第29話:女子剣道部主将の血が騒ぐのか?

 草の陰から、緑色の筋肉質の身体をした人相の悪いヤツが突然現れた。

 荒い鼻息で、ぶふぉふぉふぉなんて声を出している。

 そしてかすれたような声で「お前ら食い殺してやる」と言った。


 なんだアレ? ──ひえっ、オークじゃん!


 それはとてもリアルで、恐ろしい姿をしたモンスターだった。


「なあ、姫! あれ見ろ。オークだ! 俺たちを食ってやるとか言ってるぞ」

「ああ、そうだね。わくわくしてきたよ勇士くん」

「へっ?」


 横に立つ岸野を見ると、いつの間にやらきりっとした顔つきになっている。話し方もいつもの凛とした感じだ。

 やっぱり女子剣道部主将の血が騒ぐのか、こういう闘いの場面にわくわくしているようだ。


 オークなんてゲームじゃ雑魚敵だと思ってたけど、実物に出くわすとバカでかいし、めっちゃ強そうだ。俺たちが闘って勝てるのかよっ!?


「さあ勇士くん、共に倒しに行こう!」


 姫騎士さまがオークに向かって走り出した。彼女の足元の草がザザザと音を立てる。

 いや待てよ、岸野!


 ──って焦ったけど、よくよく考えたらここは夢の中だ。


 あまりにリアルな夢なんで、一瞬現実のようにビビってしまったけど、やられてもケガなんかしないだろうし大丈夫だな、たぶん。

 岸野と一緒にモンスター討伐するなんて、滅多にできない体験だし俺も楽しむとするか。


「よし、俺も行くぞ!」


 なんか楽しくなってきたぞ。

 しかしオークのすぐ近くまで寄ると、思った以上にリアルで、邪悪な目つきでこっちを睨んでる。こりゃ、ちょっとビビる。


 俺はオークの目の前で、つい立ち止まってしまった。しかし俺の前を走っていた姫騎士さまは、立ち止まることもなくオークに向かって斬りかかる。


「おい待て、姫っ! いくら夢の中だからって、無茶するなよ!」

「大丈夫だ、勇士くん! おおりゃあぁぁぁ!」


 両手で大上段に剣を振りかぶった岸野は、ジャンプしてオークに飛びかかると、頭めがけて剣を振り下ろした。剣からひゅんと風切り音が鳴る。

 しかしオークは姫騎士さまを睨みながら、ぶっとい腕を横にブンとひと振りした。ガツンと鈍い音が響いて、胴体を横殴りにされた彼女は身体ごと横に吹っ飛ぶ。そして姫騎士さまは地面に背中から倒れ込んだ。


「おいっ! 姫っ! 大丈夫かぁ!?」


 ──ななな、なんだこれーっっっ!?


 超本格的、異世界ファンタジーの世界に足を踏み入れてしまった。

 このままじゃ俺たち、マジでオークに痛めつけられるんじゃないのかーっ?


 俺は思いもよらない展開に呆然とした。


 オークはデカいガタイの割にはすばしっこく、地面に仰向けに倒れた姫騎士さまに走り寄って身体の上に馬乗りになった。両手首を地面に押さえつけられた岸野は、身体を左右によじるけど身動きができない。


 ──やべっ、助けなきゃ! ぼんやりしている場合じゃない!


 俺はロングソードをしっかりと握って、オークに向かって走り出した。

 オークのヤツ、にやりと笑ってごつごつした手を岸野の胸に伸ばしている。

 なんだコイツ? 姫騎士さまの胸を触ろうってのか?

 なんてスケベなヤツだ!?


「くっ……貴様、やめろ……」


 岸野は顔を歪めている。しかしオークは非情にも、手で岸野の胸アーマーをぐっと握りしめた。姫騎士さまが絶叫する。


「きゃぁぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉ!」


 うぉぉぉ、オークめっ、ホントに姫騎士さまの胸に触りやがった!

 なんてヤツだ! 絶対にゆるせんっっ!!


「こらぁ、おまえぇぇっ!! ぶっ倒してやるっ!」


 俺は姫騎士さまにまたがっているオークに向かって、ロングソードを振り上げる。

 姫騎士さまへのオークの蛮行を目にして頭に血が昇ってしまった。

 だから俺は、肩の痛みで自分は剣を振り上げられないことなんて、頭から飛んでしまっていた。


 しかしここは夢の世界だからなのか、幸いにして肩の痛みはない。だから肩より上に剣を振り上げて、全力で剣を振り下ろすことができた。

 剣はかなり長くて扱いにくいが、そこは俺の剣道の経験がものをいった。剣先は綺麗な軌道を描いてオークの頭めがけて近づいていく。


「おりゃぁぁぁぁ!」


 ──ガコォォンン!


 俺のロングソードはオークの頭頂部にヒットした。


「うぎゃああああ」


 緑色のオークは頭を抱えて、地面を転がりまわっている。

 結構な力で斬りつけたけど、倒すまでは至らなかったみたいだ。

 しかしオークがお腹の上から退いたおかげで、姫騎士さまはすっくと立ちあがった。


「貴様、許さん……」


 岸野は顔を真っ赤にして、オークを睨みつけている。

 オークも立ち上がり、俺と岸野を交互に睨んで警戒している。

 少しふらついているが、まだ闘えそうな感じだ。用心しないといけない。


 岸野は剣を握った両手にぐっと力を入れると、また最上段に剣を構えた。そして雄たけびを上げながら、オークに向かって行った。


「おおおりゃぁぁぁ!」


 緑色のモンスターは両手を挙げて構える。


 ──まずい。またあのごつい腕で、姫騎士さまが殴り飛ばされてしまうかもしれない。


 俺もオークに向かって全力でダッシュして、岸野よりも先にオークに近づく。

 オークのヤツは、同時に襲い掛かる俺と岸野のどちらに対応するか、迷っている。


 ──よしチャンスだ。


 俺はオークの胴体を目がけて、ロングソードを横に一閃した。

 ガシっと確かな手ごたえがして、オークはふらつく。


「オークめぇっ! 天誅を食らえぇぇっ!!」


 姫騎士さまが叫びながら、オークの頭を狙って斬りかかる。


 ──バシュっと音がして、剣がオークの顔面をとらえた。

 オークはもんどりうって、後ろ向きに倒れた。


 そのままオークは動かない……

 今度はどうやら倒せたようだ。


 無事にモンスターを倒すことができて、俺はホッとした。

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