第27話:姫騎士さまはちょっと不思議に思ってる

 その日の夜に俺が見た夢は、ちょっと今までとは毛色の違った夢だった。

 いや、最初はいつもどおりの夢で、公園のような場所にいた。今日の姫騎士さまはブレザーの制服姿だ。


「あのね、勇士くん。今日マックで、私のコスプレ姿を褒めてくれたでしょ。『めちゃくちゃ可愛かった。本音だよ』って。すっごく嬉しかったよ。ありがとう」

「いや、ホントに本音だからね」


 姫騎士さまの表情はすでにゆるゆるのデレデレモードだ。

 腰を少し折って、綺麗な顔を俺に近づけるようにして話しかけてくる。


「私ね、思わずやったぁ~って言いかけちゃった。なんとかごまかしたけどね、えへへ」


 うん知ってる。

 完全にバレてるよ。

 にへらと笑ったことも、完全にバレてるんだからね、岸野さん。

 全くごまかせてなんかなかったよ──って言いたいところだけど、岸野が落ち込みそうだから内緒にしとく。


「あっ、そうだ勇士くん。一つだけ、はっきり言っておきたいことがあるの」

「ん? なに?」

「剣道部主将の鬼頭くんのこと」


 鬼頭……この名前が姫騎士さまの口から出るなんて。なんだろう?

 俺はちょっと心の奥がざわつくのを感じる。


「勇士くんも気が付いてると思うけど、鬼頭くんは以前、私を好きだっていってくれたんだけど……」

「あ、うん。気が付いてる」

「でも私、その時にちゃんと断ったし、彼のことは何も思ってないから」

「あ、そうなんだ。アイツ、なかなかイケメンだけどな……あはは」


 別にそんなことは言う必要もなかったけど、なんて言うか……もしかしたら俺のコンプレックスかもしれない。情けない話だけど、ついそんなことが口をついて出た。


「イケメンとか関係ないよ。私、鬼頭くんのことは何も思ってないどころか……」

「ん? どうした?」

「正直に言うと、あんまり好きじゃない。なんか彼、自分勝手な感じがするのよねぇ……」

「そっか。そうなんだな」


 俺は鬼頭は剣道が強いことは知ってるけど、性格まではあんまり知らない。

 だからあの真面目で正義感が強い姫騎士さまに、そんなふうに思われるほど性格が悪いのかと驚いた。


 それと同時に、岸野が鬼頭のことを好きでもなんでもないってわかって、ホッとした。

 あ、いや。マジか。ヤバいな俺。そんなことでホッとするなんて、俺はやっぱり岸野のことをマジで好きになりかけてるってことだよなぁ……


「ところで勇士くん、なぜ藤ヶ谷君が東中ひがしちゅうだって知ってたの? ちょっと不思議に思ってるんだ」


 ちょっとほんわかした気分で姫騎士さまの姿を眺めていたら、突然息が止まるほど驚くような言葉が岸野の口から飛び出した。


「えっ? ……あ、いや、えっと……」

「そう言えば私、夢の中では藤ヶ谷くんが東中だって教えたよね。まさか夢の中で私が言ったことが、現実の勇士くんに伝わってる……とか?」


 ──ギクリ。


 心臓が口から飛び出すかと思った。


「いやいや、何を言ってるんだよ姫。そんな非現実的なことがあるはずないよな?」

「ん……まあそうよね。冗談だよ。でもそんなことがあったら面白いなぁって、ふと思いついたんだ。ファンタジー小説みたいで面白いでしょ?」

「あ、冗談か。そうだね、面白いね。でも、そんな小説みたいなことはあり得ないよね、あはは」


 なんだ冗談かよ。何を言い出すのかとびっくりしたじゃないか。ちょっと安心した。

 でも女の子って、男よりも勘が鋭いところがあるからなぁ。気を抜くわけにはいかないぞ。


「でもやっぱりなんか不思議」

「え? なにが?」

「夢なのに勇士くんがこんなにリアルだし、ホントに焦ってるみたいだし。夢の中なんて、今までだったらもっと適当な感じだったから」


 いや、やっぱこれまずくないか?

 このままこんな会話を続けていたら、色々と気づかれそうな気がする。

 この話題から話をそらせなきゃ。


「あ、そうだ姫。この前の魔法少女のコスプレも可愛かったけどさ、やっぱ姫が姫騎士さまのコスプレするのを見てみたいなぁ……なんちゃって」


 話題を変えるために、ふと頭に浮かんだ話題がコレだった。

 実際に岸野の姫騎士コスプレも見てみたいし、今こう言っとけば、来月のコスプレイベントでは今度は姫騎士さまになってくれるかもしれない。


「ホントに?」

「おう、ホントに。魔法少女の可愛いバージョンの姫と、姫騎士さまの凛々しいバージョンの姫、どっちもきっと素敵だろうなぁ」

「うっわぁ……ありがとっ!」


 姫騎士さまはニッコリ笑って両手を広げて、また俺の胸に飛び込んできた。そしてぎゅっと抱きついて、俺の胸に頬をすりすりとこすりつける。

 あの……やっぱぷにょぷにょしたお胸が、俺の胸に押し付けられてめちゃくちゃ気持ちいいんですけど……


「姫って案外大胆なんだな……」


 ついついそんな気持ちが口から洩れてしまった。岸野に言うつもりじゃなかったけど、彼女の耳に届いてしまったようだ。


「ううん。現実ならこんなこと絶対にできないけどね。夢の中だからいいの! 夢の中でも恥ずかしいけど、誰に知られるわけでもないから、がんばってこんなことをしてるのだぁ!」


 ──『してるのだぁ』って……可愛すぎる。


 でも姫騎士さまよ。

 誰に知られるわけでもないって言ってるけど、これ、当の本人である俺にバッチリ知られてるんですけどね……大丈夫か?


「もしも私がこんなことを考えてるなんて勇士くんに知られたら、恥ずかしすぎて死んじゃうけどねぇ。夢だから大丈夫」


 もしもこの言動が俺に伝わってると岸野が知ったら、こいつホントに恥ずかしさで死んじゃうかもな……

 俺と岸野の夢が繋がっていることは、絶対に知られないようにしよう。


 俺はそう心に誓った。

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