第24話:俺の脳の中にない情報
「鬼頭と一緒に来たヤツ。あれ、剣道部の後輩?」
「あ、うん。そうだよ」
「彼の名前はなんて言うの?」
姫騎士さまはきょとんとした。
なんでそんなことを訊くんだろうって感じだ。
しかしこれは、俺にとっては極めて重要な質問だ。
そう。姫騎士さまと俺の夢が本当につながっているのか、完全に検証するために極めて重要な質問なのだ。
俺は彼の顔を初めて見た。まったく知らないヤツだ。それは間違いない。
そして剣道部員の名前なんて、同級生以外は一人も知らない。これも間違いない。
つまり彼の名前は、俺の脳の中にない情報。
それを目の前の岸野から、正しい情報を聞き出せたとしたら──
それはつまり、夢の中の姫騎士さまの言動は、現実の彼女とリンクしていることは100%の確定だ。
もちろんものすごく低い確率で、たまたま名前が一致するってこともあり得る。
だけどバイオレットリボンのことも合わせて考えたら、そんな確率は天文学的に低いはずだ。
「彼は
「ああ、藤ヶ谷くんか。いや別になんにもないんだけど、初めて見た顔だからさ。なんていう人かと思っただけ」
「そっか」
藤ヶ谷裕太くんな。
東中って言うと、鬼頭と同じ中学の後輩か。
フルネームで聞けたし、これが正解なら、もう偶然なんてあり得ない。
後は明日、学校で事実を確認するだけだ。
「あ、あのさ勇士くん。そんなことより……あの……えっと……」
「ん? どうしたの?」
岸野はトマトよりも真っ赤な顔でもじもじしてる。いつものきっぷのいい姫騎士さまはどこへやらだ。
「あの、その……勇士くんのコスプレも、すっごくカッコ良かったよ!」
「へっ……?」
なんと。
マジか?
信じられない嬉しいお言葉。
「きゃふん、言っちゃった」
姫騎士さまは両手で真っ赤な頬を押さえて、下を向いてしまった。
きゃふんって……可愛すぎるだろっ!
いやカッコいいって、もっと言ってもっと言って!
──ってせっかく期待したのに。
そこで目が覚めてしまった。うーん、くっそ残念だ。
もう朝か。
でも今日学校に行って、姫騎士さまに剣道部後輩の名前を訊けば──
いよいよ事実が明らかになる。
そう思うと、心臓の鼓動が高まるのを感じた。
◆◆◆◆◆
登校して教室に入ってすぐに姫騎士さまの姿を目で探したが、まだ来ていないようだ。
いや、たとえもう来てるとしたって、朝の教室内で気軽に彼女に声をかけるなんて勇気は俺にはないのに。
ちょっと気が焦ってるな。落ち着け俺。
そう自分に言い聞かせて席に座る。
「おはよー国定」
「えっ? ああ、おはよう」
急に女子の声がしてそっちを振り向くと、それは加納だった。
「昨日は楽しかったねぇー」
「おう、そっか。ありがとな加納」
加納はニコニコしている。
あのイベントがホントに楽しかったようで、そう思ってくれるバイトスタッフがいるのは、店としてもありがたい。
──そうだ。
加納も同じ剣道部なんだから、何も岸野に直接訊く必要はないか。
「あのさ加納。昨日店に鬼頭が来ただろ?」
「えっ? あ、あれはホントに鬼頭が勝手に来ただけで、私たちが呼んだんじゃないんだよー」
「わかってるよ。そんなことを言いたいんじゃない。鬼頭と一緒に来た後輩、なんて子?」
「あ、ああ。藤ヶ谷君ね」
──!!
加納の答えに、これ以上ないくらい心臓が跳ね上がる。
「藤ヶ谷君がどうかした?」
「あ、いや。どっかで見たことあるなぁって思ってさ。下の名前はなんだっけ?」
「藤ヶ谷裕太だよ」
キタぁーっ! ビンゴぉぉぉ!!
間違いない。
後輩の彼を見たことあるなんてのは、もちろん真っ赤な嘘だ。
これは──岸野と俺の夢が100%繋がってる。
もうドキドキが止まらない。
ちょっとヤバいくらいだ。
「あ、そ、そっか。や、やっぱ聞き覚えがないや。知らんヤツだな、あはは」
加納はきょとんとしてる。
そして急に思い出したように口を開いた。
「あ、国定。そんなことより私たちのコスプレどうだった? 可愛かったでしょ?」
「え? ああ、そ、そうだな。2人とも可愛かったよ。おかげでお客さんも大盛況だったし」
「でしょー! でさ、国定。姫ちゃんの魔法少女は、すっごく可愛かったよねぇ。どうどう?」
なんか加納は、凄くワクワクした顔で、ちょっと俺に顔を近づけてくる。
夢の中の岸野は本物の岸野と繋がっている。
そして明らかに俺に好意を持っている。
そこから考えるに、目の前の加納のこの言動は、明らかに岸野に対する俺の反応を探ろうとしてる──ってことか?
ど……どう反応したらいいんだ?
う……困った。どうしたらいいかわからん。
でもまあ……正直に言うのが一番か。
「ああそうだね。可愛かったよ……す、すごく」
「でしょでしょでしょーっ! むふふ」
加納は目を細めて嬉しそうだ。
こくこくと何度もうなずいてる。
「また姫ちゃんにも直接言ってあげてよね国定」
「あ、おう。そうだね。わかった」
加納は満足そうな顔で自分の席へと戻っていった。岸野を応援する気持ちでこんなことを言ってきたんだろうな。いいヤツだな加納。
それからしばらくして岸野も登校してきた。教室に入ってきた瞬間にチラッとだけ俺を見て、軽く会釈はしてくれたけど、特に何かを話しかけてくるわけでもない。
なんの用事もない中で、俺の方から岸野に声をかけるなんて俺にできようはずもない。
その後も結局、休み時間も昼休みも、岸野に可愛いって言ってあげるどころか、姫騎士さまと話すらする機会もなく一日の授業が終わってしまった。
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