第19話:姫騎士さまとランチ──

***


 昼休みのことだった。

 加納が俺の席に近寄ってきて、一緒に学食に行かないかと言ってきた。

 加納がチラリと遠くに視線をやるもんで、そっちを見たら姫騎士さまがいた。


 どうやら3人で、ということらしい。


「あ、うん」


 今まで学校でこの3人で行動したことなんかないから、急に加納に声をかけられて驚いた。だけども、ああ俺たち3人はバイト仲間なんだからそんなこともあるよな、って思い直した。




 3人で学食に行って、テーブルで加納と岸野と向かい合ってカレーを食っている。

 テーブルの向こうには、ちょっと切れ長だけど綺麗な二重の美しい目。

 鼻筋も顎のラインも綺麗な、どこから見ても美人という女の子が鎮座ましましている。


 姫騎士さまとランチ──

 この景色だけでも、俺にとっては違和感バリバリだ。

 こんな日が来ることなんか、今まで想像すらしなかった。


「んでさぁ国定」

「ん? なに?」

「姫ちゃんがどんなコスプレするか決めたって言うからね。国定に伝えようと思って、お昼ご飯に誘ったんだ。ねえ姫ちゃん」

「あ、うん。突然悪かったね、国定くん」

「あ、いいよ。大丈夫。俺はどうせ一人で学食来ようと思ってたし。で、どのコスプレするの?」


 学校で会うと、姫騎士さまは相変わらず凛としていて堅苦しい態度だ。

 だけどバイトで一緒に過ごした時間のおかげか、今までみたいに変な緊張をすることはなく、少しはスムーズに岸野と話ができるようになっている。


「えっと……魔法少女にチャレンジしようと思うんだ」


 おおっ!

 きたっー!

 凛とした姫騎士さまが演じる魔法少女!

 ギャップのせいで可愛さマシマシ!

 これは楽しみだ。


 ──あ、いかん。


 変に驚いたり喜ぶリアクションをしたら岸野はきっと恥ずかしがるよな。

 そう思って俺は笑顔で静かに答えた。


「へぇ、そうなんだね」

「うん」

「わかった。親父にそう言って、衣装を注文してもらうよ」

「お願いするよ」

「あっ、そうだ。あの衣装って、リボンの色を10色から選べるらしいんだけど、何色がいいかな?」


 昨日の夢の中でしたネタ振りがどうのこうのというよりも、コスチュームを発注するのに必要だし、リボンの色は聞いておかなきゃいけない。


 そんな軽い気持ちでリボンの色を尋ねただけだった。

 なぜなら俺は、別に本気で夢が繋がってるなんて信じてはいないんだから。


「えっと……バイオレットで」


 姫騎士さまの返事に、どくん──と鼓動が跳ね上がった。

 まさか、偶然だよな?


「え……? えっと、ば、バイオレットね」

「うん、そう。おかしいかな?」


 俺がちょっとキョドったせいで、姫騎士さまは少し不思議そうな顔をしてる。


「いや、おかしいというか……割と珍しいかな、と思って。この色を選んだのは、なにか理由でもあるのかな?」


 俺はそう言ったあと、ゴクリと唾を飲み込む。

 姫騎士さまはなんと答えるのだろう?


「バイオレットはね。成功を呼び寄せる色だって言われてるそうなんだよ。だからコスプレイベントでお客さんをたくさん呼び寄せて、成功を呼び寄せる効果があるかな、なんて思ってね」

「あ……」


 あまりの衝撃に、俺は次の言葉が出ない。

 俺が昨日夢の中で、単なる思いつきで言った嘘っぱちの理由。

 それを岸野が口にした。


 これは──

 いや、間違いない。

 間違いなく、俺と岸野は夢の中で繋がっている。


 でも岸野は真顔で、さりげなく理由を説明した。

 ということは、つまりたぶん岸野は──


 今の理由を、現実の俺が言ったことだなんて思ってはいないんだ。

 俺から聞いたという自覚があるのなら、もっと得意顔っていうか、俺になにかアピールするような話し方とか表情をするはずだ。


 ということは、きっと岸野は、俺と彼女の夢が繋がっていることに──


 ──まだ気づいていない!


「ねぇねぇ、どうしたのぉ国定ぁ?」

「えっ? あっ……ああ」


 俺がぼんやりしてるもんだから、加納が訝しげに訊いてきた。


「どうした? 大丈夫か、国定くん?」

「あ、いや、大丈夫。岸野がそこまで店のことを考えてくれてるだって、驚いてちょっと感動してた。あはは」

「いやいや国定くん。そんなに驚くほどのことじゃない。お店にお世話になっている身としては、極めて当たり前のことだよ」


 いやいやいや。

 驚いてちょっと感動どころじゃねぇーーーっ!!!!

 俺は今、驚いて驚いて驚いて、そしてモーレツに驚いてる!


 もちろん、岸野がお店のことを思ってくれてるなんてことじゃなくて、俺と彼女の夢が繋がってるってことに驚いている。


 マジかマジかマジかっ!?

 こんなことがホントに起こるなんて、信じられない!


 心臓がドキドキばくばく鳴って収まらない。

 喉がからからに乾く。


「でしょー! 姫ちゃんって、こうやってちゃんと周りのことを考える人なんだよ。どう国定? いい人でしょー!」

「お、おう。そうだな」


 なんか知らんが、加納の態度は岸野をお勧めします感満載だ。


 いや、それより……

 姫騎士さまと俺の夢が繋がっているという事実に、俺はどうしたらいいのかさっぱりわからん。


 そして夢の中での姫騎士さまの態度。あれが本物の岸野の気持ちだとしたら、どう解釈するべきか。まさかホントに岸野は俺のことが好きなのか?


 あ……そう言えば俺、岸野が好きな相手を突き止めてやろうとか、みんなに教えてやろうとか、考えてたな。

 もしも岸野が好きな相手が俺だったとしたら、単なるアホだぞ俺。


 でもあの凛とした姫騎士さまが俺を好きだなんて信じられない。

 何かの間違いじゃないのか?


 ああっ──

 頭が混乱してきた……



***


 食堂を出て教室に戻る途中、廊下を三人で歩いていたら男子剣道部主将の鬼頭きとうがたまたま前から歩いてきた。

 俺たちに気づいた鬼頭は、なぜか俺を軽く睨んでから2人に声をかけた。


「あ、岸野、加納。部活のことで打ち合わせたいことがあるんだが……ちょっといいか?」


 鬼頭は主将をしていだけあって、結構剣道は強い。中三の時、俺が肩を怪我して辞退した県大会で優勝したのが、別の中学にいたこの鬼頭。

 たまたま同じ高校に進学してきて、入学式の時に驚いた思い出がある。


 鬼頭は背が高くてなかなかのイケメンだし、女子生徒にもまあまあ人気がある。

 だけど女好きで下衆なやつだという黒い噂もあるやつだ。


「あ、うん、いいぞ。じゃあ国定くん、私たちはここで」


 岸野はそう言って、加納と鬼頭と一緒に立ち去った。

 俺はなんとなく3人の後ろを眺めていたが、そのまま踵を返して教室に戻っていった。

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