第26話:なにか私の顔に付いているかな?

 俺がふと視線を岸野の顔に戻すと……

 なんとあの凛とした姫騎士さまが。

 夢の中じゃなくて現実の姫騎士さまが──


 美しい顔を緩めて、にへらと笑っていた。


 マジか?

 岸野はちょいちょい、本心が漏れているようだ。

 彼女の本音を知らなかったらなんのことかわからないんだろうけど、本音がわかっている俺には、姫騎士さまのそんな些細な動きにも気づいてしまう。


 そんなことを思いながら、つい姫騎士さまの顔をじっと見てしまった。

 そうしたら岸野は急に表情をきりっと整えて、俺に訊いてきた。


「どうしたのかな国定くん。なにか私の顔に付いているかな?」


 いや、そのあまりにとぼけたような真面目な顏。事情を知っている俺からしたら、超絶可笑しい。


「あ、いや、別に。岸野が笑ってるなぁって思って」

「ん? なんのことだ? わ、私は笑ってなんかいないぞ。国定くんの見間違いじゃないのか?」


 まだとぼけるのか!

 いや、なんと言うか、とっても微笑ましいじゃないか姫騎士さま。凛とした姫騎士さまだけど、がんばってとぼけるとこなんか、結構可愛いところがあるよな。

 ますます愛らしく見えてくる。


「そうだな……きっと俺の見間違いだね。変なこと言ってごめん」

「あ、ああ。問題ない」


 とうとう岸野は視線を逸らしてしまった。

 きっとにへら顔を見られたのが恥ずかしいんだろう。


 そんな姫騎士さまの姿をほのぼのとした気分で見ていたら、お店の入り口から同じ高校の制服を着た、知った顔の男が二人入ってくるのが見えた。


「あ、鬼頭と……東中ひがしちゅうの後輩の藤ヶ谷ふじがや 裕太」


 姫騎士さまと俺の夢が繋がっているのどうかの検証に利用した藤ヶ谷。

 その彼の顔が思いもよらずに目に飛び込んできたものだから、俺は思わずそう口走ってしまった。それを聞いて、岸野と加納も入り口の方を振り返る。


「あ、ホントだ」


 加納は素直にそう言ったが、姫騎士さまはまた俺の方に向き直って、不思議そうな顔をした。


「国定くん。藤ヶ谷くんのことを知ってるのか?」


 ヤベ。つい後輩君の名前を口にしてしまった。


「あ、いや。加納に教えてもらったんだよ」

「なるほどね。そうなのか」


 姫騎士さまは納得してくれたようで、事無きを得た。

 ホッ……良かった。

 ──と思っていたら、今度は加納が不思議そうな顔で訊いてきた。


「あれ? でも国定。私、藤ヶ谷が東中だなんて教えてないよ。国定は彼のことを知らないって言ってたのに、なんで東中だって知ってんの?」

「えっ? そうなのか国定くん?」


 うわ、まずい!

 藤ヶ谷が東中出身だってことは、夢の中で岸野に教えてもらった情報だった……


 まさか夢の中で訊いたなんて言えないし、どうしたらいいんだ?

 俺は背中に冷めたい汗が流れるのを感じた。


「あ、いや……えっと……」


 俺がなんと答えたらいいのか迷っていると、鬼頭がこちらに気づいて近づいてくるのが目に入った。


「あれ? 岸野と加納じゃねえか」


 鬼頭はそう言った後に俺の顔をチラッと見た。なのに俺にはなにも言ってこない。

 中学の時から剣道の大会で顔を合わせていたし、高校に入ってからも同じ高校になったことをお互いに驚いたくらいだから、鬼頭は俺のことを知っているにも関わらずだ。


 この前カフェのコスプレイベントに鬼頭が来た時に、コイツはどうやら姫騎士さまに好意を持っているようなことを言っていた。

 つまり鬼頭にとっては、俺が岸野と一緒にいることが気に食わないんだろう。


「鬼頭キャプテン、おーっす!」


 加納が明るく鬼頭に手を挙げた。


「ちょうど私たち、もう帰ろうとしてたとこなんだ。ねっ、姫ちゃん」

「あ、ああ。そうだね。まあゆっくりしてくれたまえ鬼頭くん」


 姫騎士さまと加納はそんなことを言いながら席から立ち上がった。

 加納がトラブルを避けるためにそう言ってくれたんだ。

 だから俺も黙って席を立つ。


「そ、そうか……残念だな」


 鬼頭は岸野にそう言った後、俺をチラっと見てチッと舌打ちをした。


 ──うわ、怖えよ。


 俺は別に鬼頭に恨みはないし、鬼頭の恋路を邪魔するつもりなんてさらさらないんだけど……

 そりゃ鬼頭からしたら、岸野を以前から好きだったとしたら、俺は急に現れた邪魔なヤツだよな。

 姫騎士さまが俺に好意を持ってくれるのは嬉しいけど、鬼頭の恨みを買うのは嫌だな。

 あんまり岸野と仲良くしない方がいいんだろうか……


 そんなことを考えながら、俺は岸野と加納と一緒にマックを出た。

 まあでも、鬼頭が現れたおかげで、後輩君の出身中学の話は流れたから良かったな。



「じゃあ国定くん、また明日」

「ああ。岸野も加納も、気をつけて帰れよ」


 駅前で二人と別れて、俺は自宅まで歩いて帰る。


 それにしても──


 夢の中での姫騎士さまの言動が現実の岸野の気持ちだとわかってから、正直言って俺は岸野のことをどんどん可愛く思ってきている。

 できればもっと現実の姫騎士さまと仲良くなりたいなんて思っている。


 だけど鬼頭は、マジで俺に嫉妬してそうだよなぁ……

 以前から岸野を想っていた鬼頭にも悪い気がするし。

 俺、いったいどうしたらいいんだろ?


 そんなふうに心が揺れ動く俺だった。

 そして、その日の夜に俺が見た夢は──ちょっと今までとは毛色の違った夢だった。

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