なんじゃないか?」

「その子を離せっ! さもないと痛い目に合わせるよ!」

「ほぉ、面白い。お前みたいな華奢なやつが、どうやって俺を痛い目に合わせるのかな? くっくっく……」

「くっ……」


 確かに岸野は剣道は一級品だけど、素手でデカ男に対抗なんかできない。

 今からでも走って向こう側に行くか、それとも……

 俺は周辺を見回して、街路樹の根本あたりを見た。竹刀の代わりになる木の枝でも落ちてやしないか……


 残念ながらそう都合よく、木の枝なんて落ちてなかった。

 うん、なるほど。この町の清掃局はいい仕事をしているな。


 ──なんて感心してる場合かっ!


 俺はもう一度周りを見回した。

 すると──あるものが目に入った。


「痛い目って言うのはな、こうやってやるんだよ」

「あいたたたたたっ!」

「蓮華寺さん大丈夫かっ!?」


 大潟はあおいの腕をさらにねじ上げた。あおいが顔を歪めている。

 急がなきゃ!!


「ちょっとごめんよ、ボク。それ、お兄さんに貸してくれないかな?」

「えっ? いいけど……」


 今から剣道教室に行くような感じの、剣道用の防具袋と竹刀袋を持った少年がたまたまそばを歩いていた。彼には申し訳ないけど、緊急事態だから許してくれ。


「おい岸野よ。そこで土下座して俺に謝れよ。そしたら許してやるぜ」

「くっ……わ、わかった……」


 俺は少年の竹刀袋から竹刀を取り出して右手に握る。

 この距離。たかだか十メートルほどだけど、届くだろうか。

 利き手の右腕は肩の痛みでうまく上がらない。だけども逆の左手では絶対にうまく投げられない。


 姫騎士さまの方を見た。

 彼女は下を向いて、膝を折ろうとしている。

 くそっ……できるかどうかなんて考えている場合じゃない。

 やるしかない。そうじゃないと、姫騎士さまの尊厳がへし折られてしまう。こんな道路の真ん中で、姫騎士さまに制服で土下座なんてさせやしない。


 俺は竹刀を右手に持って、やり投げをするように数歩ステップを踏んだ。


「岸野ぉぉぉ! 土下座なんかするなぁぁぁ!」


 俺の叫ぶ声に、姫騎士さまはびっくりした顔でこちらを向いた。


「え? え? え? く、国定くん、なんでここに?」


 竹刀を持った右手を、取りあえず肩より下の高さでテイクバックする。

 そしてしならせるように腕を振る。

 肩より上に、腕よ……上がってくれ!!


 ──ズキンっ!


 ウグッ……痛てえよ。

 肩辺りまで腕は上がったけど、やっぱ痛い!

 でも姫騎士さまとあおいを助けるためだ。


 このまま一気に投げてやるっ!


「岸野っ! 受け取れぇぇぇ!」


 右肩に衝撃的な痛みが走る。だけどなんとかこの竹刀を姫騎士さまに届けるんだ。

 さらに腕に力を入れて勢いをつけた。

 よし、なんとか腕が肩より上がってる!

 痛いけど、あとちょっとだ!


「行っけぇぇぇ! 姫騎士さまに届けぇぇぇ!」


 俺の手を離れた竹刀は、放物線を描いて姫騎士さまの元へと飛んでいく。

 途中で落ちるなよ。ちゃんと俺の想いを姫騎士さまに届けてくれよ。


「国定……くん……」


 竹刀はちょうど姫騎士さまの胸のあたりに届いた。彼女はそれを両手でしっかりと受け取る。でもなぜか、ちょっと戸惑うような顔を浮かべる姫騎士さま。


 それにしても右肩が痛てえよ。あまりに痛くて、頭が朦朧としてきたよ。

 だけど俺には、もうひと仕事残ってるんだよな。

 俺は左手で、痛む右肩をぎゅっと押さえながら叫んだ。


「姫ぇぇぇ~っ! 可愛く見せようなんて気にしなくていいぞぉっ! 凛々しい姫騎士さまの、カッコ可愛い天誅を俺に見せてくれぇっっ!」


 姫騎士さまは俺の言葉を聞いて、ハッとした表情を浮かべた。そしてすぐに、キュッと凛々しい顔になった。


「わかったよ勇士くん。見ていてくれたまえ」


 そう言った姫騎士さまは、あおいを前に抱きかかえた大潟に向かって、竹刀を前に突き出して走る。そしてあおいの首に回した大潟の左手目がけて、鋭いスピードで竹刀を打ち込んだ。


「小手ぇぇぇぇ!」


 ──バシィィンと音を立てて、竹刀はデカ男の右手の甲に鮮やかにヒットした。


「あいたっ! こ、こいつっ!」


 たまらずあおいの首から腕を離した大潟は、それでも岸野の顔を睨みつけた。

 ヤツのもう片方の手はまだあおいの手首をつかんでいて、あおいは逃げられない。

 そこに姫騎士さまの第二撃。

 顔面目がけて竹刀が襲い掛かる。


「天誅をくだぁぁぁすっ! めぇぇぇぇんんん!!」


 バシッと小気味の良い音が響いて、竹刀は大潟の顔面にヒットした。


「うげっ」


 思わず大潟はあおいの手を放して、額に両手を当てた。

 あおいは急いで姫騎士さまの方に逃げる。そして岸野の背後に隠れた。


 さすが姫騎士さま。落ち着いた太刀裁きで、あんなデカ男をモノともしていない。

 しかしまだ安心はできない。


「くそっ! しゃらくせぇやつだ! けどな岸野よ。木刀と違ってそんな竹刀なんて、大してダメージは受けないんだよ。お前から受けた痛みを、何倍にもして返してやる」


 大潟はそう言って、両手を挙げて姫騎士さまに突進していった。

 向かってくる大潟の額を狙いすまして、姫騎士さまの竹刀が連続で炸裂した。


「面っ! 面っ! 面っ! 面っ!……」


 なんと10連コンボ。

 全身が躍動するたびに、姫騎士さまの制服のスカートが揺れてカッコいい。

 さすがに大潟は「いってぇぇぇ!」と叫んで、額を両手で押さえた。


「こ、このやろう……」


 情けない顔をしながら睨む大潟を、姫騎士さまはグッと睨み返す。


「まだやるのか?」

「あ、いや……くそっ。今日はこれくらいにしといてやる!」


 大潟はそう言って、顔を歪ませた。そして突然、脱兎のごとく走って逃げて行った。

 大潟の捨て台詞。これくらいにしといてやるって、自分はぼろ負けだったくせに。


 コメディかよっ! ──ってちょっとおかしくなった。


「国定くん! ありがとう!」


 あのクールな姫騎士さまが笑ってる。

 これ以上ないくらいの笑顔で、こっちに向かって嬉しそうに手を大きく振っている。


 岸野もあおいも無事で良かった。

 ホッとしたら急に、無理をした肩の痛みを思い出した。


「うぐっ! いててて!」

「どうした国定くん! 大丈夫かっ!?」


 用水路の向こうから、姫騎士さまが心配そうにしてくれてる。


「ああ、大丈夫だよ。気にすんな。俺は先に帰るから、その竹刀はこの少年に返してやってくれよ」


 俺の横で、さっきまで姫騎士さまの竹刀裁きを熱心に見ていた少年を指差した。


「あっ、国定くん!」


 姫騎士さまは俺を心配そうに見ている。

 だけどホントは、頭がボーっとするくらい肩が痛い。

 とにかく家に帰って、ゆっくりしたい。

 そう思って俺は、駅に向かって歩き出した。


==========

【読者の皆様へ】

「剣道部員が素人相手に顔面に竹刀を打ち込んでいいのか?」

「暴力じゃないのか?」

「剣道少年がたまたま通りがかるなんてご都合主義だ」

「波瀾紡は童貞なのか?」

などといった様々なツッコミが想定されますが……

今回は「相手が襲ってきたので正当防衛」「相手は外で喧嘩をしているような危険な男」「あくまでフィクション」ということで、すみませんがこの辺はツッコみなしでお願いします(;^ω^)

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