第21話:コスプレイベント開催!

 コスプレイベント当日の朝。

 出勤してきた岸野と加納に、親父が紙袋に入ったコスプレ衣装を手渡した。そう。通販で買ったあの衣装だ。


 数日前に商品が届いて、昨日の土曜日に二人は衣装を試着したのだが、なぜか親父が『勇士にはまだ見せるな。当日のお楽しみだ』とか言ったせいで、俺はまだ見ていないのだ。

 だから二人のコスプレ姿は今日が初お披露目になる。どんな感じなのか、とっても楽しみすぎる。


 衣装入りの紙袋を受け取った二人は、着替えるために早速更衣室に向かった。


 俺と親父は既に家で着替えてから店に来たので、2人が着替えている最中もそのまま開店準備をした。


 親父は悪魔のコスプレ。

 とは言っても怖い感じではなくて、長くて途中で折れ曲がっている角が生えている、サターンくんという可愛い系のキャラだ。ちなみに全身黒衣装。

 店が始まったらそれにいつもつけているエプロンをするらしい。きっと違和感バリバリだろう。


 でも親父いわく、本格的な悪魔よりもこのくらい可愛い方が女の子にはモテるらしい。

 チョイスの基準はあくまで女の子にモテるかどうか。いい年して、相変わらずのスケベ親父だ。


 俺はお洒落なデザインの黒い詰め襟上着に、長めの剣を差して、金髪のカツラを被った。

 ゲームやアニメ世界に出てくる剣士のようなスタイル。

 コスプレ通販サイトの写真を見た時、カッケーと思ってこれにした。


 普段は地味でぱっとしない俺だけど、馬子にも衣装ってことで少しはカッコよく見えるかな……

 なんて思いながら店に来たんだけど。

 岸野と加納が出勤してきて、俺の姿を見た途端二人とも固まっていた。


 ちょっと気合いを入れすぎたかもしれない。

 普段の地味な俺の印象とあまりに違いすぎて、二人ともきっと引いたんだよなきっと。


「おお~っ! 姫ちゃんも澄香ちゃんもいいじゃないか! 二人ともすごく可愛いよ!」


 親父の突然の大声に、はっとして振り向いた。

 確かに二人とも可愛い。


 緑色の髪とミニスカートが眩しいボーカロイドの加納が嬉しそうに、ニッと笑ってる。

 うん、間違いなく可愛いよ。


 だけどその横に立つ、魔法少女姿の岸野。

 そのあまりの可愛さに、俺は目が釘付けになってしまって動けない。


 髪は艶々と光る黒い自毛をツインテールにしてバイオレットのリボンを結んでいる。

 腰できゅっと絞られた衣装が、岸野のスタイルの良さをさらに際立たせている。


 ふんわりとしたミニスカートから伸びる脚は美しく、黒っぽいニーハイソックスとの間の絶対領域は透けるように白くてエロい。

 普段の姫騎士さまなら絶対にはかないであろうミニスカート。


 整った顔や大人っぽさと愛らしさのギャップが予想通りに、いや予想以上に俺のハートに突き刺さった。

 いやもう、この姫騎士さまの魔法少女を拝めただけでも、生きてる甲斐があったっていうくらい可愛いんだが、どうしたらいい?


「あの……やっぱりおかしい……かな?」


 俺が無言でいたからか、岸野が眉尻を下げた不安そうな顔で訊いてきた。それに横から親父が返事する。


「あいや、すごく可愛いよ、姫ちゃん! なあ勇士」


 俺は岸野の可愛らしさにあてられて、ぼーっとした頭で答える。


「うん。すっごく……可愛いよ岸野」

「ひゃん」

「えっ? ど、どうした?」

「──ん? 何が?」

「何がって……今、岸野が変な声を出したから」

「何を言ってるんだね国定くんは。私はそんな声なんか出していない」


 はぁ? なんだって?

 岸野は涼しい顔をしてるけど、なぜか俺から目をそらした。

 あやしいぞ……

 確かに今、岸野は変な声を出したよな?


 あ──もしかして。

 夢の中のような、岸野のデレっ子モードが思わず漏れたとか?

 もしもホントに夢の中の岸野が本物と繋がっているなら、それもあり得るよな。


「まあとにかく、可愛いなんて言ってくれてありがとう。照れるよ、あはは。国定くんも……」

「え? 俺も……なに?」

「あ、いや。なんでもない」

「そ、そっか……」


 岸野は突然顔を真っ赤にして、そのまま何も言わずに顔をそらしてしまった。


 も、もしかして姫騎士さまは、俺もカッコいいとか言おうとしたのか?

 俺にホントに好意を持ってくれてるとしたら、それもあり得るよな……


 って想像すると、俺も照れくさくて顔が熱い。岸野とおんなじように、俺もきっと真っ赤になってる。


 そんな俺と岸野のやり取りを見て、親父は不思議そうな眼でしきりに二人を交互に見ている。


「ん? ……ん? なんだお前ら……?」

「さあマスター! お店を開けましょぉっ!」

「あ、そうだな澄香ちゃん」


 加納の言葉に、俺と岸野もハッと我に返った。

 そうだ、もじもじしている場合じゃない。

 お店を開けなきゃ。


 俺たちは4人で、急いで開店作業をした。

 俺が店入り口の自動ドアの電源を入れに行ったら、なんと店の前にはもうお客さんの行列ができていた。


 今まででもコスプレイベントの日は盛況だったけど、開店前のこんな行列は初めてだ。

 いったいどうしたんだよ?


 ドアを開けた途端、多くのお客が店内に入ってきた。

 常連客の一人は俺の顔を見て、「姫ちゃんと澄香ちゃんは、今日出勤してるよな? 特に姫ちゃん」って訊いてきた。


「はいもちろん。今日はイベントの日ですから」

「よっしゃっ! 並んで待ってた甲斐があった」


 なるほど。

 あの二人、特に岸野目当てか。

 すっげぇ人気だな。


 その後も続々と入店するお客さんから「姫ちゃんはどこにいる?」とか「あ、姫ちゃんやっぱ可愛い~」なんて言葉がたびたび聞こえてくる。


 姫騎士さまは学校と違って、誰かを叱りつけるような姿をカフェで見せることなんてシーンはない。

 だからお客さんたちも、凛々しい美少女というイメージはあっても、怖い女の子だと思っている人はいないだろう。

 それもあってか、いやはやホントに姫騎士さま人気は凄い。


「なあ勇士。商売繁盛だなっ」


 いつも以上にお客さんが押し寄せる様子を見て、キッチンに立つ親父もニンマリ笑ってご機嫌だ。そして岸野も加納ももちろん俺も、押し寄せるお客の波のせいで接客に忙殺される1日だった。




***


 夕方になって、ようやくちょっと客足が引けて、ひと息ついて、雑談をする余裕も出てきた。キッチン横のお客さんから死角になるところで岸野、加納とちょっとした雑談をする。


「いやあ岸野も加納も、お客さんの人気が凄いな」

「いや、そんなことはないよ国定くん。私なんてまだまだだ。もっと気を引き締めなきゃいけない」


 岸野はそう言って、ホントにきゅっと表情を引き締めた。

 きりっとした整った顔だけど、衣装は可愛い魔法少女。

 これまたギャップが可愛くてドキリとする。


 でもまだまだだなんて、姫騎士さまはまだこれ以上人気を高めようと思ってるのかよ?


 ──と思うけど、せっかく頑張ってるんだから無粋なツッコミはやめとこう。


 そんなことを考えていたら、横に立つ加納がニヤリと笑った。


「まあ私の人気は当然と言えば当然かな」


 確かに加納も可愛いけど、その上から目線な言い方はどうなんだよ。

 ──というツッコミもしないでおこう。

 実際にこの二人のおかげで大盛況なのだから。


 その時、また新たなお客様が来店した。


「いらっしゃませぇ~」


 いち早く加納が反応し、俺も入り口に目を向けた。

 店内に入ってきた客──


 それは男子剣道部主将の鬼頭だった。

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