第20話:今起きてることをゆっくりと考えよう

***


 あれから教室に戻って、俺はあれやこれやと考えてしまって、ほとんど授業に集中できなかった。気がついたら午後の授業が終わっていた。

 周りのみんなはバラバラと帰っていく。


 とにかく家に帰ろう。

 そしてゆっくりと、今起きてることを考えよう。


 周りがみんな立ち上がって帰って行く中で、俺は自席に座ったまま机の上を眺めてボーっと考えていた。


「ねぇ、ゆーじ。どうしたの?」


 突然頭の上からあおいの声がした。


「えっ?」


 うわ、なんだこれ?

 俺が視線を上げると、目の前にはこんもりと盛り上がった制服のブレザーが迫っていた。


「おわっ、あおいか。いきなりそんなに近づくなよ」


 びっくりしたぁ。

 あおいは栗色のショートボブを揺らして怪訝な顔をしている。


「なに言ってんの。さっきから呼びかけてもボーっとしてるから、近寄ったんだよぉ。ゆーじ、熱でもあるん?」

「いや別に……」


 いや、もしかしたら。

 あまりに非現実的な今の状況に、実は俺は熱に浮かされているのかもしれない、なんて思ってしまう。


「じゃあさ、帰りにアイス食べ行かない?」


 アイスか。

 冷たいモノ食べて、ボーっとした頭を冷やすにはちょうどいいかもしれないな。


「おう、そうしよっか」

「うんうん。そーしよー!」


 ニコニコするあおいの顔を見ながら席を立つ。

 相変わらず明るいな、コイツは。


 そして教室を出ようとしたら、まだ教室内に残っていた姫騎士さまの姿がふと目に入った。


 ──ひえっっっ!


 姫騎士さまが俺とあおいを、とんでもなくジトっとした目で睨んでるっ!

 怖ぇぇぇよ。


 ──あ。


 更衣室で漏れ聞こえた話では、加納は岸野に『巨乳女に取られちゃうよ』なんて言ってた。

 もしその話のが本当に俺なのだとしたら、姫騎士さまにとってあおいはライバルということになる。


 ──ってことは。


 俺とあおいが仲良くしてるのが、姫騎士さまは気に食わないってことか。

 そう言えば以前に俺とあおいが仲良く話してた時にも、岸野は不機嫌な顔をしてた。


「じゃああおい、早く行こうか」


 姫騎士さまの視線の圧に耐え切らずに、あおいを急かして教室を出た。




 それから俺は、アイス屋に向かって歩きながらもう一度よく考えてみた。

 岸野がバイオレットのリボンを選んだ理由は、俺が夢の中で岸野に教えたとおりだ。だからさっきは、俺と姫騎士の夢が繋がっていることを確信した。


 確かにあんなことはほぼ偶然では起こり得ない。

 だけどよくよく考えたら、単なる偶然だという可能性もゼロではないなと気がついた。


 そして仮に本当に夢が繋がっていて、夢の中の姫騎士さまの態度が現実の岸野の本心だとしても──

 あの姫騎士さまが俺に好意を持っているなんてことは、夢が繋がっていることよりもさらに信じられない。


 たしかに夢の中の岸野の態度は俺に好意を持ってくれてるっぽいんだが、はっきりと好きだと言われたわけじゃない。

 姫騎士さまは、本当は俺のことをどう思ってるのか。


 そして、もしも姫騎士さまが俺をホントに好きだったとして。

 俺は果たしてその好意に応えることはできるのか?

 色々と疑問や戸惑いばかりが出てくる。


 確かに夢の中の岸野はデレデレしていてめっちゃ可愛い。だけど現実の姫騎士さまは、凛々しさを崩さない。

 あんなにしっかりしていて、正義感にあふれていて、そして怖い姫騎士さまを、俺がお相手できるなんて思えないんだよなぁ。


「ねぇ、ゆーじったら!」

「え?」

「さっきからなんべんも呼んでるのに、無視しないでよぉー」

「あ、ごめん」

「どしたん? なんか悩みでもあるん? あおいちゃんが聞いてあげるぞよ?」


 駅に向かってあおいと2人で歩きながらも、ついつい一人でボーっと考えてしまってた。


「いや別に悩みなんて……」

「あ、わかった。ゆーじ、恋してるんでしょ?」


 ドキリとした。

 俺が恋をしてるってなんてことはないけど、確かにずっと岸野のことを考えていた。もしかしてそんなオーラが出てたのか?


 そんなことを考えながら俺が黙っていたら、あおいが驚いたような顔になった。


「え……? マジ?」

「ん? なにが?」

「だってゆーじが恋してるなんて、千パーセント冗談だったけど、ゆーじが黙り込んじゃうってことは……もしかしてホントにそうなん?」

「あ、いや。アホか。そんなわきゃないだろ」

「だ、だよねぇー ゆーじが恋するなんて、あるはずないよねぇー」


 俺が恋をするのが、なぜあり得ないんだよ。

 そうは思うけど、ややこしくなるからツッコむのはやめておく。


「そうだよ、ねぇよ。さあアイス食おうぜ」


 ちょうどタイミング良く駅前のアイスクリーム屋の前に着いたから、俺たちはテイクアウトでアイスを注文した。おかげでこれ以上、あおいから変な詮索をされずに済んでホッとした。




 2人でアイスを買って、食いながらまた歩き出す。口の中がひんやりして、少しは頭が冴えるような気がする。


 俺の家の前で別れる瞬間、あおいはちょっとマジな顔して言った。


「ねぇゆーじ。ゆーじがホントに好きな人ができたら、絶対あたしに教えてよ。だってゆーじと私はずぅーっと前から……悪友なんだから」

「おう、わかってるって。俺とあおいは悪友だもんな」

「うん。じゃぁね、ゆーじ! あんまり悩んでばかりいないで、ちゃんとオナニーして寝ろよぉー」

「あ、バカ! だからそういうことは……」


 いや、彼氏に向かっても言うべきじゃないセリフだな。


 ──アホか、おまえは。


 立ち去って行くあおいの背中にそんな言葉を投げかけたけれども。

 あおいは俺がなにかで落ち込んでるんだと思って、励まそうとしてくれてるのは充分わかる。


 ありがとう、あおい。

 さすが悪友だよ。


 俺は遠ざかるあおいの後ろ姿に、そう語りかけた。





◆◇◆◇◆


 それから2週間が経って、コスプレイベントの日曜日を迎えた。


 この2週間、学校での俺と岸野との関係は、さしてこれといった大きな変化はない。

 しかし俺は、姫騎士様が俺に好意を持っているのかもしれないと思うと、気になってついつい彼女をチラリと見る機会は増えた。


 ──いかんいかん。

 それは完全な自意識過剰だ。


 姫騎士さまの方は、今までとほとんど変わりない様子。だから、ホントに俺に好意を持ってるのか疑わしいと思い始めた。


 この2週間はなぜか夢に岸野が出てくることもなく、余計に彼女の本心がわからない。

 そんな中で迎えたコスプレイベントの日だった。

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